二兎を追う
ミッドガルドの国境地帯で両軍が互いを捕捉した。
射程には捉えていないが、交戦は目前なのは誰の目にも明らかだろう。
「どうせ敵の狙いは時間稼ぎだ。前面にいる敵が侵攻軍のすべてじゃないだろう。各地に侵入して、狙いを見えにくくすると見た」
「それなら各個撃破の好機ですね」
参謀はそう言うけれども、まともにぶつかればさっさと逃げて、こちらが引けばまた攻撃に出てくるだろう。
ならばもっと積極的にするしかない。
「突撃しろ。数ではこちらが有利だ」
「どうせ敵は逃げます」
「だったらとにかく猛追だ。艦の速度を全力で追いかけろ」
速度を上げる艦艇。
互いに射程圏内にあっという間に収まった。
「撃ちつつ前進しろ! 速度を落とすな!」
シールドがビームを弾いてきらめかせながら、ものすごい速さで敵に迫る。
ニブルヘイム軍は火力を密にして、迫るムスペルヘイム艦隊を迎え撃つ。
戦艦を次々に撃ち落とすも、損害を度外視して迫る敵は止まらない。
数で劣るニブルヘイム艦隊はジリジリと押し上げられていく。
「退却だ!」
ベーレントは潮時と判断して退却を命じた。
勝つ必要はない。
ここで一度退いて、再び前に出て敵を拘束する。
それさえすればいい。
「逃がすな! 恐れるな! 敵艦にぶつかる気で前進しろ!」
なおも食らいつくムスペルヘイム艦隊。
「ここでこちらを潰すつもりか? 各地に侵攻させている艦隊を呼び戻せ。このままではもたないぞ!」
予想以上に食いついてきたムスペルヘイム軍に困惑するベーレントとは対照的に、ヘルツォークは落ち着きを払っている。
「他の侵攻を受けている地域の敵に動きがあったら教えてくれ。敵は慌ててこの方面に戦力を集めて対応するはずだ。そうしないと数で押し切られて陽動どころじゃないだろう」
冷静に敵情を分析しながら、苛烈な攻撃を加えていく。
ニブルヘイム軍に多大な出血を強いているが、損害を度外視した攻撃であるため、ムスペルヘイム軍の被害も大きく膨らんでいる。
「他の方面から増援が来る前にカタをつけてしまうぞ」
なおも攻撃を続けるムスペルヘイム軍に、窮地に立たされたニブルヘイム軍。
「攻勢に転じろ! 相手の被害も相当なはずだ。いま受け身に立たせてしまえば、敵の攻勢は挫けるぞ!」
にわかに攻撃に転じたニブルヘイム軍に、ムスペルヘイム軍は反応が遅れた。
その遅れが痛手となって艦隊に広がっていく。
「慌てるな。こちらの攻撃に耐えきれなくなって、窮余の一手に出ただけだ。艦隊を後ろに下げて立て直す。相手が退いたら再び攻撃に出るぞ」
じわじわとヘルツォークは艦隊を後退させた。
「これで相手の動きは少しの間だけでも封じられるだろう。こちらも下がって立て直す。陽動部隊が帰ってきたら、決戦に出るぞ」
この時点でこの作戦そのものが陽動であることを、ベーレントは忘れてしまっている。
眼の前の苛烈な攻勢を仕掛けてくる敵によって、いつの間にか敵艦隊の撃滅という目標にすり替わっていた。
「状況認識が甘いのだよ」
再び情け容赦ない攻撃が再開された。
予想外な攻撃と疲弊により、もはや対処する術は残されていない。
急速に瓦解を始める艦隊に、ベーレントが出せる命令はひとつしかない。
「全軍退却! 陽動部隊にも攻勢開始地点まで退却することを指示しろ!」
どんどんと秩序を失いゆく艦隊をなんとかまとめて、辛くも戦場を離脱することができた。
「追撃しますか?」
参謀の問いかけにヘルツォークは首を横に振った。
「これ以上は深追いだ。そこまで追いかける用意も元気もないさ」
勝利したとはいえ、打撃を与えるためにムスペルヘイム艦隊の損害も大きい。
追撃戦を仕掛けるほどのゆとりは残されていない。
ベーレントは命拾いしたが、ラウムにいるアルフレートはそうはいかない。
今回の作戦はソリンの艦隊を再編する時間を稼ぐためのもの。
にもかかわらずベーレントが敗れたため、再編どころではなくなった。
ソリンにいるムスペルヘイム艦隊が攻め込んでくる可能性が大幅に高まった。
敗報に接したアルフレートは決断を迫られた。
ムスペルヘイム軍を迎え撃つだけの力はここにはない。
ここの防備は万全であったとしても、防備を機能させる戦力が無くては意味がない。
「やむを得ん、全軍撤退」
アルフレートは力なく、つぶやくように命じた。
それに応じる御意の声も、心なしか小さなものとなった。
ニブルヘイム軍全体が底なしの泥沼に沈みつつある。
ニブルヘイム軍がラウムを放棄してすぐに、ムスペルヘイム軍は入城を果たした。
ヘルツォークのもとに、アルトゥールから作戦目標達成を祝福する電報がもたらされた。
内容は祝福だけでなく、さらなる侵攻、そして決定的な勝利を求めるものであった。
「勝ってはならないところで勝利してしまったのかもしれない。大統領閣下はますます欲深くなられた」
電報を握るヘルツォークの目には、未来が暗いものに写った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます