信ずるに足る者
アルフヘイムのほとんどを手中に入れたニブルヘイム軍は、ムスペルヘイム本土を射程に捉えた。
アルフレートは報告書と地図をテーブルに置き、それとにらめっこをしている。
視線の先には、等高線の描かれた地図がある。
「ソリンか」
彼はいまいましげに呟いた。
ソリンはアルフヘイムとムスペルヘイムの境にある町で、背後にムスペルヘイムとの国境になっていた河川、前面に山地が広がっている。
山地は要塞化され、町は飛行場を擁し、河川は艦隊が駐留できるほどの大河である。
そこにムスペルヘイム軍が集結しており、ソリンの攻略せずして本土の土を踏むことは叶わない。
いつもなら参謀であるラッシかヒルデブラントが控えているが、前者は亡き者で後者は国に残って宰相として振舞っている。
軍部独裁体制となってから宰相は正式には存在しないが、軍の高官が階級に見合った政府の役職として振舞い、軍部の筆頭格であるヒルデブラントは宰相として内政を総覧している。
自分の頭で作戦を立てなくては。
軍功こそ自分の力の源泉。
焦りが彼の思考能力を鈍化させる。
そうとわかっていても焦りが出る。
アイラは作戦立案に煮詰まっている様子を見て、コーヒーを彼に淹れるついでに声をかけた。
「陛下、どうか無理をなさらないでください」
かつて自分を助けてくれたヒーローが、憔悴している様子を見てしまうと、心配でたまらなくなる。
ずっとかっこいい彼であってほしい。
彼に憧れて軍に入ったのだから。
「予がやらないといけないことをしているだけだよ。そうしないと、生きていけないのだから」
そういえばアイラはいつもすぐ近くにいるじゃないか。
彼はふと思った。
下士官だったとき、艦隊司令官になったとき、今だって彼女はそこにいる。
「君はいつもそばにいるね。それでいい……」
「わ、私は能がありませんが、それでも陛下の股肱の臣であり続けます」
ふとアルフレートが立ち上がり、アイラに近づいた。
見上げる彼女の頭を軽くなでた。
「これからも近くにいてほしい」
「……はい」
彼女は体の奥から熱くなるものを感じた。
******
「敵の防衛ラインは相当に堅い。艦隊の投入は自殺行為に他ならない。そこで航空隊を投入し、敵航空隊の撃滅を行い、山地の防衛施設の破壊に移行する。その過程で敵が艦隊を出撃させれば好機だ。艦隊決戦に持ち込み敵艦隊を殲滅する。航空戦力を失えば、いくら山地の要塞が健在でも、敗北は時間の問題。地上軍をどこかのタイミングで投じてくるだろう。これさえ討ち果たせば、我らの勝利は疑いない。貴官らには要所での一層の奮励を期待する」
アルフレートは旗艦フォルセティの一室に各艦隊の指揮官を集め、今回の作戦を説明した。
マックス・ベーレント将軍が手を挙げた。
「この作戦は航空隊の活躍が鍵を握るものと思います。空母の航空隊と基地航空隊を統合する指揮系統が必要なのではないでしょうか?」
「もっともな指摘だ。そこで航空隊総監という役職を創設する。管轄するのは航空隊のみで行われる作戦だけで、攻勢、防衛戦では空母航空隊に影響は及ばない。今回この地位に就くものを招集している。バルツァー将軍!」
アルフレートに呼ばれたバルツァーという将軍が入室した。
部屋の外で待機していたのだろう。
「ディートリヒ・バルツァーです。以後お見知りおきを」
簡素な挨拶を済ませると、一同は持ち場へと帰っていった。
その日のうちに、バルツァーの航空戦は開始された。
空母航空隊と地上基地の航空隊の航空機は総勢1000機に及ぶ。
ルーティンを組み、連日昼夜を問わない航空作戦を展開した。
苛烈な航空作戦の中、ムスペルヘイム軍司令官ヘルツォークが、じっと戦況を注視している。
動くべきときを待ち構えているのだ。
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