臣下のあり方

 ブルーメンタールはアルフレートのもとへ無事に到着した。

薄汚れた姿で宮殿に現れたため、アルフレートは驚いてみせた。

「標的は卿であったか」

「はい。明らかに私を害する意思を感じました。さらに、他国の諜報機関が関与しています」


 アルフレートは忌々しげに天井を睨みつけた。

そこに見えざる敵を見出したかのように。

「騒ぎをおこしたのはトゥオネラ人と見たが、どう思う?」

ブルーメンタールと対立しているトゥオネラ系軍人と判断した。


 そのとき、宮殿内部にも十分聞こえる声が、外から響いた。

「政治を歪め、この国を意味も大義もなく、戦争に投げ込もうとする者がいます。その輩の名はヒルデブラント・ブルーメンタール。我が国の軍隊で、総参謀長を努めている男です。先日、ホルスへの派兵を決定したのは、新聞などを通してご存知でしょう。この派兵は、ムスペルヘイムとの対立の激化を招きかねない危険な軍事行動です。善良な国民の皆さんは、この未亡人量産者を許してはなりません」


 ラッシ・アハティラの声だ。

航空艦隊司令官としてのキャリアが始まってから、今日までアルフレートのそばに控えている男にほかならない。

彼が放送局を占領して演説を流しているのだろう。


 アルフレートの手が震える。

「ブルーメンタール、すぐに車両を用意するように。いや、戦車か自走砲だ。どちらかをすぐに宮殿の前に乗り付けてくれ」

ブルーメンタールはその言葉の意味を理解した。

「陛下、御身を危険に晒すのはなりません!」

「黙れ! これは皇帝としての命令だ!」

「ぎょ、御意」


 そこまで言われてしまえば、ブルーメンタールとて逆らうことはできない。

すぐに皇帝直属艦隊付属地上部隊に連絡しようとしたが、やめてしまった。

ラッシが敵に回っている。

そのことが、事実上のトゥオネラ人部隊を動かすことを躊躇させた。


 首都に駐屯している別の部隊に連絡し、戦車を3輌手配した。

先程のアルフレートのことを思うと、ブルーメンタールの首筋が寒気が這う。

イレーネを焚き付けすぎたか。

思わず舌打ちしてしまいたくなる。

純粋すぎる愛は危険なもの。

ブルーメンタールの胸に、深く刻まれた。


 あのような火災的感情、誰にも御することなんてできやしない。

イレーネ本人にもだ。

よく乾燥した枯れ草のように、一度火が付けば、烈火と化す。

自分も他人も燃やし尽くす危険な代物。


 火を付けたのは他でもない、ブルーメンタール自身。

消火活動をしなくては。

情熱を抱えるイレーネと対照的に、思考はどこまでもドライである。


******


 戦車兵にとって、ある意味過酷な戦線より緊張感のある状況にいるのかもしれない。

自分たちの後ろには、戦車長ではなくニブルヘイム帝国の至尊が座っている。

急遽用意された戦車兵の服装に身を包み、鋭い視線を車内に向けている。


 明らかに平静ではない。

そもそも、皇帝自ら戦車に乗り込んで、敵地に乗り込もうとしている時点でおかしい。

空中戦艦で指揮を執るのとは、またわけが違う。

地上兵として前線にいた頃とは、地位も所属も、何もかもが異なる。


 大通りをアルフレートを乗せた戦車と、護衛の2輌で進軍中に、とうとうクーデター軍の戦車と遭遇した。

元は同じ軍隊。

同じ車両、同じ性能。

射程距離も同じ。


「陛下、攻撃してもよろしいですか?」

射撃手が恐る恐る尋ねた。

「だめだ」

短い言葉で制止すると、アルフレートは車外に体を晒した。

「へ、陛下!」


 自軍の兵士の心配をよそに、相対する敵に向かって話しかけた。

「予はニブルヘイム帝国皇帝アルフレート・フォン・バスラーである。最高指揮官をこの場につれてこい。これは命令だ」

しばしの沈黙が間を挟み、敵方の戦車からも、人が体を見せた。

敵兵は最初こそ怪訝な顔を見せたが、段々と顔が青ざめていき、慌てて戦車から転げ落ちるように降りた。


「も、申しわけありません!」

上ずった声で応対した。

「速やかに上の者に連絡い、いたしますので」

そそくさと小動物のように戦車の中へと戻っていった。


 アルフレートも戦車内へ戻り、待つこと10分、その男はやってきた。

サイドカーに乗り、アルフレートのいる戦車の前で降り立った。

「陛下、私です! アハティラです」


 ラッシの呼びかけに、アルフレートは応じて再び戦車から身を乗り出した。

「陛下に取り入り、国家を誤った方向へ導こうとする佞臣ねいしんを排除すべく、このような行動に出たのです。宸襟しんきんを騒がせたことをお詫び申し上げます」

「ほぉ……、佞臣がいたとはな」

胸を穿つほど鋭い視線をラッシに送る。

しかしラッシはそれを気にもとめていない。


「はい。陛下を傀儡かいらいにしてしまおうとするのは、明らかに臣下の道から外れております。ゆえ、悪臣と判断し、最終手段によって臣下の自浄を図ったのでございます」

自信満々に答えるラッシを見るアルフレートの目に、好意も憐憫も一切が消え去った。

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