泥沼へ行く

 オストラント内戦開始から一年が経過した。

内戦終結の気配が見えないまま、ニブルヘイムはオストラントへ派兵する数を増やしていた。

激戦地のヤヌス共和国へ送り込まれ、ゲリラ戦へと巻き込まれていく。


 早速ヤヌス共和国へ送られた若いバックハウス少尉は、自身が指揮することになった小隊の面々を見た。

前回の戦争に従軍経験のある人が多く、彼は胸を撫で下ろした。


かくいうバックハウスも、ホルス内戦への加勢が初陣で、場数を踏んでいるとは言い難い。

それも激戦を経験してるわけでもなく、そのとき率いた小隊は解散して、今回率いるのは全く異なる小隊だ。

経験の浅い彼にとって、二度目の従軍でもまっさらな状態からスタートすることは、緊張が伴う。


 小隊を基地の兵舎前に並べ、今回の作戦を伝えた。

「作戦の目的は山を越えてヤヌス共和国でのゲリラの最大拠点を叩くことだ。それと航空艦隊が攻撃を受けないように、対空部隊への露払いも行う」

一同納得したと見受け、バックハウス小隊は町の外れにある基地を出て、山へ向かおうとした。


「敵軍襲来! 総員迎撃せよ!」

出撃しようとしたまさにその時に、敵が攻め込んできた。


「迎え撃つぞ」

小隊に指示を出し、基地から打って出た。


 敵はもう近い。

その姿は遠くに見えている。

バイクに二人乗りした軍団が猛スピードで近づいてくる。

運転手とライフルで武装した護衛の二人組だ。

そしてバイクには無反動砲が取り付けられている。


 バイクの動きが止まった。

「来るぞ! 建物の影に隠れろ!」

基地からほど近いアパートの影に小隊は身を隠した。


 バックハウスは顔だけを出して、様子を見る。

彼の視界に映るものは、バイクから放たれる強烈なバックファイアと砲弾。

無数の砲弾が街へ放たれた。


 本来なら対戦車に用いられる兵器だが、ここでは敵を撹乱させることが目的であると、バックハウスは見抜いた。


 しかし見抜いたとてどうにもならない。

砲弾は街や基地の建物に穴を開けていく。

上がる炎、崩れる瓦礫。


 バックハウス小隊の隠れたアパートには幸い損害はなく、瓦礫に埋もれるような被害はなかった。

「敵が突入してくるぞ! 散開しろ!」

バックハウス小隊は散って、バイク部隊の突入に備える。


 バイクが魔力水を圧縮し、魔力を燃焼する際に発生する、金属音にも似た音を立てて、小隊が身を伏せている場所へ近づいた。


 バックハウスは手でゴーサインを出した。

隊員が手りゅう弾を投げつけ、進路を阻む。

思わずバイクの動きが止まる。

その隙にライフルでバイク部隊へ銃弾をどんどん打ち込む。


 不意打ちするはずが、逆に不意打ちされた自由民族同盟のゲリラ兵は、混乱の渦に叩き落された。

一瞬のうちに、バックハウス近辺に来たゲリラは無力化に成功した。

不利を悟った他の地域のバイク部隊も、続々と引き上げていった。

しかし街は攻撃の跡が生々しく残る。


「一度補給を受けて、出撃を出直そう」

小隊は基地へ帰還した。


 補給を受けると、今度こそ山を目指して基地を出た。

山は車での行軍が無理で、徒歩で山を越えるしかない。

今回の作戦は、他の小隊と一緒に山へ入り、三日後に山を越えた先にあるゲリラ基地を叩くことになっている。

よって、バックハウス小隊は一週間で基地攻撃、登山、露払いを遂行しなくてはいけない。

一行は足早に山へ向かった。


 基地が山の麓にあるため、山の中へはすぐにたどり着いた。

バックハウスは地図を見て、移動ルートを考えている。

「航空艦隊の移動ルートを考えれば、南西の方角へ移動して、敵対空部隊がいないことを確認する必要がある。ついてこい」


 部下を引き連れ、藪こぎしながら、進んでいく。

「敵が見える」

バックハウスには対空砲の銃身が見えた。

上空からは木が邪魔で見えにくくなっているが、陸から来る敵に対する隠匿ができていない。


 バックハウスがゴーサインを出した。

小隊全員による全力射撃。

不意を衝かれたゲリラ兵は、応戦する暇もなく散り散りになって逃げた。


 結局その日の戦闘はそれだけで終わったが、敵を捜索しながらの登山だったため、山頂の手前までしか登ることができなかった。


 バックハウスは部下と一緒に野営準備を始めた。

彼は煙が見えないようにして火を起こし、火の上に木の枝を数本通し、そこに飯盒の蓋を乗せる。

そして背嚢の中から干し肉を取り出した。

戦場の食事といえば、どこの国でも干し肉がお馴染み。

共通して硬くてそのままではとても食べられる代物ではないということまで一致している。

なのでこのようにして火を通してから食べるのが主流となっている。


 バックハウスは部下にも蓋を乗せるように言った。

火の上に通された枝に、次々に乗せられる飯盒の蓋。

そして蓋を彩るおいしくない干し肉。

小隊の定員分の蓋を見て、バックハウスは安堵の息を漏らした。

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