アルフレートの危機

大陸暦344年8月


イルダーナ軍残党の武装蜂起の報は、大陸全土に伝わった。

かつて大陸最大の航空艦隊を擁し、二度目の大陸戦争で滅んだ大国が、今になって復活の狼煙を上げた。


ニブルヘイムでも騒ぎになり、アルフレートは軍の要人を集めて会議を行った。

「敵はどこまで来ている?」

「旧イルダーナ首都タラニスを攻略し、アウストリ方面へ侵攻中です。おそらくエーリューズニルを目指しているものと思われます。敵戦力は二個航空艦隊、地上軍は四個師団、さらに空中要塞です」

ヒルデブラントが冷静に伝えた。

それとは対照的に場がざわつく。


空中要塞の出現は誰も予想していなかった。

とんでもない兵器の出現に、当惑が広がる。


「わかった。国内の残存戦力を率いてアウストリに向かう。クライバー、ベーレント両将軍に両翼を任せ、バルツァー将軍はアウストリに戦闘機、攻撃機を集め、それの指揮を任せる。この方針でいいだろう」

アルフレートも臣下を落ち着かせるためにも、冷静に答えた。

内心彼は慌てている。

国内の戦力は多くをオストラントにつぎ込んでいる。

動かせる戦力は大して残っていない。


「急報です!」

外交官僚が会議室の扉を押しのけるように入ってきた。

「何事だ」

ヒルデブラントが官僚に要件を早く言うことを促す。

「ホルスが我が国に宣戦布告しました!」

国内の戦力が少ない中、更に敵が増えたことに、一同は戦慄した。


「バルテル将軍をホルスに対応させろ! オストラントに展開している戦力の半分を国内に帰還させ、ゲリラへの総攻撃と戦線の縮小を命じる」

なんとか混乱を抑えようと、間髪を入れずに命令を下した。

命令を受け、それぞれのやるべきことに取り掛かった。


 ヒルデブラントだけがアルフレートの隣にいた。

「陛下。ホルスへの対応に兵を割くと、イルダーナ残党迎撃に動かせる戦力は五個艦隊のみです。それに--」

「オストラントから兵を退却させても、到底間に合わない。そうなのだろう?」

ヒルデブラントはうなずいた。


「それでも首都まで攻め込まれるのはだめだ。アウストリで迎え撃つ。たとえ五個艦隊でもだ」

「お言葉ですが陛下、今回の戦闘は空中要塞がいる以上、要塞への攻撃戦と同じです。それには兵力が足りません」

「わかっている、わかっているんだ……」


 後少しで手に入るはずだった完全な平和が崩されようとしている。

そんなことではだめだ。

不利な戦場でも戦わなくてはいけない。


「わかりました。私も私で最善を尽くします」

ヒルデブラントの言葉を背中で聞き、艦隊が待機している湖へと向かった。

自分のやり方で自分の手によって道を切り開く。

誰かの傀儡になどなるものか。

誰かに邪魔などされてなるものか。

アルフレートは拳を握りしめた。


******


アウストリ近郊


 空中要塞ティル・ナ・ノーグのブリッジのモニターから、旧ルーン帝国首都アウストリの姿が地平線の先に現れてくる。

巨大な要塞が無人の荒野を行く。


 ティル・ナ・ノーグは巨大な球体と、連絡橋で結ばれた八つの小型球体を合わせたものである。

小型球体それぞれに無数の対空砲と、戦艦の主砲一門がついている。

本隊の球体にも対空砲は多くあるが、戦艦の主砲はない。

代わりに跳躍魔導砲が一門実装されている。


「敵影捕捉しました」

索敵魔導師の目によって、皇帝アルフレート率いる艦隊が発見された。

アウストリを通り過ぎ、要塞へ向かいつつある。


「跳躍魔導砲の射程にはまだ入っていませんか?」

「あと一五秒です」

ブリッジにいる跳躍魔導砲の砲手が答えた。

「敵艦隊中央を狙ってください」


 砲手が狙いを定めカウントする。

五秒を切り、エイブラムも緊張する。

「発射!」

砲手は発射シークエンス最後のボタンを押した。


 巨大な球体から、砲弾らしからぬ丸い球体のフォモールが発射された。

発射と同時に砲門の近くに魔法陣が現れ、フォモールはそこに吸い込まれ、姿を消した。


 ニブルヘイム艦隊中軍の正面に魔法陣は現れた。

それの中心からフォモールが勢いよく飛び出す。

刹那、フォモールの輪郭はボヤけ、形を急速に失っていく。

内と外の区別がつかなくなったときに、ソニックブームのごとき風がニブルヘイム艦隊を揺らした。

烈風が吹いた直後、フォモールの形は完全に失われ、それに代わって赤黒い光球がフォモールだったものの中心に現れた。

それは一気に膨らみ、禍々しい光球が艦隊を飲み込む。

解き放たれた魔力が艦隊の外壁を破壊し、乗員もろとも虚無へと帰す。


 急速な膨張は止まり、収束の反動が始まる。

戦艦や空母だったものの残骸が、フォモールが炸裂した場所へ吸い寄せられる。

残骸は互いにぶつかり、砕けながら一点に集められ、収束の反動は力尽きた。

巨大な塊となった残骸は重力に身を任せて地に落ちた。


 その様子をエイブラムは見ている。

「魔力水を極限まで圧縮し、それに刺激を与えることで、圧縮した反動によって、魔力を一気に放出する。凄まじい力ですね」


 攻撃を受けたアルフレートもそれを見ていた。

「一個艦隊が壊滅だと……。こちらの跳躍魔導砲以上の力じゃないか」


 旗艦フォルセティのブリッジが、被害確認のために慌ただしく動く。

初撃の痛烈な風でも、船同士がぶつかって損傷が出ていることは必至だ。


 アルフレートはまなじりを上げて、遠くに浮かぶティル・ナ・ノーグを睨みつけた。

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