国が消える日

大陸暦343年1月


 ヘルツォーク戦死後、主戦場の総司令官はリリエンタールに引き継がれた。

若き提督は劣勢を地上軍と航空機によって跳ね返そうとした。

しかし彼には戦線規模でそれらを有機的に動かす実力が足りていなかった。

バルツァーの指揮する航空戦力に敵わず敗走していた。


「リリエンタール艦隊はどうなっている?」

敵は首都まで迫っている。

リリエンタール艦隊がいなくては首都が戦場になってしまう。

そのことをアルトゥールは恐れている。


 市民の犠牲がどうこうという話ではない。

首都まで攻め上がられるという事実が、彼の支持を失わせてしまう。

それを彼は忌避しているのだ。


「艦隊は既にその体をなしていません。リリエンタール提督は首都での戦闘には参加するとのことです」

マイヤーハイムの冷静な報告とは対照的に、アルトゥールは体を震わせて興奮している。

「首都で戦闘だと! そんなことをしたら……」

「皇帝への道が閉ざされる、そうなのでしょう?」

「黙れ! わかったような口を聞くな!」


 アルトゥールの目はキョロキョロしていて定まる様子もない。

「旧イルダーナ領に退却するのは危険だな。エゲリアに退却して状況を立て直そう」

「ここに来る直前に入った情報ですが、厭戦機運の高まりによって、エゲリアが独立宣言しました。宣言者の名はガストーニ、ペルシエ、カラハンということです。彼らは少数民族の自治州の長です」

「そんなことくらい知っている!」


かつて自治を約束してアルトゥールの味方に引き入れた人物たち。

彼らを忘れるはずもない。

「彼らは旧ルーン帝国皇帝を連邦の盟主に擁立すると言いながら、それをしなかったことを言っていますが、何か密約でも交わしたのですか?」

自分の権力欲を隠すために言ったことを掘り返されて、アルトゥールは恥を感じた。


「討伐軍は差し向けたのか?」

恥を覆い隠すかのように、マイヤーハイムに尋ねた。

「差し向けていますが、敗戦に巻き込まれるのを嫌った市民が、続々反乱軍に参加して、鎮圧の兆しは見えません」


アルトゥールは必至に頭を回すが、「詰み」という単語が大きくちらついてしまう。

その事が更に彼を慌てさせる。


「閣下、敗戦を認めるしかありません」

「他の戦線は拮抗しているんだぞ。なぜ負けを認める必要がある」

「もう主戦場は崩壊しています。いずれ崩壊した戦線から、他の健在な戦線に敵がなだれ込んで、状況は更に悪化するでしょう」


 マイヤーハイムの冷静さがアルトゥールをヤケにさせた。

「まだだ、まだ負けていない。こうなったらやむを得ないが首都で決戦だ。あらゆる人とものを集めて、ニブルヘイム軍を痛打する」

これで勝てるこれで勝てると狂ったようにぶつぶつと呟きだした。


「閣下……」

マイヤーハイムはもう諦めてしまった。

「後のことは私にお任せください。万が一国を失うような失態を演じれば、すぐに後を追いますのでお許しください」

「いまなんと――」

言い切るより先に、マイヤーハイムが握る銃の引き金が引かれた。

事切れるアルトゥール。

執務室に突入した警護兵。


「閣下は虜囚の恥を受けることを拒まれ、名誉の戦死を遂げられた。閣下を安らかに眠らせてやってもらえるかな?」

有無を言わせぬ雰囲気で語るマイヤーハイムに、警護兵は彼の言に従うしかなかった。


******


 ムスペルヘイム降伏。

そのことはニブルヘイム軍全体に速やかに伝わった。

フェンサリルにニブルヘイム軍は入城し、全戦線で戦闘は停止され、アウストリの旧ルーン帝国王宮で講和条約の内容を審議することになった。

代表者はそれぞれアルフレートとマイヤーハイム。

互いにテーブルについて話が始まった。


「こちらが大ルーン主義を掲げていることはご存知だとは思います」

マイヤーハイムはやはりそうきたかと思った。

「両国の統合が最も望ましいですが、いきなりというのは難しいものがあります。そこでエゲリアは独立を認め、イルダーナ人が多い西部、首都のある中部はそれぞれ自治州とし、3年後にニブルヘイムに完全統合することを提案します」

「いきなり広大な領土を手に入れるのは、その後の治安維持が

困難になるでしょう。我が国といたしましては、西部の割譲、エゲリアの独立、ムスペルヘイム軍の縮小を提案させていただきます」


 アルフレートは不満げな顔をしている。

「大ルーン主義がある以上、それは容認しかねます。そちらにはこちらが提示した条件以外、選択肢は無いのですよ。こちらには戦争継続という選択肢はありますが」


 戦闘を再開すれば、ホルスで戦闘中のレンツ艦隊は孤立する。

国が割れたホルスに、一方面軍を支えられるだけの国力はない。


主戦場は崩壊しており、あと一度戦えば戦力は消滅しかねない。

国民を総動員するしか道がないが、わずかな訓練期間もなく戦いが始まり、微々たる戦力にもならないだろう。


主戦場は崩れ、西部戦線へのニブルヘイム軍の流入は時間の問題。

西部には新しい戦線を支えられる戦力はない。

ニブルヘイムとの国境は山岳地帯で、防衛には大して戦力はいらないため、大軍勢は存在していない。

マイヤーハイムは諦めた。


「貴国が提示した条件に、こちらも条件を上乗せします。ムスペルヘイム軍は自治州警備の少数の軍だけ残し、エゲリアの諸民族の兵士はエゲリアに送還し、残りのルーン人、イルダーナ人軍属は退役させ、彼らの年金はそちらから支給してもらいます」

アルフレートもそのあたりが落とし所と考え、その条件を飲んだ。


 アウストリ条約の締結をもって、ムスペルヘイム連邦の消滅と、南イルダーナ、ムスペルエイム両自治州、エゲリア連邦の成立が決定された。


 条約締結を見届けたマイヤーハイムは、自宅へ帰ってきた。

「閣下、国を守ることができず申し訳ありません。この失態、自分の命をもって償いとさせていただきます」

自室にニブルヘイム国旗を掲げ、礼服に身を包んだ彼は拳銃をくわえた。

そして引き金は引かれた。

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