我望むは至尊と栄光

 ムスペルヘイムは講和会議で新たにルーン人居住地域を手に入れた。

国内の民族バランスの上で、政権側には都合がいいことだ。

問題は大量のイルダーナ人を抱え込んだことである。

それもルーン人やエゲリア人に匹敵する人口で、ヤヌス人といった民族とは桁が違う。


「新たに獲得したイルダーナ人居住地域の処遇について、忌憚なく述べて欲しい」

アマーリエが言う。

列席者は閣僚や有力な封建領主で、皇太子マクシミリアン、そしてアルトゥールもそのひとりである。


「王国として独立させてはいかがでしょうか? もちろん君主の座は陛下がご即位するということで」

マイヤーハイム外相がアマーリエに向かって提案した。

「つまり現状の二重帝国から三重帝国にするということだね。根本的な体制は変わらないから安全ではある。他に意見は」

さらなる議論を促す。


「連邦制に移行し、諸民族の団結のために、ルーン人居住地域への進出を提案します」

アルトゥールの発言だ。

「ニブルヘイムと事を構えようというのかい?」

嘲笑交じりにマイヤーハイムが指摘する。

他の出席者も半ばあきれた表情を見せる。

アルトゥールはそれらを小さく鼻で笑った。


「かの国は大ルーン主義なるものを掲げ、領土の編入を行いました。いずれは我が国の併呑を目論むでしょう」

「防衛戦なら長期戦でも、諸民族は納得してくれるでしょう。しかし侵攻戦で勝てる可能性は低い。それは第1次大陸戦争で証明されたことですよ」

「ならば防衛戦にすればいいのです。こちらから開戦する必要はないのです」


 議場は凍り付いた。

この男は国を戦場の業火に進んで投げ入れようとしている。

国を掛け金かその程度にしか考えていないのではないか。

タカ派やハト派を越えた、何か別の空恐ろしさを感じさせる。


「もともと大陸はひとつだったのです。分かれたものはやがてはひとつになるのです」

ルーン帝国が失った統一を取り戻そうというのだ。

というよりも、ルーン帝国そのものの統一を取り戻そうということかもしれない。

彼の背後にはルーン帝国のアルペンハイム公クラウスがいる。

組んでいる以上は、クラウスにも利益は供与されるもの。


「殿下は何か功を焦っているのではないですか? 例えば……皇太子の地位とか」

導火線に火のついた爆弾を投げ込んだ。

「マイヤーハイム公、発言には気を付けてもらいたい」

「申し訳ありません」

女帝の指摘に素直に謝罪した。

「イルダーナに関してはマイヤーハイム公の意見を採用する」


 憮然とするアルトゥール。

猜疑心に満ち満ちた目で彼を見つめるマクシミリアン。

「地位とは最終的に己の力が決めるのであって、生まれや年齢ではないのですよ、兄上」

部屋を出る時には、隠しきれない野心に、ギラギラと輝いた目をしていた。


******


 会議を終え、アルトゥールは自身の邸宅に帰宅した。

しかし仕事はまだある。


「ご主人様、‘例の’お客様がお見えになっています」

「通せ」

応接間に赴き、来客たちの到着を待った。


 ドアノブが回る。

品格や歴史を思わせる、重々しい軋みをあげながら、木目の美しい扉が開かれた。

「お会いできて光栄です、殿下」

来客のひとりが帽子を脱いで一礼した。

後退した生え際をアルトゥールに見せた。

「よく来てくれました、ガストーニ議員」


 彼はヤヌス人で、エゲリア王国議会の議員を務めている。

ムスペルヘイムの国政は有力者の会議で決めるが、エゲリアは諸民族の意見反映のために、議会が設置されている。

議会の権限はエゲリア王国内のみである。


 ガストーニに続き、2人の男も続いた。

「紹介します。こちらはベンディス人のぺルシエ議員です」

ぺルシエはやせた体格に、顔は眉間に深いしわを寄せている。

「こちらはアナヒット人のカラハン議員です」

ぺルシエとは対照的に、肩幅が広く顔は若々しい。

しかし白髪がかなり目立っている。


「どうぞ、席にかけてください」

3人に着席を促す。

4人の前に鼻腔をくすぐる、甘い香りの紅茶が置かれる。


「我々を呼んだのは、将来的な青写真を作り上げるためですね?」

ガストーニが問う。

「そうです。イルダーナが滅亡し、ホルスは弱小国に成り下がった。現在の大陸は、我が国とニブルヘイムに二分されています」

3人はうなずく。

「そこで有力な民族主義者である3人と、今後を話し合いたいのです」


 ここに集められた3人は、それぞれの民族の独立を訴えている人たちだ。

「あなた方は本当に独立を求めているのですか?」

「もちろんですよ」

ティーカップをソーサーに置きながら、カラハンが答える。

