革命の狼煙天高く

 銃器メーカーのバラネフ社は困っている。

共産革命以降、政府の命令によって同じ共産国だけに、兵器の輸出を制限されている。

元々共産国以外にも警察向けに拳銃を輸出していたため、販路の縮小を余儀なくされた。


 それだけでない。

第2次大陸戦争以後、共産国はホルスのみになった。

販売できるのは自国のみになってしまった。


 業績の急速な悪化を打破するには、販路を制限する政府を説得するか、打ち倒すほかない。

前者が望ましいが、自国の領土をかすめ取った国への銃器販売を容認するわけがない。

自分たちに有利な政権を樹立するしか道はない。

そのようなバラネフ社が重役をアルトゥールの下へ送り込んでいた。


「つまり私に新政府の支持を事前に取り付けに来たわけか」

「そういうことでございます」

アルトゥールは機嫌よくバラネフ社の重役クラフツォフを応対している。


「協力はやぶさかでないが、新政権は誰が担うんだね」

バラネフ社側は新しい体制を望んでいながら、肝心の担い手については言及していない。

「指導者なら市井にいますよ。革新派の労働組合がね」


 社会主義国家のホルスでは、各企業の労働組合の力が強い。

権力の側に立った労働組合は、労働者を守るための組織から、役員の既得権益を守るための組織に成り下がった。

その中にあっても、労働者の味方としての労働組合を維持しているところもある。

それが革新派と呼ばれている。


 革新派の中でも、政権に批判的な組織はシズレク労働組合が代表的とされる。

シズレクを中心にした西部、2大国に支配された北部と南部は反政府陣営の巣窟となりつつある。

「私としては、シズレクの労働組合を指導者に迎え入れたいのです」

「根回しの進展はどれくらいで?」

クラフツォフは顎に指をあてて考えている。

「シズレクの組合が指導部以外は篭絡済み。北部、南部、西部の組合もこちら側に付くでしょう」


 アルトゥールは疑問を呈した。

「肝心のシズレクは動かないのか?」

「あそこの指導部は現在穏健派で、強硬なやり方に反対しているのです」

クラフツォフが気まずそうにしている。

出された水をちびちびと頻繁に飲み、心の均衡の維持に努めているように見える。


「ならば今の指導部を粛清し、強硬派の人間を迎え入れればよさそうだな」

「え、それは……」

あまりにも強引な手法にたじろぐ。

「アルペンハイム公」


 音を立ててドアノブが回る。

木製のドアが軋みながら開かれた。

「初めまして、クラフツォフさん」

クラフツォフの顔に驚きが現れた。

それは一点から急速に戦線を拡大し、顔いっぱいに覆いつくした。


「ご存命でしたか!」

驚くのも無理はない。

なぜなら祖国のルーン帝国は、先の大戦中に、軍事侵攻を受けて滅亡したはずなのだから。

そのときに死んだと思っても責められることではない。


 「クラフツォフさんがよければ、こちらも手を貸しますよ。例えば、先ほど話に出た暗殺とか」

外道とも言うべき行為が現実味を帯びていくことに、彼は戦慄を覚えた。

この人たちは目的のためなら、なんだってする。

そういう人間だと気づかされた。


 彼らは恐ろしいが、クラフツォフとしてもその提案に乗る以外、打開策は持ち合わせていない。

「わかりました。その提案に乗りましょう。アルペンハイム公、よろしいですか?」

「任せてください」


******


 夜な夜なヴァルフコフの寝室に鳴り響く電話の音。

眠りの世界から、首根っこをつかまれて現実世界へ連行された。

最低最悪な起こされ方だ。


「はい、ヴァルフコフですが」

「緊急招集だ。シズレクの組合委員長の殺害と、それを機に暴動が起きた」

バザロフ議長自らの連絡だ。


 シズレクだけのの暴動なら、現地の警察と軍を投入すればいい。

にもかかわらず、首都にいるヴァルフコフに連絡が来ている。

ただならぬ状況に違いない。


