ソリンの戦い
ムスペルヘイム軍が行動を開始したことは、バルツァーによって報告された。
「敵の意図は航空作戦による打撃で、決戦に打って出るしかなくなったのではないでしょうか」
ベーレントが言う。
確かに今回の作戦の意図はそこにあり、狙い通りではある。
しかしうまくいきすぎな節がある。
「敵は航空隊と地上部隊をこちらに向かわせております。艦隊は確認できていませんが、航空戦力のほとんどをこちらにつぎ込んでいるものと思われます。ひとまず指揮下の航空隊のみで迎撃に向かいましょうか?」
バルツァーが自ら迎撃に乗り出そうとしている。
敵は地上軍も動かしている。航空隊のみでの迎撃では厳しいだろう。
「ベーレント艦隊を迎撃に向かわせる。それだけでは航空隊を相手にするのは厳しいだろうから、バルツァー将軍麾下の航空隊も迎撃に向かってもらう。ここで敵の航空隊を殲滅し、制空権掌握への楔を打つ」
アルフレートは右翼を任されている将軍のことを思い出した。
エックハルト・クライバー大将。
第1次大陸戦争の中央戦線に艦長として従軍し、第2次大陸戦争は1個艦隊を預かり、主要な戦闘に参加してきた。
今回のように一翼を任されるのは初めてのことだ。
ふと彼の大軍の指揮官としての力量を見たくなった。
「いや、クライバー将軍に迎撃に向かわせる。彼の指揮下に入って、敵航空隊を殲滅して欲しい」
「御意」
敵の狙いは何だろうか。
航空隊でこちらを引き寄せ、主力で中枢を叩くのが狙いか。
しかしこちらは左翼と中央が残っている。
それを相手はわかっているはず。
そうこう思案しているうちに、クライバー将軍麾下の艦隊と航空隊が交戦を開始した。
両軍の航空機が木の葉のように軽やかに舞う。
群青色の空を演舞場とし、華麗なる阿鼻叫喚の地獄絵図を現出させる。
航空機が上空より舞い降りて艦船を狙い、それを何十門もの対空砲が銃弾のアンサンブルで迎え撃つ。
対空戦車が無防備な艦の底面を狙い撃つ。
機銃掃射で対空戦車を押し返し、主砲で遠方の地上軍を薙ぎ払う。
轟音とともに、大量の土砂が舞い上がる。
命の存在を否定する一撃が飛び交う中、クライバーは戦況を優位に進めていた。
航空隊をバルツァーに任せ、撃ち漏らした敵機や地上軍を艦隊が確実に仕留める方法で、付け入る隙を作っていない。
一方のベーレント艦隊にも、敵軍がついに襲来した。
ムスペルヘイム軍側の指揮官のケーヴェスは、ラウムでの雪辱に燃えている。
「主砲斉射!」
ケーヴェスの命令で赤黒い一撃が放たれた。
ベーレントも反撃を命じた。
アルフレートは状況を注視している。
中央の軍の投入タイミングをうかがっている。
クライバーは優位に戦いを進め、ベーレントは膠着状態にある。
後者の膠着を打破できる一撃を中央軍が放つことができれば、敵は総崩れになる。
両翼を失えば、ムスペルヘイム軍に勝機はない。
勝利のビジョンを見出したアルフレートは、中央軍の一部にケーヴェス艦隊の側面攻撃を命じた。
急速に接近する強襲艦隊を阻む敵はいない。
一気に近づいた艦隊は、ケーヴェス艦隊左翼に痛烈な一撃を浴びせた。
不意の一撃に艦隊全体が浮足立つ。
「何も問題はない! 左翼を下げつつ、戦線から離脱せよ!」
致命傷を負う前に、戦場から離れようとする。
戦況が優位に傾いたこの状況をベーレントは見逃さない。
「逃がすな! 距離を詰めて逃げられないようにしろ!」
ケーヴェスもバカではない。
軍をすぐにまとめて、後退を開始した。
それを追うベーレントに逃げるケーヴェス。
「今だ! 残りの戦力全てに命じる! 敵軍中央に総攻撃だ!」
ヘルツォークがついに動いた。
彼自身戦艦に乗り込み、がら空きになったニブルヘイム軍中央へ突撃を開始した。
ソリンに残っていた地上軍、艦隊の主力が、手薄な中央に主砲、対空砲を放つ。
それに対抗する中央軍の反撃はあまりにも薄い。
「円形陣を展開してとにかく守りを固めろ!」
アルフレートの指示で守りを固めるも、火力でじりじりと戦力を削り取られていく。
円もだんだんと小さくなっていく。
アルフレートは焦る。
ベーレントを後退させようとすると、ケーヴェス艦隊が反撃に出て動きを拘束する。
ケーヴェス艦隊は崩れる前に後退しているから、それができるだけの力が残っている。
クライバー側も状況は同じだ。
ムスペルヘイム軍は攻撃を継続して、後退できないようにすればいい。
アルフレートにできることは、ここで耐えて両翼のどちらかが勝利して撤退するのを待つか、後方に強硬突破のどちらかしかない。
総司令官が配下の艦隊を置いて退却する後者など論外だ。
「差し出がましいことを承知でいいます。まだあきらめてはいけません! 小攻勢に出て、局地的に相手を後退させながら時間を稼ぐのはどうですか?」
アイラが強いまなざしでアルフレートを見つめる。
本気で彼を信じている。
「わかった。進言を受け入れよう」
局地的に攻勢に出て、敵の攻勢を少しでも鈍化させる手に出た。
しかし状況は依然、アルフレートの絶体絶命であることに変わりはない。
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