終わりに至る道

 ヘルツォークはつまらないミスとこの状況に狼狽を見せた。

普段ならそんな素振りを見せることはない。

戦う前から負ける事を考えていたが故に、こんな状況を招いた。

彼は自分の弱さを呪った。


「すぐに塹壕から兵を下げろ!」

ヘルツォークはそうは命じるが、その困難さも理解している。

塹壕と自陣の間は、遮蔽物のない平地。

そこを移動している間にもニブルヘイム軍の猛攻を受けて兵をすり減らす。


「塹壕からの退路を遮断している敵を叩け!」

ヘルツォークの命を受けて、ケーヴェス率いる艦隊と地上軍が前に出て戦闘を開始した。


「敵は艦隊戦力ならこちらが多いことを忘れているのか?」

アルフレートはベーレント艦隊をムスペルヘイム軍の背後に回るよう動かした。

ヘルツォークもその動きに気づいてリリエンタールをそれに対応させた。


「全軍我に続け!」

アルフレートが動いた。

ケーヴェス、リリエンタール両将を引き離し、ヘルツォーク本体がむき出しになるよう仕向けていた。


 アルフレート本体が後方から一気に前に躍り出た。

ヘルツォークも迎撃態勢を取る。

両軍が激突しても兵力のアドバンテージは互いにない。

時間稼ぎに徹すれば塹壕からの撤退を支援しているケーヴェスが戻ってくる。

そうなれば兵力の優位はこちらにある。


 ヘルツォークは一瞬のうちにそれを考え、そこに勝機を見出した。

総大将アルフレートを戦死させる絶好機。

ヘルツォークの頭に勝利のビジョンが浮かんだ。


「バルツァーよ、全航空隊を突入させろ!」

「御意」

モニター越しの命令はすぐに実行され、塹壕に突入した部隊を攻撃している以外の航空隊は、ヘルツォークの艦隊へ侵攻させた。


 ヘルツォークも空母艦載機を全て出撃させ、大挙するニブルヘイム軍の航空隊を迎え撃たせた。

しかしここで防衛側の優位性が発揮される。

前線に近い基地の航空隊も出撃し、空母の艦載機しかいないムスペルヘイム軍に数的優位を見せつける。


 そしてアルフレート直属の艦隊が強引にヘルツォーク麾下の艦隊へ突入する。

至近距離での赤黒い光線の打ち合い。

戦艦正面のシールドはあっという間に上限負荷を超え、本体を貫いていく。

「大将首さえ挙げればいいんだ!」

アルフレートが鼓舞して突撃を促す。


 本隊同士なら戦力は互角と考えたヘルツォークは危機に陥った。

航空隊の数で押され、ニブルヘイム艦隊の突撃を許している。

今更陣形を変える事もできない。

すぐ隣にいる戦艦が、ニブルヘイム軍の攻撃機によって、爆炎を上げながら落ちていく。


ヘルツォークの頭の中を思考が浮かんではすぐに消えていく。

どのような策も、このような状況に陥っては意味をなさない。

戦う前から敗北すると思っていたからいけないんだ。

ヘルツォークは自らの自信の無さと、自分を信じてくれたアルトゥールを疑ったことへの恥で心を埋め尽くした。


「閣下、申し訳ありません!」

自分を見出し、信任してくれた人物への謝罪を口にした時、彼の視界いっぱいに赤黒い光が覆い尽くした。


******


 ヘルツォークが戦死したことは、通信の途絶という形でケーヴェス、リリエンタールにも察せされた。

彼らが知ったことはヘルツォークの死だけでなく、自分たちが孤立していることだ。

アルフレートが本隊殲滅後に向かう先が、次に大打撃を被ることは避けられない。


「陛下、次はどこに攻撃なさいますか?」

アイラがアルフレートに尋ねた。

「そうだな」

彼はやや考えた後に結論を出した。

「塹壕から退却しようとしている部隊とそれを支援している艦隊を叩こう」


 リリエンタールはアルフレートの動きを察知したが、目前の艦隊に拘束されて動けない。

彼はケーヴェスの無事を祈ることしかできない自分を心中で嘆いた。


 ケーヴェスは着実に塹壕突入部隊を攻撃する敵軍を押し返していたところだった。

彼は退却中の部隊を置いて、迫るアルフレートの相手を強いられた。

交戦を開始するも、ケーヴェスは放置した退却中の部隊が気になって仕方がない。


「退却中の部隊を支援しろ」

ケーヴェスは最悪の決断を下した。

情を出した彼によって、撤退支援部隊とアルフレート艦隊を迎え撃つ部隊と、ケーヴェス指揮下の部隊は二分された。


「馬鹿め。二兎追う者の典型になるとはな」

アルフレートはケーヴェスを嘲笑する。

戦力が二分されたケーヴェス隊に、アルフレートは苛烈な攻撃をかける。

戦線を増やしてしまったケーヴェスは破滅への道を下り始める。


 退却支援もアルフレート迎撃も満足にできず、ケーヴェス麾下の戦力は次々に失われていく。

「どうすればいいんだ!」

ケーヴェスは誰かに宛てたわけでもない言葉を言い放ってしまう。

言い放たれるべき人物はもういない。

若き艦隊司令官は、禍々しい光線に飲み込まれていった。


 残されたリリエンタールは退却するしかない。

火力を目前の敵軍にぶつけて、後ろに下がっていく。

それに呼応するように、ニブルヘイム軍もぐっと前に出る。

このままでは振り切れないと判断したリリエンタールは、全火力を一斉射撃してひるませたのち、総退却を命じた。

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