第二次フォールクヴァングの戦い
戦線を戦前よりも後退させ、旧ルーン帝国首都アウストリに司令部を移した。
司令部はこの地にあるが、戦闘となれば、アルフレートはここを離れ、自ら戦場へと赴く。
能を示すほか、彼に実権のある皇帝たらしめるものがないからだ。
主力は後退しているが、旧イルダーナ領の山岳地帯は戦線が動かず、膠着状態にある。
「主戦線で後退したため、西部のイルダーナ戦線が危機にさらされている。かつて第二次大陸戦争のときも、イルダーナとムスペルヘイムで攻防戦を繰り広げたフォールクヴァングに敵が進軍している。ここは田舎町だが、大陸の西部、東部を結ぶ要所にあたる。ここが落ちれば東西の戦線が危険だ」
今はもう、東部からの侵攻を食い止める要塞線は壊されている。
もしフォールクヴァングが陥落すれば、東西の戦線は横腹を刺される事になりうる。
「ここを我らは死守するぞ、いいな?」
「御意!」
司令部の会議室に響く、将軍たちの声。
劣勢に立たされているが、諦めてはいない。
彼らを見て、アルフレートは心の中で涙した。
自分についてきてくれる人がいる。
そのことのなんと幸せなことか。
亡きイレーネへの贖罪と、彼女の望んだ永遠の平和のための戦いだけじゃない。
自分を信じる者たちのための戦いでもある。
アルフレートは自分の中で確信を持った。
******
「これでよかったのですか?」
元帝国宰相マイヤーハイムは、アルトゥールの執務室に入って開口一番に言った。
テーブルに前に今朝の新聞を置いた。
新聞の一面に「大統領、ニブルヘイム殲滅へ」の文字が踊る。
「今回の戦争をもって、ニブルヘイムの歴史に終止符を打つ」
「その功績によって皇帝に即位するわけですね?」
「敏いな」
アルトゥールは一言だけ言って、黙り込んだ。
普通に地位を継ぐのではなく、世論の圧倒的な支持を得て即位する。
それによって皇帝の地位と帝国を確固たるものにする。
民族問題に揺れていた帝国を固めるということに、マイヤーハイムは看破した。
さらにマイヤーハイムはあることに気づいた。
アルトゥールは以前より喋らないということだ。
若いゆえに、威厳や風格をもたせるためだろう。
とことん演出的な“皇帝”じゃないかと、彼は思った。
けれども今回の帝国本土侵攻は大丈夫なのだろうか。
マイヤーハイムは軍人ではない。
しかし軍は連戦続きで、その上本土奥深くへ長駆しようとしている。
敵地での孤立もありうる。
アルトゥールは目前の勝利に酔っているのではないのか。
ニブルヘイム軍の侵攻を阻止して、国民の支持は高まっている。
この状況に調子づきすぎではないだろうか。
「大統領閣下、此度の侵攻はリスクが高すぎるのではないでしょうか? 敵軍は奥深くに引き、我らを待ち構えています。連戦長駆の我が軍を餌食にしようとしているでしょう」
「そんなことを言っては、戦いが終わらないじゃないか。これは戦争を終わらせ、大陸に平和をもたらすための決戦だ」
これ以上の口出しは無用とばかりに、彼はマイヤーハイムに退出を促した。
退出して扉を締めてから言った。
「もうだめなのかもしれないな」
******
ヘルツォークは彼我の状況を見て頭を抱える。
敵軍覆滅を厳命された彼は、やむを得ず敵地に突出している。
地上軍の戦力はこちらが多いものの、対陣する敵軍の陣容は固い。
鉄条網が真っ先にこちらを歓迎し、三重の塹壕が確実に攻勢の勢いを削ぎ落とす構えだ。
そこに機甲師団や対空砲、空中艦隊が加わっている。
下手に攻勢に出れば損耗するどころか、こちらの突出ぶりを見て、おそらくいる遊軍が背後を遮断しようと蠢動するだろう。
「こちらに求められるのは背後に隙を見せることなく、敵軍を確実に削り取ることですね」
リリエンタールが簡単に言うが、そのことはヘルツォークだってわかっている。
「消耗戦なら地上軍の数で勝るこちらが有利ですが……」
「犠牲が多すぎるな」
ケーヴェスは消耗戦を提案したが、その本人もそのリスクは把握していた。
「ここを取ることができれば、殲滅はできずとも、後に殲滅する布石を打つことにはなる」
辺境の田舎町が戦争の帰趨を握っている。
翌日、ニブルヘイム軍の前衛に、機甲師団によるタンクデサントを用いた攻勢が展開された。
ヘルツォークは戦車による塹壕の突破と、歩兵によるそれの制圧を両立させようとしている。
「第一陣はギリギリまで防戦しろ」
アルフレートは旗艦フォルセティで指揮を執っている。
敵軍接近の報告を受けて、アウストリから艦隊を率いてやって来た。
「塹壕戦は第二陣からが本番だが、ここで痛手を与えれば、その後の攻勢にも及び腰になるかもな」
戦略的な状況は良くないが、自信を持って語るアルフレートの姿を見て、アイラは安心感を覚えた。
「どうした?」
「い、いえ。第一陣が突破されそうです。そろそろでは?」
「ああそうだな。予想より早い崩壊だが仕方ない。機甲師団を出せ!」
擬装していたニブルヘイム軍機甲師団が動きだす。
機甲師団は第二陣への攻勢に参加するために進軍してきた歩兵師団へ火を吹いた。
歩兵をかばうように、後続の機甲師団がそれに応戦する。
「これで後続は遮断した。数で負けているからそう長くは持たない。その間に塹壕に突っ込んできた連中を叩くぞ」
航空機が塹壕への攻撃を繰り広げている戦車、歩兵を、空から悠然と襲いかかる。
孤立したニブルヘイム軍は上空の敵に為す術もない。
ヘルツォークは思わず舌打ちした。
全軍の背後を気にするあまり、戦術レベルの後背が疎かになってしまった。
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