「シズレクの暴動が占領されている南部、北部にも広がっている。シズレクの基地とも連絡がつかない」

「中央も危険ということですか。では基地で出撃準備を――」

「いや」

バザロフが遮った。

「まず私の執務室に来てくれ。別命もある」

「ここでは言えないのですか?」

「盗聴の可能性がある。執務室で紙を渡す」

「了解しました」

通話の終了。

機械的な音が受話器から響く。


 何かおかしい。

盗聴するにしても誰が。

そもそもバザロフは秘密警察の長官出身だ。

盗聴も平気でする組織を権力基盤にしているのだから、身内の盗聴を恐れる必要はない。

それとも内部にバザロフと敵対する勢力がいるというのか。



 もしアルバトフ派の残党がいるなら、なぜクーデターのときに戦わなかったのか。

トリグラフ条約の調印と引きかえに、他国の軍事支援を取り付けることもできたはず。

現在敵対的な、対抗できる派閥は存在しない。

だとすればこれは罠だ。


 ふとクーツェンの顔が浮かんだ。

意地汚く、揚げ足取りが得意なあの男。

彼がバザロフに吹き込んだ可能性がある。


「どこか行くのですか?」

マルタが起きてきた。

「誰かと話してたから、仕事なのかと思ったのですが」


 彼女をどうするか。

放っておくわけにはいかない。

「えーと……ちょっとお出かけだ。マルタも一緒に来るんだ」

「え、あ、はい」

いきなりのことで、マルタは挙動不審になってしまった。


 その頃バザロフは執務室で彼が来るのを座って待っている。

手元の机には、一枚の写真が置かれている。

ヴァルフコフが薄汚れた‘人’を、周りを気にしながら家に入れている写真。


 暴動への対応に忙しいときに、クーツェンがヴァルフコフの叛意の証拠として、彼をつけまわして撮ったものを持ち込んできたものだ。

豊かな将官が、貧乏なプロレタリアートと関わるのは不自然である。

それに彼の身辺に、薄汚れるほどの貧乏人はいない。

彼が反動的なプロレタリアートと関わりを持ち、政権転覆を目論んでいる証拠であると、クーツェンは言った。


 確かにこれはおかしなことだ。

本当に反乱を目論んでいるならかなり危ない。

先の大戦の英雄が歯向かうとなると、将兵の多くがヴァルフコフに従いかねない。

だからと言って、不安定な情勢下で功労ある英雄を処刑するのはいけない。

本当に叛意があるときの最終手段だ。


 執務室にけたたましく電話が鳴り響いた。

「バザロフだ」

かけてきたのはトリグラフ空軍基地司令官だ。

「ヴァルフコフ将軍に出撃命令を、本人に直接出したのは本当なんですか?」

まさか出撃したのか。

「委員長同志直々の命令なので出撃させましたが、よろしかったのでしょうか」

悪い予感は的中する。

「他の艦隊に追撃させろ!」

「りょ、了解しました」


 内心の焦りとは裏腹に、受話器は静かに切られた。

静けさを取り戻した電話が再びなりだした。

どうせ悪い報告だ。

バザロフは覚悟した。


「バザロフだ」

「シズレク市長のリヴァノフです。もうシズレクはだめです」

悲壮感に声を与えたような喋り方をする。

「シズレクの空軍基地で司令官が殺されて、副官が反政府軍として占領してます。陸軍基地も兵士が内通者ばかりで陥落間近です……警察も裏切り者ばかりです。敵がもう執務室のあるフロアまで来てます! 申し訳ございません!」


 悲鳴、鈍い音、歓喜。

様々な感情のアンサンブルがバザロフの耳に届けられる。

一瞬のノイズ。

「聞こえるかバザロフ! 貴様は労働者の鉄槌の裁きを受ける。正義が為されるのをトリグラフでおとなしく待ってろ!」


 慌てて受話器を置いた。

シズレクが落ちた瞬間を聞いてしまった。

ヴァルフコフも寝返った。

このままでは負ける。

他国の支援を取り付けるしかない。

バザロフは共産圏を承認したムスペルヘイムへのホットラインをかけた。

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