異変
「国内の戦力の多くをオストラントに送り込みました。ゲリラは頑強といえど、物量による圧殺は確実でしょう」
ヒルデブラントの報告を王宮内の執務室でアルフレートは聞いている。
「ようやく真の平和が訪れるな」
「あまりにも多くの人員を送りすぎました。今回の内戦への介入の意義はあったのでしょうか?」
「不安定な国を安定させ、今回の件で我が国に楯突くことは永遠にできなくもなる。自力で鎮圧できなかった弱い政府は、こちらの傀儡になるのは必至だろう」
だがヒルデブラントは納得していない。
「国力差があるので、もとより蠢動すらできないかと」
「南部の三分の一を有する国だ。油断はできんよ」
「理由は本当にそれだけですか?」
アルフレートは表情を変えた。
鋭い眼差しをヒルデブラントに向ける。
「何が言いたい」
アルフレートがヒルデブラントに詰め寄る。
「イレーネ姫が原因ですね」
「彼女は完全なる平和を望んだ。予の望みも同じだ」
「ではなぜ平地に乱を起こすのですか」
「揺るがない覇権こそ平和に繋がる。そのためにホルスやオストラントの内戦に介入して、歯向かう力を完全に削ぎ落とそうとしている」
ヒルデブラントはイレーネのことを地雷だと思っていたが、死んでからも効力を発揮するとは思ってもいなかった。
これほど危険な女性だとは、彼の予想の範疇を優越している。
かつて彼女を焚き付けたことを後悔した。
自分のせいで、君主どころか、国の破滅があるかもしれない。
彼は責任を取るべく、進言することにした。
「陛下、いつかその願いが破綻するときが来ますよ」
意を決し、拳を握りしめてヒルデブラントは言い放った。
「聞かなかったことにしておく」
叛意と解釈され、ヒルデブラントは肩を落とした。
彼はアルフレートの前から下がると、執務室の前で嘆息した。
彼の目には、現在の状況は危うく写っている。
連戦で国は疲れている。
そして軍の多くは、異国のオストラントに派兵されている。
自由民族連合を名乗るゲリラ勢力の打倒はできるだろう。
だがその後はどうなる。
残党が各地でテロを繰り返し、政情不安は続く。
ニブルヘイム軍は同盟国を助けるために、治安維持の名目で大軍を駐留を余儀なくされるだろう。
戦争は終わっているのに、軍事費は高いまま。
外に敵を作り、軍の重要性を維持することは、軍事政権としても都合がいい。
しかし対抗できる超大国がいない現在、軍部は新しい存在意義を示さないといけない。
それが国民の支持に繋がり、軍事政権の維持にも繋がる。
なんとかしなくては。
責任を感じるヒルデブラントは、その思いを強くした。
******
荒野の地下に留め置かれている空中要塞ティル・ナ・ノーグのブリーフィングルームに、イルダーナ軍残党の要人が一同に会した。
総司令官エイブラム・オースティン、CDF副総隊長ホーガン、アヴァロン基地司令官ジンデル、帝国が健在だった頃の軍集団司令官アルバート・ベアード、イルダーナの人物ではないが、財政面や工作で支援しているクラウス・アルペンハイム公爵。
彼らは円卓を囲んだ。
「ティル・ナ・ノーグに実装する新型爆弾が完成しました」
エイブラムの言葉に、一同は素直に喜んだ。
この兵器の完成を待って、雌伏し続けた面もある。
喜びはひとしおだ。
「ニブルヘイム首都エーリューズニルにある跳躍魔導砲と同じものを、要塞に搭載しています。そこから新型爆弾フォモールを射出し、跳躍魔法によって敵艦隊に不意打ちを与えます」
「それは連射が効くのか」
ホーガンが尋ねた。
「無理です。それにフォモールの数は多くありません。ここぞのタイミングで使うものです」
なんとも言えない微妙な空気が流れる。
フォモールが真価を発揮するのは、エイブラムの力量次第ということになる。
「全軍の動きは私が要塞で指示を出します。地上軍の指揮はホーガン将軍に任せます」
「妥当だな」
ホーガンには一輛しか生き残っていない、空中戦艦の主砲一門を搭載した超重戦車トゥアハ・デ・ダナーンを預けられた。
地上で指揮を執る彼の「旗艦」ということだ。
「艦隊の指揮はベアード将軍に任せます。細かいことは私の了承なしに動いても大丈夫です」
「了解しました」
軍事的才能は第二次大陸戦争で周知されている。
誰も異論を挟まなかった。
「アルペンハイム公爵様」
「なんでしょうか」
軍事的な話がなされていたため、謀略家のクラウスに話が振られるとは思っていなかった。
「オストラントで活動中の私兵を引き上げてください。決戦で活躍してもらうつもりです」
「ええ、構いませんよ」
「それと、ホルスへの根回しもできてますか?」
「もちろんです」
エイブラムは安心した表情を見せた。
クラウスの了承を得たところで、エイブラムは一同を見渡した。
亡き友、主君であるブルーノの仇討ち、そしてあるべきところに帰る戦いが始まる。
「作戦開始は公爵様の私兵が戻り次第。作戦の目的は、ニブルヘイム軍を痛打し、それにより講和で、ルーン人皇帝によるイルダーナ帝国の建国を目指します」
エイブラムのもとには、クラウスがルーン帝国滅亡の際に連れ出した帝国最後の皇帝がいる。
ブルーノの戦死によって、皇統の途絶えているイルダーナに、ルーン人を迎えようということだ。
後継者が誰もいない以上、反論のしようがないので、沈黙をもって賛成とした。
「では解散とします」
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