「もし独立したとしても、我が国の圧力を受けることになります。隣国は3民族の国と、我が国しかないのですから」


 独立した場合、隣国がニブルヘイムしか存在しなかったトゥオネラのようになる。

トゥオネラが勢力を伸ばすには、国力で勝る強大なニブルヘイムと対決するほかなく、その結果かの国は滅び去った。

アルトゥールはそのことを暗に示したのであった。


「独立以外の道があるといいたいのですか?」

「もちろんです。連邦国家の道を歩むのです」

「自治の程度は?」

ぺルシエの問い。

ルーン人とエゲリア人があらゆる権益を握っている現状において、他の民族は機会の均等はずっと望んできた。

しかしそれが果たされないからこそ、独立を訴えている。


「外交と通貨の発行、軍事以外の権限が、連邦構成国に与えられます」

「それだけですか?」

怪訝な顔のガストーニ。

「中央政府に議会を設置し、各構成国から、人口に合わせた議員を輩出していただきます」

「殿下はどのような地位を望まれるのです?」

続けて問う。

「初代大統領」


 3人は一様に震えた。

皇子でありながら、ここまで国を変えることを望みながら、最高権力の次代への継承を否定した。

真の改革者なのか、それともエゴイストなのか。


「連邦の元首、すなわち帝位には、ルーン帝国の皇帝に就いてもらいます。当然象徴にすぎず、権力は私と、その後は議会に選出された人物が大統領として、その力を振るうでしょう」

「それが我々、そして殿下、お互いの利益のためというわけでございますな」

カラハンが闊達に笑い声をあげた。

「カラハン議員は賛同したということでよろしいですね」

彼は大きくうなずいてみせた。

「他のお二方はいかに?」

ぺルシエは考え込む。


「この青写真は、どのように現実にするおつもりで?」

よくぞ聞いたと言わんばかりに、口元に笑みをたたえた。

「革命とは力によって成されるもの。その覚悟はできているのですか?」


 3人は閉口した。

ようやく口を開けたのはガストーニだ。

「時が来たときは、ともに力をもって立ち上がる所存です」

他の2人もそれにうなずく。


「革命計画はまた後日に」

3人は部屋を出て、執事が彼らを見送りに出た。

「かの国と雌雄を決する戦いに打って出て、その勝利の栄光をもって、帝冠は本来あるべき者の下へ帰るだろう」

窓から門をくぐって出ていった3人を見ながら、静かに、はっきりと野心を口にした。


******


 4人が密談をしていたころ、イルダーナの方針を話し合った部屋に、アマーリエとマイヤーハイムが残った。

「マイヤーハイム公、アルトゥールをどう思う?」

低く細い声で言った。

死期が近い。

マイヤーハイムは悟った。


「自らの地位に安閑とするか、弟の挑戦に怯えるしかない皇太子殿下より有能でしょう。少なくとも殿下は軍事と政治どちらの経験もあります。皇太子殿下には、名目上の階級と、部下に封地を任せることしかしてきませんでした」

「帝位にはアルトゥールがふさわしいと?」

彼は首を振る。


「彼は危険すぎます。自らの功のためなら、犠牲も厭うことはありません。だからこそ、帝都奪還の際、臣民を巻き添え覚悟のロケット砲による攻撃ができたのです」

「冷酷になることも、上に立つなら必要なこと」

マイヤーハイムは否定を目で言った。

「彼の払う犠牲は国家も含みます。自らの栄誉のためとあらば、国家も賭けの代償にするような人物です。国家の運営とは、投機的であってはならず、それなら何もせず部下に任せる人がよろしいかと」

女帝は深くゆっくりとうなずいた。


「ですが、殿下が先ほど言っておられました、連邦化構想、あれは理想論で言えば正しいです」

「現実的ではないということか」

肯定のうなずき。

「民族問題を一気に解決できる可能性を秘めたものですが、果たして嬉々として貴族たちが既得権益を捨てるでしょうか」

「そのようなことを本気で実行するなら、内戦を引き起こす覚悟が必要」

「そうです」

死が近づくほどに老いても、頭は明晰であると、彼は心の内で感嘆した。


「将来的な連邦化は必要です。平和裏に事を進めるなら、貴族の力を弱めておく必要があります」

「そのためにイルダーナ人という新しい勢力を登場させ、既存の貴族勢力を弱化させる。三重帝国とはパイを奪い合うものを増やすのが狙い」

「おっしゃる通りです」

「下がってよい」

「御意」


 マイヤーハイムは思った。

2人の息子の中間の人物が皇太子なら、どれだけ楽だろうかと。

凡庸か、自らの才能を過信した者の二択。

ひどい選択肢だ。

彼は自嘲気味に鼻で息をついた。

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