名前のない冒険
葛瀬 秋奈
第1話 暗闇のナニカ
目が覚めると暗闇の中にいた。
何故か猫を助けようとしていたような記憶はあるのだが、前後が全く思い出せない。そもそも俺は誰なのだろうか。思考がそこに至って愕然とした。そう、俺は自分の名前がわからないのだ。
「目が覚めたようだね」
驚いて声のした方を見た。そこにいたのはおよそ人間とは言えないモノだった。サイズは人間の五才児程度だが全体的に丸みを帯びており、黒いモヤのようなもので全身が覆われている。光源のない場所でなぜ色がわかるのか一瞬不思議に思ったが、俺自身が光っているのだった。
「ん、なんで光ってるんだ?」
「それも含めて説明するから、ちょっと待ってね」
モヤがゆらりと揺れる。声色から直感的に悪いものではなさそうなことは理解できたが、それでも不気味だ。
「あんたは何者なんだ?」
「僕のことはナニカとでも呼んでくれればいいよ。そうだね、君たちの世界でいう妖怪とか神霊とかみたいなものかな。僕のことなんかより君だよ。君はいま霊体だからとても不安定なんだ。はやく本題に入らないと君も僕のようになってしまう」
ナニカはひどく焦っているようだった。
「すまない、少し混乱している」
「そうは見えないし時間もないから続けるよ。君、さっき猫を助けただろ?」
「助けた、ような気がする」
「助けたんだよ。そのとき肉体の方はわりと無事だったんだけど、頭を強く打ってしまった。その拍子に霊体が出ちゃったのね。それがいまここにいる君。で、その時に記憶の一部を落としちゃったみたいで」
「どこに」
「異世界、かな?」
しばしの沈黙。
「……すまない、少し混乱している」
「言いたいことはわかるけど、不安定な霊体にとって時間や空間や次元なんて大したことじゃないんだ。このまま肉体に戻してあげることもできるけど一生記憶喪失じゃ困るでしょ」
確かにそれは困る。
「だから自分で探してきて」
「ちょっと待ってくれ」
「待たない。さっきも言ったけど長くとどまれば僕のように霊体にしか干渉できなくなるよ。それから向こうに行ったら住人に契約してもらわないと動けないから気を付けて。機動性を考えると冒険者がおすすめかな」
それだけ言い終わるとナニカはモヤを俺に向かって触手状に伸ばしてきた。
「いってらっしゃい。頑張ってね」
俺はナニカに言いたいことがあるような気がしたのだが、残念ながらそこで意識が途絶えてしまった。
代わりに次に目覚めたとき、目の前にいたものは。
「オマエ、にゃんだ?」
二足歩行の、黒猫だった。
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