魔法の作り方

七歩

魔法の作り方

「合格ね」

 卒業の認定を僕は上の空で聞いていた。彼女は魔女でこの学校の先生で、それから僕の恋人。恋人だと思ってる。多分きっと、きっと。

「僕が卒業しちゃってもいいの?」

「まるで問題ないわ」

 年上の恋人はこういうときに冷たい。

 例えば今より会えなくなるだとか。(会いに来るにきまっているけれど)

 例えば僕に好きな人ができちゃうだとか。(例えばの話でそんなはずないけれど)

 例えば、例えば色々あるだろう。

「大丈夫。だってあなた、私のことなどすぐに忘れてしまうもの」

 僕の気持ちをまるで無視して、当たり前のことみたいに言う。

「忘れるわけない」

「それじゃあ儀式をはじめるわ」

 卒業のための儀式がどんなものかを僕は知らない。大人になるためには必要なものだと彼女は言うけれど。

「目を閉じて頂戴」

 暗闇とこの部屋の匂いで思い出すことなどひとつだ。

 あの日、一度だけ口づけた手の甲、額、唇、耳、首筋、それから。

 思い出していた。彼女の息づかいを、やわらかなその……

「さあ、目を開けて」

 やわらかな。やわらかなってなんのこと。

「宿舎へお帰りなさい。もう二度とこの部屋に来てはダメ」

 言われなくとも先生の部屋に来る理由などない。


 彼が目を閉じている間中、思い出していた。あの日この部屋で行われた秘めごと。 じっと見ていた。長い睫を、幼さには不似合いな喉仏を。

 惜しみながら彼から溢れるものたちを瓶に閉じ込める。

「無謀」「葛藤」「憂鬱」他にも。

 つまりは青春と呼ばれるものを卒業前にここで回収する。三年の間に熟成した瑞々しい感情は魔法の材料としては最上級の部類で、この報酬欲しさに私は汚れた人間界で教師として暮らしていた。

 エリートとして巣立つためにこれら感情は不必要。この学校の方針と私の利益は実にかみ合っていた。

「これはどうしよう」

 赤く輝く。瓶の中でとうとうと燃えて、熱くて、痛くて。

 彼の眼差しを思い出させるこの感情。きっと最上級の材料になるはずなのに、私はきっと魔法にはできない。

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魔法の作り方 七歩 @naholograph

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