挫折と再建
クライバーは本隊が危機的な状況にあることを理解している。
救援に向かわなければ国家の存亡にかかわる事態に陥る可能性がある。
「バルツァー将軍、航空隊のみで敵の攻勢を止められるか?」
「敵の航空隊を止めることはできますが、地上軍を完全に食い止めることは無理でしょう」
「大体を止めてくれるならそれでいい。できるか?」
「やって見せましょう。陛下の救援をどうかご成功させてください」
バルツァーの姿がモニターから消えた。
この場は空母で指揮を執っている彼に任せよう。
クライバーは艦隊を率いて本隊へと急行した。
******
赤黒い光線を旗艦の横を通りすぎていく。
旗艦も最前線に立たされている。
もはや円形陣を維持できない。
アルフレートは戦況を聞こうとしてやめた。
こんな状況で何をだれがわかるものか。
わかっていることは壊滅寸前であることぐらいだ。
どんな指示を出したって意味がないし、そもそも通らない。
アルフレートもアイラもしゃべらない。
もう覚悟を決めている。
急にムスペルへイン艦隊の戦列が乱れた。
理由はわからない。
けれどこの機を逃す手はない。
「撃て! とにかく反撃に出ろ!」
残り僅かな残存部隊に、命令を下した。
混乱状態で命令がちゃんと送られているかどうかは不明ではある。
けれでも、降って湧いたチャンスと、各艦の才覚に賭けてもいいじゃないか。
不意を衝かれたムスペルヘイム艦隊は混乱に陥っている。
「お待たせしました陛下、ご無事でしたか?」
モニターにクライバーの顔が映る。
「おかげで命拾いしたよ」
まだ死ぬわけにはいかないのだ。
イレーネが望んだ世界を実現しなくてはいけない。
猛攻を仕掛けてきたムスペルヘイム軍は陣形を整え、干潮のように引いて行った。
「ベーレント艦隊やバルツァーの航空隊を撤退させろ。もはやここに用はない」
事実上の敗北宣言だ。
アルフレートは敗れた。
「ラウムにまで撤退する。ここから近いしちょうどいいだろう」
******
「動ける艦隊でミッドガルドに進出し、ムスペルヘイム軍をそちらに誘導して時間を稼ぐ」
アルフレートの発案に、諸将は懐疑的な視線を送った。
「ラウムは守りやすい地域であり、開戦直後にムスペルヘイム軍は占領して防衛拠点にしました。それだけの土地で、十全の兵力があれば態勢を立て直す時間は作れます。なのになぜ攻勢に出られるのですか?」
ベーレントは疑問を呈した。
「こちらの損害は大きく、仮にラウムに侵攻してきた敵を撃退しても、消耗が既に激しい前線部隊の継戦能力は失われてしまうだろう。ラウムに侵攻させないために、相手の目線を変える。侵攻部隊の迎撃に向かった場合、残された戦力でラウムに攻め込んだとしても、それを撃退できるだけの戦力ぐらいはある」
「確かに堅守の地への侵攻と、迎撃の両方をこなすのは無理でしょうね」
アルフレートは居並ぶ諸将を見渡した。
「納得してくれたならいい。ならばベーレントよ、頼まれてくれるか?」
「御意。侵攻作戦の目標はどうしましょうか」
「敵をなるべく引き付けて、本土からの戦力到着まで持ちこたえることだ」
ベーレントは艦隊を整え、ミッドガルドへ侵攻を開始した。
ムスペルヘイム陣営では、ミッドガルドに攻め込んできたニブルヘイム軍への対応で揺れていた。
「ニブルヘイム軍は先の敗北を取り戻すためであることと、首都を迅速に落とし、戦争の早期終結の失敗により、長期戦略に切り替えたのかもしれない。それがミッドガルド侵攻の背景ではないのか?」
大統領になっても軍事に口を出し続けるアルトゥール。
「いえ、敵はこちらの目線を変えさせるのが目的でしょう」
モニター越しでヘルツォークが返事をした。
「つまり陽動と言いたいのか」
ヘルツォークはうなずいて答えた。
「たとえそうだとしても、ミッドガルドへ向かってもらう。我が国の領土になってからと、私が大統領になってから日が浅い。かの地にムスペルヘイム領としての基盤はまだ脆弱だろう。そこでミッドガルドの住民も守るという意思を示す必要がある」
ヘルツォークは生粋の軍人であるため、政治的なことはわからない。
ただただうなずくだけだった。
「ミッドガルドに侵攻してきたということは、ラウムの守りが薄くなっているのではないか?」
大統領は二兎を追おうとしている。
彼は危険を感じた。
「ミッドガルドのどこを目標としているかわからない敵を迎え撃つために、各地の要所に兵を置かなければいけません。なのでラウム侵攻に使える兵力は残りません」
「それでもこの戦いを速やかに、かつ勝利をもって終わらせなければ、国民に対して示しがつかないのだよ」
この男は自分の野心のために国を動かしているのではないのか。
不穏な思考が頭をよぎる。
しかし高位を望めない自分に、それを与えてくれた。
その恩に報いなければいけない。
報いる相手がどのような人物であっても。
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