4・6クーデター

 派兵の決定。

それはトゥオネラ系軍人を大きく揺さぶった。

特にラッシのような反ブルーメンタール派急先鋒は。


 どうするべきか。

ラッシの頭の中を思考がぐるぐると回る。

今回の決定で、自分たちトゥオネラ人が不利になった。

それもかなり。


 強行手段による現状打破。

不穏で博打的な考えが頭の片隅をよぎる。

武力を使うのは全く検討していないわけではない。

むしろこれを重点的に検討してきた。


 問題は皇帝アルフレートの宸襟を騒がせること。

トゥオネラ軍時代から彼を見て、彼を慕い、彼に亡国の希望を見た。

トゥオネラ人によるニブルヘイム支配。

かつてトゥオネラ王国でアルフレートを保護し、提督にまで祭り上げたのだ。

全てはトゥオネラ人の栄光のために。


 ラッシは電話を手に取った。

「ヒルヴィか、例のことだが、4月に決行したい。同胞が動揺しているタイミングがいいから、なるべく早い方がいい」

電話の先にいるヒルヴィ少将は、トゥオネラ軍時代から今までアルフレート艦隊麾下の機甲師団を率い、最近はラッシ邸で密談をしている。

彼もまた、現状のトゥオネラ人の不遇を快く思っていない。

そしてアルフレートを現状打破の最終的なキーマンだと考えているのも同じだ。


「本当にやるのか?」

「もちろんだ。これ以上待つことはできない。そんなことしたら、こちらには何一つ残るものはない」

ヒルデブラントはトゥオネラ人に残された、わずかな実権も奪い取るだろう。

そうなったらもう手のうちようがない。

「それと朗報がある。協力者を得たんだ」


 受話器を片手にラッシがにやりと笑う。

自分たちを利用しようとして、接近してきたのは明白だ。

しかし不利な情勢である以上、どんな存在でも利用できるものは利用しなくては勝てない。

「そいつは同胞か?」

「いや違う。だが利用するしかない。そうだろ?」

ヒルヴィも状況はわかっている。

「その通りだ。長電話は危険だ。このあたりで。アルフレート陛下万歳! トゥオネラ人に栄光あれ!」


******


342年4月6日 23時


 トゥオネラ人のリアクション。

ヒルデブラントが恐れていることのひとつだ。

今回のアルフレートの決定は、トゥオネラ人軍閥の力を決定的に無きものにした。

彼の決定に介入できず、そして少数派。


 そのことは彼らも周知しているだろう。

何か反撃に出てくるだろう。

その何かが‘最終手段’しか予想がつかない。

武力による現状打破。


 その場合、標的はアルフレートではなく、政敵であるヒルデブラント自身なのは明白だ。

むざむざ消されるつもりはない。

私兵で邸宅を強固に防衛している。

時間稼ぎなり、逃げることぐらいならできるだろう。


 軍事力で得た安閑を享受すべく、ベッドにその身をくぐらせるやいなや、轟音が窓ガラスを揺さぶった。

ガタガタと揺れて危機感を極大にまで煽る。


 入ったばかりの冷たいベッドを抜け出し、扉のそばにある電話を取った。

「何事だ」

電話の先にいるのは、邸宅の地下にいる指揮官だ。

平時でも有事でも指揮官はここにおり、外を警備している兵士から連絡を受けたり、モニターで周辺を見ている。

「速やかにここを脱出してください。敵は戦車を使っています!」

「わかった。貴公らも必ず逃げるように」


 電話では冷静さを見せたが、戦車を投入されたと聞いて、恐怖が背中を駆け上がった。

敵は正規軍。

機甲師団を投入している。

対戦車装備を持たない歩兵しかいない私兵では、到底太刀打ちできない。

ヒルデブラントはすぐに軍服に着替えると、外につながる地下通路へ向かった。

まずはアルフレートの元へ行かなくては。


******


 ヒルデブラントと同じくらい忙しく動いている部署がある。

諜報機関ニズヘグ。

スパイや監視を生業とするこの組織は、以前から有力なトゥオネラ軍人を監視していたが、その過程で不審な魔道士が国内に侵入したことが判明した。


 トゥオネラ人との関連は不明だが、彼らが嫌うヒルデブラントが暗殺などの標的になると考えられることから、監視していた。

それを任されたのはイリーナである。


 この日も彼女はブルーメンタール邸周辺で監視を行っていた。

冬の残滓を肌に感じながら、魔法で姿を隠して通りで佇んでいる。

不審な魔道士の存在を思う。

エフセイだろうか。

そうならいいなと、淡い感情が行ったり来たりする。


 しかし今の彼は敵。

相対すれば武器を手に取り始末する。

そんなことはわかってはいるけれど。

もし会えばどうしよう。

そもそも勝てるのか。


 淡い気持ちと現実を行き来しているところに、轟音が鼓膜を強く叩いた。

現実への回帰。

今の音は戦車の主砲の音だ。

ブルーメンタール邸の方角から火の手が上がっている。

まずは指示を仰がなくてはいけない。

脳内通信魔法で、上官に状況を説明した。

「トゥオネラ人が動いたのは間違いない。ただし軍隊の相手は軍隊に任せ、君はブルーメンタールの身柄を確保しろ。ただし発見した際にこちらに連絡し、許可を得てから確保しろ」

「了解」


 不思議な命令だ。

確保が目的なら、状況が状況である以上、一度命令を下して確保すればいい。

なのにわざわざ連絡してから確保を命じた。


 組織への疑念はいけない。

ここ以外に居場所はないんだ。

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