安寧な終局を求めて

ホルス内戦

ムスペルヘイムが消滅し、その軍属は自治軍に所属を移したか、退役することになった。

しかしホルス戦線の司令官レンツ将軍は違っていた。

彼は指揮下の将兵に、軍を離れるか支援しているホルス政府に鞍替えする二択を示した。

故郷から離れてまで戦う理由はない多くの将兵は、レンツの元を離れていった。

しかし故郷に戻っても仕事が無い人などは、彼に従ってホルスまでついていった。


 そのことに危機感を覚えたのはアルフレートだ。

ムスペルヘイム軍残党がホルス軍に参加したことは、ヴァルフコフ擁する反政府軍にとっても脅威になる。

そこでアルフレートはホルス方面にいるコンラート・バルテルに増援部隊を送り、内戦の早期終結を求めた。


「さてどうしたものか」

バルテルは決戦を求めて、首都トリグラフを目指してモローズ半島の山岳地帯を東上している。

同盟国ムスペルヘイムの消滅で支援が断たれたためか、半島を進めども政府軍の姿を見かけない。


首都近辺に戦力を固めているのだろうか。

別働隊としてヴァルフコフ艦隊を沿岸から進ませているが、そちらも順調に進んでいるだろう。

バルテルは半島の渓谷を抜けながらそう考えた。


「敵影確認! 攻撃来ます!」

オペレーターの声に応じるように、バルテルはシールド展開を指示した。

魔法のシールドに魔導砲の光線がきらめく。

「この攻撃は戦艦によるものだな。敵の主力か」

彼は敵戦力を冷静に分析した。


 奇襲を彼は予測していたからこその冷静さだ。

ホルス軍の戦力は少ない。

ならば隘路での奇襲をするしかない。


「貧すれば鈍するということだな。敵はおそらくこちらの側面にも伏兵を仕込んでいるはずだ。空母艦載機を投入して、山の斜面にいる敵を潰せ」

空母から飛翔し、狭い渓谷を所狭しと飛ぶ艦載機。

敵を捕捉し、斜面に機銃掃射を浴びせていく。

木々の中から上がる爆炎と悲鳴。


「露払いはできた。敵艦隊に突撃だ!」

相手の作戦を潰し、満を持して突撃を開始した。


 接近しつつ主砲を連射し、シールドに大きな負荷をかける。

シールドは魔力水がある限り何度も展開されるが、消滅と展開の間のラグを狙ってとにかく撃ちまくる。

数で勝り、ここで勝負が決まるからこそできる芸当。


 窮余の一計が破れたホルス軍は壊乱状態に陥った。

「命令してでも全軍を引き連れたほうがよかったのかもな」

絶望的な戦況を見て、精彩を欠いたレンツは呟いた。

「そんなことしたって大義も何も無いのだがね」


 アルトゥールに閉塞感を打破する何かを期待して、彼に味方した。

けれど結果は国の滅亡。

何かを間違えてしまったのかもしれない。

けれどどう責任を取ればいいのかわからなかった。


 だから祖国に妻を残し、こんなところに来てしまった。

本当にこれでよかったのか?

答えが出る前に、彼の乗艦は光線に貫かれた。


レンツが戦死した頃、バルテルのもとにヴァルフコフから連絡が届いた。

「首都トリグラフに入城、政府の降伏か。なら仕事は終わりだな。後のややこしいことは、陛下たちの役目だ」


******


大陸暦343年5月 帝国首都エーリューズニル


 バルテルの言うめんどくさいことを、エーリューズニルの王宮で行われている。

ホルスは旧政府側の要人を裁判にかけたのち、代表者を送り込んできた。

ニブルヘイム側の代表者はブルーメンタールだ。

ホルスは国家元首を送ってきたわけではないので、格を合わせるためにブルーメンタールが対応している。


「なぜ我が国は敗戦国ではないのに、領土を削られなければいけないのですか?」

ブルーメンタールが突きつけた条文は、ホルスは中部、南部を割譲し、その領土をモローズ半島に限定するというものだった。


「貴国はこの戦いを単独で勝利できたのですか? ムスペルヘイムの介入がなかったとしても、半島で膠着状態に陥って泥沼にはまっていたでしょう」

「領土割譲はその報酬というわけですか」

「ええ、そうです。それにもう選択肢は他に無いのですよ。支援のために送った艦隊は半島は治安維持と復興支援の名目で、ホルス中部に展開させています。、これを実力で排除できますか?」

今のホルスにそんな力はない。

力関係が歴然としていて、覆すことが不可能だからこそできたことだ。

領土割譲を容認する他に選択肢はない。

条文にホルス側の代表者はサインした。


******


 ニブルヘイム、ムスペルヘイム戦争の最中、旧イルダーナ領の辺境アヴァロンにいるエイブラムたちは動かなかった。

「なぜ戦時中に動かなかった?」

ホーガンは怒りを込めた口調でエイブラムに詰め寄った。

「戦争の趨勢が、ムスペルヘイム勝利で決定的になるのを待ったのです。こちらの切り札が戦争終結したいま、ようやく完成したのですよ。完成以前では単なる少数の残党です」


 エイブラムたちは現在、空中要塞ティル・ナ・ノーグにいる。

空中要塞とはいえど、その時が来るまで地中に埋めて擬装している。


「いつなら戦える!」

「次の動乱でしょう。ニブルヘイムはホルスへ過酷な仕打ちをして、エゲリアはニブルヘイムが肩入れしていますが、多民族国家ゆえ不安定。動乱の種は十分に蒔かれています」

「あとは水やりだな」

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