内憂外患

 ニブルヘイムは軍の高官を集めて会議を始めた。

当然、ホルスにムスペルヘイムが軍事介入した件について話し合うためだ。

「このまま放置していれば、確実にホルスは反乱軍、いや、ムスペルヘイムの属国になるでしょう」

ヒルデブラントが一同に持論を語った。

「その根拠はあるんですか?」

例のごとく、ラッシが噛みついた。


 また始まった。

アルフレートは頭を抱える。

「今回の介入による支援の見返りに、ホルス国内に進駐でもしたらどうでしょうか。軍事的圧力を背景に、事実上の属国になるということです」

「だからこちらも介入して、かの国との全面戦争も辞さないというのですか!」

「両雄並び立たず。大ルーン主義の名において、いずれは衝突するのです。なので相手の体制が固まりきっていない今、戦いに踏み切るべきなのです」


 強硬派の姿勢を一切崩そうとしないどころか、速やかに開戦することを言い出した。

「陛下、ご決断を」

「戦争なんて下策です。どうか開戦の回避を」

必死に持論を押し通そうとする2人と、半ば呆れている他の参加者。

「もういい、明日改めて決定を下す」


 アルフレートは足早にその場を後にした。

むき出しのエゴが支配する空間からいち早く脱したい。

彼と2人以外の参加者の偽らざる心情だ。


 ヒルデブラントも足早に退室した。

アルフレートの後を追ったのではない。

彼には約束がある。


 宮殿の敷地内にある庭園で、イレーネと待ち合わせている。

「いったい何の御用ですか? またトゥオネラ人が蠢動しているのでしょうか」

「ええ、そのトゥオネラ人のことです」

彼女は口角を少し上げて、自分の推測が当たったことを顔に出した。


 感触が良いことを確信すると、本題を話し始めた。

「我が国は先日、ホルスの内戦に介入することを決めました」

ヒルデブラントは嘘をついた。

「しかしこの介入でムスペルヘイムと戦争になり、勝利すれば、ルーン人の土地が手に入るでしょう。それを恐れて何やらトゥオネラ人将校の間で、密会を行われているそうで」

「これ以上トゥオネラ人の人口比率が下がることを嫌がっているのね。それでクーデターを画策して……」


 イレーネは伏し目になり、おびえた表情をしてみせた。

「陛下は私の言葉を聞き入れてくれませんでした。どうか陛下に真実をお伝えしていただけませんか?」

「わかりました。忠臣の言葉に耳を傾けないお兄様に、この国で起きていることを正しくお伝えします。安心なさってくださいね」

「かしこまりました。お聞き入れくださりありがとうございます」


 彼は一礼し、庭園を立ち去った。

ラッシを筆頭にしたトゥオネラ閥の一掃は固い。

彼は確信した。


******


「お兄様、これ以上トゥオネラ軍人をのさばらせてはいけません。彼らはよからぬ謀議をしています」

アルフレートはため息をついた。

またこの話だ、もううんざりだという感情のこもった吐息をもらした。

「いったい何が望みなんだ。最近のイレーネはなぜ政治に口出ししたがる?」

「ただ安息を求めているだけです」


 上目遣いで彼を見つめる。

ただ1つの望みを純粋に希求するする瞳。

「それなのに対外戦争を求めるというのかい?」

イレーネは意思の強い瞳を向けた。

「大陸を平定し、私たちを追い払おうとする勢力がいない世界。それが安息です」


 かつて国を追われ、亡命を余儀なくされた過去。

それは幼かった少女の心に深く刻まれていた。

もう二度と故郷を失いたくない。

ならば失う余地をなくしてしまおう。

イレーネを突き動かす執念の根源。


 アルフレートもそれを忘れたわけではない。

誰かに勝手に祭り上げられ、亡命する羽目になった。

クーデターも亡命も、ニブルヘイム軍への復帰、皇帝即位、それらみな周りに流された結果ではないか。

自分の意思に基づいた決定は、戦場にしかなかった。


 そのような状況を終わらせる時が来た。

自らの決定で、自らの行動で、安息を実現する。

これがアルフレートの願い。

「安息をもたらそう。約束しよう。信じてくれる?」

「ええ、もちろん!」

つぼみが花開いたかのような笑顔を見せた。


 アルフレートに抱きつき、好意と喜びを全身で表した。

絶対的な肯定がアルフレートを包み込んだ。

肯定が安心をもたらすか、義務感を生み出すかはわからない。

けれど彼にとって、妹を守りたいし、幸せにしたいという望みは嘘ではない。

彼女の望みが幸せをもたらすというのなら、それを叶える。


 イレーネの心に独占欲の成就が満たされていく。

あの女ができないことを、いまこの瞬間、私はやっている。

この優越感が快楽を生み出してくれる。

アイラ・アロネン。

アルフレートの副官に過ぎない者に、兄を渡しなどしない。

独占欲の強さが、抱きしめる腕に力を与える。

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