革命始末

 ムスペルヘイムでの政変は、大陸中を駆け巡った。

ニブルヘイムでも、このことに対し、今後の対応が協議されていた。

「ムスペルヘイムでは帝政が崩壊し、連邦制に改組されたが、わが国はどう対応すべきだろうか」

アルフレートが問いかける。

「こちらの取れる手段は、帝国軍残党を支援、さらに直接の武力介入になります。これを機にムスペルヘイムに侵攻してしまうのはいかがですか?」


 ヒルデブラントのタカ派的進言に、アルフレートは渋い顔を見せた。

「ここは傍観を決め込むのがよろしいかと。武力介入を避けて物資の支援をしようにも、彼らと勢力圏を隣接しておりません」

ラッシが言った。


「よろしいのですか? 大国が混乱している今こそ、付け入るチャンスではありませんか。最小の犠牲で最大の成果を得られるのですよ」

「他国ばかり見て、自国のことが見えていない。現在わが国は全面戦争する準備ができていない。局地的な戦闘なら可能ですが、総力戦など遂行できません」

アルフレートが2人を制止した。

「この件には介入しない。情勢を見守りつつ、情報収集にあたってもらう」

「御意」

ラッシはほっとした表情で、ヒルデブラントは憮然とした表情で退室した。


 こちらには打つ手がない。

だからラッシの意見を採用したが、あれでよかったのか。

ヒルデブラントの傀儡ではないと思いたい気持ちもあった。

自身の内面と国益は両立しうるものなのか。


 軍内部の不和。

これが恐ろしい。

事実上の軍事政権である現体制は、安定した統治のために、軍の分裂は避けなければいけない。

自分はそれを避け、安寧をもたらせているのだろうか。

アルフレートの自問はやむことを知らない。


******


342年2月


 かつての皇帝執務室で、アルトゥールは残党討伐完了の報告を聞いた。

多くの若手将校が味方に付き、下から上層を崩した結果となった。

そんなアルトゥールは、全土掌握後速やかに、ホルス革命軍への直接支援を指示した。

「新体制発足すぐに、他国への軍事介入は賛同しかねます。国内の諸制度を整えてからではいけませんか?」


 そう言ったのは、かつての帝国宰相マイヤーハイムだ。

凡庸な皇太子に忠誠を誓うこともできず、黙って隠棲して今後を静観する無責任さに苛まれた結果、マシな方へ賭けてみた。

少なくとも事態を変えようとする意志はあるのだから。

そこに望みをつなぐしかないと、マイヤーハイムは半ば諦観している。


「国内が動揺している今こそ、対外出兵によって国内を引き締める。速やかに事態を収拾し、有利な形でニブルヘイムとホルスに関する取り決めを結ぶつもりだ」

「うまく事が運べばいいですが……」

どうもこの男は物事を楽観的にとらえている節が見られる。

マイヤーハイムはそう感じた。


 その頃ヘルツォークは投降した前線部隊の事務処理と、ホルス方面を注視することに忙殺されていた。

これまで一介の将軍に過ぎなかった彼が、一方面のあらゆることを一手に引き受けていることに、彼自身がまだ受け止め切れていない。

短時間で天地が入れ替わったような心地がする。


 それでも自分を信任してくれたアルトゥールは正しいことをしたと信じている。

既得権益にしがみつく貴族を打倒し、下級貴族や若手将校が日の目を見る時代を切り開いたのだから。


 ヘルツォーク同様、イルダーナ残党は今回の政変を好意的に見ている。

幹部たちが集まる会議の中、クラウス・アルペンハイムはご機嫌を絵に描いたような態度で出席した。

政変を引き起こした黒幕は彼なのだから、機嫌が悪くなる理由はない。


 それを懐疑的な目でホーガンが見ている。

「ムスペルヘイムの新体制はあてになるのか疑わしい。我々が利用しているようで、逆に利用されているように思えてならない」

大国と亡国の残党とでは、力差は歴然としている。

対等に渡り合えるはずがない。


 そう言われてもクラウスの態度は変わらない。

「アルトゥール大統領がクーデターを起こす地盤を作ったのは、他でもない私です。作れるということは、壊すこともできるのです。そのための戦力が手元にあるのですよ」

クラウスの魔導士集団の存在を示唆した。

「そうは言うが、所詮こちらは爆弾の小型化もできない軍隊だ。ニブルヘイムでもできたことが、わが国はできていない」


 ニブルヘイムはかつて、ホルスのバラネフ社製兵器の輸入に依存していた時期がある。

それが原因で、技術が育たなかったことがあったが、そんな国でも力をつけて、一撃で大打撃を与えられる砲弾を作ったことを彼は言っている。

「ニブルヘイムの跳躍魔導砲は、一点に対して痛打を与えるものですが、いま開発しているのは、広範囲に大打撃を与えるものです。必要な技術が違います」

兵器研究所所長サザーランドが口を挟んだ。

「それを開発できない技術屋は黙ってろ!」


 事態がカオスを帯びてきた。

「ムスペルヘイムの新体制については望ましいと言えましょう。かの国とは祖国の中南部を支配しているという遺恨がありますが、当面の敵はニブルヘイムです」

エイブラムが話に道筋を付けようとする。

「たった今、ムスペルヘイムがホルス内戦への軍事介入を発表したようです。これは好機ではありませんか?」


 基地司令官ジンデルが新鮮な情報を基に提言した。

ホルスの直接介入すれば、ニブルヘイムが黙っていない。

「ニブルヘイムが何かしらの軍事行動を起こしたときに、我々が間隙を突くというわけですね?」

ジンデルは頷いた。

「軍事行動がホルスへの介入に留まれば、ニブルヘイムがこちらに兵力を向ける余裕があります。それにこちらの“切り札”は未完成です。状況の如何は兵器の完成を待ってからにしましょう。よろしいですね、サザーランド所長」


 サザーランドは圧力をかけられた。

好戦的なホーガンもにらみつける。

この状況でいいえとは言えない。

「わかりました。迅速に兵器を完成させます」

彼は脅しに屈した。


 頃合いを見てクラウスが話題を変えた。

「そういえばニブルヘイム軍が内部分裂の兆しを見せていますね」

「詳しく言ってもらえますか?」

エイブラムが説明を促した」

「旧トゥオネラ軍人と参謀総長ブルーメンタールが事あるごとに対立しているそうで。これに火をつけるのは、こちらとしても有利になるのではないかと」

「公爵の私兵を使うのですか?」

彼はリアクションを示さなかったが、周りはそれを察した。


 クラウスの武器とは、財力と魔導士集団なのは周知の事実であり、いちいち語ることではない。

「行動してもよろしいですね?」

「構いません。ホーガン総隊長も協力していただけますね?」

「もちろんだ」

ニブルヘイムへの攻撃となると、賛成に回ることをわかった上で聞いた。


「今回はこのあたりでお開きにしましょう」

エイブラム以外は何も言わずに会議室から退室した。

「弱い立場はホルスにいた時に経験したはずなのに、今となっては難しいものですね」

ほの暗い会議室に、エイブラムの独り言が響いた。

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