第2話 相方は黒猫
ねこである。黒猫である。
妙に大きな、具体的にいうと人間の十才児程度の二足歩行の黒猫が、エメラルド色に光る眼でじっと俺を見上げていた。
「いきなり出てきてボンヤリ光ってる、オマエは一体なんにゃんだ?」
二度目の問いと共に柔らかそうな全身の毛が逆立っていく。どうやら俺は警戒されているようだ。
当然といえば当然である。
「待ってくれ、君と敵対する意思はない。ただ、残念ながら名乗るべき名前を忘れてしまったんだ」
「忘れたぁ?」
「恥ずかしながら」
俺はこれまでの経緯をかいつまんで猫に説明した。
猫の表情から警戒の色が消え、可哀想なものを見る目になった。
「いや、まあでも忘れる名前があるだけいいにゃ。あたしなんて名前にゃいから勝手にノンって名乗ってるし」
俺はいつか読んだ猫の小説を思い出した。世の中にははじめから名前を持たずに生きる者たちもいるのだ。
自分の名前より先に思い出すのが小説とかどうなんだ、と思わないこともないが。
「ノンか。覚えやすくていい名だ」
「ありがと。オマエも本名を思い出すまで仮名をつけたらいいにゃ。例えばナナシとか」
「さすがにそのまま過ぎないか?」
「なら、レイとか」
「幽霊だから?」
「それもあるけど、光って意味があった気がするにゃ」
「いいな、それでいこう」
俺が頷くと、ノンは満足げににんまりと笑った。
「じゃあ、レイ。縁があったらまたにゃ」
そう言うと手をふってノンは歩きだした。が。
「……おい」
「……なんだ?」
「それはこっちの台詞にゃんだが」
ノンがくるりとこちらを向く。不快感を露にした眼差し。
彼女がそのような態度をとるのも無理からぬ話だった。というのも、ノンの歩くのに合わせて何故か俺も移動しているのである。これではまるでストーカー背後霊だ。
「待ってくれ。わざとじゃないんだ」
「言い訳なら聞いてやる」
そこで俺はここへくる前にナニカが言っていたことを思い出した。確かヤツはこう言っていたはずだ。『住人と契約しなければ動けない』と。
「俺にもよくわからないんだが……その、たぶん君は俺と契約してしまったのだと思う」
「契約? ……あ」
ノンが大きな口を開けて硬直する。
「なにか心当たりがあるのか?」
「しまった……名付けって魔法使いどもがよく使う古典的な契約手段だったにゃ。すっかり忘れてた」
「そうだったのか」
「まあ、やってしまったものは仕方にゃい。オマエ、今日からあたしの手下」
「ちょっと待て」
手下ってなんだ。手下って。
「下僕のが良かった?」
「そうじゃない。せめて相棒とかだな」
「だってこの手の契約って普通名付けた側が上位だし。だからオマエはあたしのモノってわけ」
「そ、そうなのか……?」
「にゃはは。新しいランプ買う手間が省けて良かったにゃあ」
夜目がきくはずの猫にランプが必要なのかというツッコミはさておき。
猫を飼うのも猫に飼われるのも大して変わらなそうだし別にいいかな、などと思ってしまった俺であった。
少なくとも、悪いヤツではなさそうだしな。
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