邂逅
地下通路を抜け、脱出用に用意されている車に乗り込み、邸宅を後にするブルーメンタール。
アルフレートのいる宮殿に行き、反乱騒ぎに不関与であることを示さなくては。
今回の件をブルーメンタールに結びつけて、失脚を図る政敵がいるかもしれない。
強硬策を用いなければいけないほど、彼らを追い詰めてしまったのか。
逃げ道を塞がずに、敵を追い詰めてこそ妙というもの。
不意の強攻に敗れては、どれほど追い詰めていても意味がない。
自らの失策をブルーメンタールは恥じた。
どこからともなく数発の銃声が響く。
「伏せてください!」
運転手が怒鳴るように言った。
考える間もなく、反射的に身をかがめた。
車はふらふらと動く。
平衡感覚に揺さぶりをかけられる。
迷走をしばらく続けたのち、歩道に乗り上げ、塀に熱いキスをして停車した。
タイヤをパンクさせて動きを止めた。
ブルーメンタールはそう結論づけた。
動きを止めて次にすることは決まっている。
ブルーメンタールを確実に仕留める。
いつも冷静を心がけてきた彼も、濃密な死の香りが鼻につくと、身がすくんでしまう。
どこにあるのかもわからない射線に、入らないように気をつけながら外を覗くといくつかの人影が見えた。
懐に忍ばせた拳銃を手に取り、「そのとき」に備えて身構える。
もっとも、そのときが来たらどうにみならない。
拳銃でどうにかできる局面でもないだろう。
ブルーメンタールの配下と襲撃者の間で銃撃戦が幕を開けた。
それを見ているのがイリーナである。
「対象が攻撃を受けています。いかがいたしましょうか?」
命令通り、連絡を入れた。
「襲撃している者は軍か?」
「違います」
彼らの服装は地味な色合いの私服だ。
今回の件が軍の人間が引き起こしたというのなら、わざわざ所属を隠さずともよい。
「何者か見当は付くか?」
「わかりません」
さすがにそこまではわからない。
使用銃器も判断基準にはならない。
「わかった。ブルーメンタールを救出しろ」
「わかりました」
通信が切れた。
イリーナは配下全員に向けて脳内通信を開いた。
「対象と交戦中の者は私が処分する」
さらに対象を保護する者、狙撃手を仕留める者を振り分けた。
通信を切ると、魔法で身体強化し、右手に拳銃、左手にナイフを握った。
神速で現場まで走り抜け、銃弾飛び交う現場にその身を躍らせた。
射線を目にも留まらぬ速さで外しながら、敵にあっという間に接近し、首を華麗に切り裂く。
切られた者を盾にして、離れた敵を射殺した。
瞬時に周囲を把握し、敵を次々と葬り、襲撃部隊を圧倒する。
戦闘の最中、彼女は彼の姿を見た。
黒いくせ毛に茶色い目の童顔の男を。
エフセイに違いない。
絶対的な確信を胸に、エフセイのところへ疾走した。
「エフセイ!」
彼の姿をはっきりと捉えて、思わず叫んだ。
「懐かしい声だね。何年ぶりだろうね、イリーナ」
「こんなところで何をしているの? あなたはクーデター派に雇われたの?」
「それは僕を捕虜にしてから聞く事じゃないかな。かかっておいでよ」
お互いに銃を向けていることにイリーナは気づいた。
かつての仲間であり、イリーナの想い人。
にもかかわらず、銃口はしっかりエフセイを捉えている。
相手は友人だろうと恋人だろうと、正対するならば銃を下げるな。
ホルスの組織で叩き込まれたことだ。
「殺しはしない。安心して」
ためらうことなくトリガーを引いた。
「そう言いながらしっかり心臓を狙ったな」
「避けられるってわかってるもの」
次弾を放ち、牽制を加える。
射線を見切ったエフセイは軽く避けて、イリーナに接近した。
イリーナはエフセイの腕を払って射撃を回避する。
彼女の腕もまた、エフセイにより払われる。
撃つ前に狙いを外され、互いに引き金に指を置いたまま、ひたすら腕を払い続ける。
戦況が膠着した一瞬の油断。
払うのが遅れ、銃弾がイリーナの上腕を抉り取った。
走る激痛。
撃たれた衝撃で体が逸れるも、彼女も撃ち返した。
しかしエフセイの顔をかすめただけだ。
「このまま戦えば、間違いなく僕が勝つだろう。でも時間がかかりすぎるし、対象はもうすでに保護されている。戦術レベルの勝利なんて意味が無いね」
そう言うと、エフセイは立ち去ろうとする。
「待て!」
「イリーナの負けだよ」
そのように言われると、彼女から力が抜けていく。
ホルスにいた頃から、彼に勝ったことはない。
そして今回もまた負けた。
屈辱でしかない。
連敗記録の更新。
腕を押さえ、配下のいるところへと向かう。
煙を上げている車から離れて、配下がブルーメンタールを保護している姿が近づいてくる。
早くたどり着いて、指示を出さなくては。
それとは別の思いも、彼女の心からふつふつと湧き出る。
次ぎは必ず仕留める。
必ず、必ず、必ず。
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