無為に散る

 真夜中の野営地でバックハウス小隊はすやすやと寝ている。

戦場で安らげる場所なんて、夢の世界しかない。

警戒と緊張から眠りは浅くなり、本当に夢の世界へ行ってしまう。

バックハウスもその一人だ。

それでも無理やり睡眠を取り、朝を迎えた。


 全員いることを確認すると、山頂を目指して歩き出す。

昼までの行軍でようやく山頂へ到達した。

山頂だが見晴らしがいいわけでなく、木々が生い茂っている。


 茂みがごそごそと動いている。

敵が潜んでいる。

バックハウスは反射的に茂みへライフルを撃った。

茂みの奥から悲鳴と、お返しに無数の銃弾が飛んできた。

バックハウスたちは反射で地面に伏せたが、それでも被弾してしまう隊員が出てしまう。


 後手とはいえ、散開の合図を出して、更なる犠牲を抑えようと試みる。

「茂みを撃て!」

とにかく敵の勢いをそぎ落とす必要がある。


 茂みへ全力射撃を浴びせ、敵を散開させる。

「突入するぞ!」

バックハウスが茂みへの突入命令を出した。

突入、そして速やかな散開。


 敵が逃げ散るが、その際に上空を狙ってライフルを撃っている。

「援軍が来たのだろうかね。やったぞ」

空中戦艦が通りがかって、それに気づいた敵が逃げた。

バックハウスはそのように受け止めた。

隊員たちも安堵の表情で、バックハウスに応えた。


 しかし表情は一瞬のうちに変化した。

上空から降りそそぐ銃弾の雨。

蜂の巣にされる隊員。

生み出される阿鼻叫喚。

バックハウスは状況をつかめない。

どう考えても誤射だ。


「こっちは味方だぞ!」

そう叫んでから彼は気づいた。

敵は接近中の空中戦艦に射撃して、応射を促す。

撃った当人らは逃げて、残されたバックハウス小隊が撃たれるように仕向けた。


 気づいたときには既に手遅れ。

バックハウスの周辺は隊員の死体が転がっている。

彼は敗残兵をまとめて山頂を下っていった。


 前日と同じように、夜には野営地を確保し、火や寝床の準備を隊員全員で準備した。

昨日よりも少ない。

数時間前まで誰一人欠けることはなかったのに。

バックハウスはそう思った。


 けれどこの状況は、自らの力量不足が招いた結果。

バックハウスは悔しさを抱えながら、今日も火を起こす準備をする。


 火の上に、隊員とバックハウスの飯盒の蓋が載せられる。

蓋の少なさが、さらにバックハウスを責め立てた。


 今いる隊員だけでも、無事に任務を終えて帰還を果たしたい。

バックハウスが焼けた干し肉を食べ終わったその時、闇夜に誰かの動く影を見た。

「敵だ!」

バックハウスたちはすぐにライフルを手に取り、見えない敵に怯えながらもライフルを構えた。


闇から銀色に光る何かが飛んできた。

バックハウスはとっさの反応で避けたが、後ろにいた隊員の喉に、それは突き刺さった。

彼はその隊員の喉に刺さっているそれを見た。

ナイフだ。

声も上げることもできず、その場で隊員はうずくまっている。


「くそったれ!」

バックハウスはナイフが飛んできた方向にライフルを撃ったが、手応えはない。

数人の人間が散開しただけで、誰も銃弾に当たった様子はないようだ。


 一瞬、バックハウスの視界に、黒い影が映った。

何が起きたのか、全くわからない。

「狙いは正確だが、相手が悪かったな」

闇夜に金髪を揺らして、男がバックハウスの前に躍り出た。

元ホルス共和国国家保安警察隊員で、イルダーナ残党と行動をともにしているルーン帝国大貴族クラウス・アルペンハイム公爵の私兵、エフセイ・ヴラーソフだ。


「……なっ」 

バックハウスは言葉が出ない。

いきなり目の前に人がいる。

この状況を飲み込めるはずがない。


 とにかくライフルを撃とうとする。

しかしエフセイは銃身を手で払い、射線から自らを外した。

銃弾は明後日の方角へ飛んでいく。


 エフセイは一切無駄の無い動きで、バックハウスの眉間に拳銃を突きつけた。

引かれるトリガー。

飛び散る鮮血と脳漿。

倒れるバックハウス。


 倒れていく時に、バックハウスは部下たちが視界に映った。

圧倒的な力差で、部下たちが地に伏していく。

全く相手になっていない。

赤子の手をひねるとは、今起きているこの状況のことだ。


 無力感がバックハウスの心を支配する。

固い地面に横たわり、彼は冷たい肉塊になった。


 その場を制圧して、エフセイは周囲を見渡した。

「造作もないな」

倒れたバックハウス小隊を見てつぶやいた。


 彼の行動理念は平和のため。

エフセイにとって、乱を拡大させたニブルヘイムは明確な悪だ。

だからクラウスの指示のもと、部隊を率いて戦場へやってきた。


 命令はゲリラ側を支援して、ニブルヘイム陣営に打撃を与えること。

彼は淡々と命令をこなしていくのだった。

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