第6話 ジュリオはカビてない
町の前に着くと、何人かの人々が役人のチェックを列に並んで待っていた。
ここもそうだけど、大抵の町の周りには石造りの、高さ5mほどの囲いがあって、魔物たちの侵入を防いでいる。
ただ、それだけでは不十分な場合もあるから、仮に鳥系の魔物たちとかが侵入してきた場合でも迎撃してもらえるようにと、町は冒険者ギルドの設置を積極的に行いたがるんだよな。
役人のチェックは専用の建物で行われる。
町の入り口まで辿り着くには、必ずそこを通らなきゃいけないことになるから、防犯にも効果的なんだろう。
建物の前には、大きな荷物を背中に抱えた商人や、ボロボロのローブに身を包んだ老人、楽しそうに談笑する冒険者パーティなどなど。
今まで来たことは無かったけど、これだけの人が入町待ちをしているんだったら、けっこうギルドのおかげで栄えてる町だってことだろうか。
しばらくして、マスターたちと俺の順番が回ってきた。
「魔物使いの方ですか。こちらへどうぞ」
別の部屋に案内されるようだ。
人間の冒険者時代には行ったことのない部屋だな。
中には何人かの衛兵が立っていて、魔物のチェックをされるようだった。
「冒険者ギルドカードをご掲示ください。ありがとうございます。セペ・アドヴェント様ですね。問題ありません、それでは従魔たちについてご確認ですが、あなたが彼らの信頼を存分に受けることができている確信がありましたら、ここにサインをお願いします。はい、ええ…」
マスターが役人となにやら確認を行っている間に、
クッちゃんとルンちゃん、そして俺は衛兵に体中のチェックをされていた。
アーマードゾンビを連れている魔物使いなんて見たことがなかったようで、
よくスカウトできたなと衛兵たちは感心していた。
うんうん、うちのマスターはすごいんですよ。俺の甲冑もミスリル製だけど、
さすがは公務員、私欲を出さずに仕事をしっかり全うしてくれて嬉しいね。
面倒ごとになったらマスターにも申し訳ないし。
「セペ様、問題は見つかりませんでしたので、入町検査はこれで終わりになります。町に入って頂いて構いません。ただ、そこの鎧がカビてしまっているアーマードゾンビは、しっかり洗って綺麗にしていただくようお願いいたします。不衛生ですと、町民から苦情が来てしまうおそれがありますので…。」
ん?鎧がカビたアーマードゾンビだって?
俺の後ろにそんなやつがいるのか?
…振り返っても誰もいない。もしかしてこの野郎…!
―ごっ、ごめんジュリオ!この人も悪気があって言ったわけじゃないんだ、ジュリオの甲冑はカビてなんかいない、泥がついてちょっと汚くなってるだけだから、きっと勘違いしただけなんだ、お願い、この人は許してあげてほしいっ!
―人間ってのは結構バカなんだ。おまえも町にいるとすぐにわかるぞ。あっ、マスターは違うけどな!
―兄ちゃんの言う通りだよ。腹立つけど許してあげて!
お、おお、マスターに気ぃ遣わせやがってこの役人め!
わかってますよマスターにクッちゃんルンちゃん、
マスターの顔に泥を塗るようなことは致しませんから、どうぞご安心を!首縦!
「は、はははは…そうですね、水浴びはさせるつもりです」
苦笑いマスター。世渡り上手。
まぁそんなこんなで、俺たちは無事(?)町に入ることができたのだった。
マスター御一行が寝泊まりしているという宿屋は、
町に入ってすぐのところにあった。
魔物があまり町を長い間歩きまわる必要がないようにとの配慮で、
どの町もそうなっているということらしい。
中に入ると、体格のガッチリした、身長は2mほどある、
いかにも強そうな雰囲気をまとったオッサンが受付に座っていた。
長い髭を手でいじくっていたようだったが、マスターが帰ったことに気づくと、
声をかけてきた。
「ようセペ、なんだいそいつは?風呂に入れてやれよ、甲冑がカ…」
「しーっ!ジュリオの甲冑はカビてなんかいないんですっ、ミスリル製の甲冑に泥がついちゃってるだけの健全なアーマードゾンビなんですっ!!」
「お、おお、新入りだな、アーマードゾンビか。洞窟でスカウトしたんだな…ってハァ!?おまえ今、ミスリルって言ったか!?」
「ええ、ジュリオの甲冑はフルミスリル製なんです。今朝貴石洞窟で仲間になってくれました。何があったかとかは、あとで話をしますけど、先に水浴び場を借りてもいいですか?」
「あ、ああ、もちろんいいが、お前、ミスリルでできたアーマードゾンビなんて見たことも聞いたことも…やっぱりそいつはただカビ…」
「しつこいですよ、おやっさん!ジュリオの甲冑はクックとルングの牙でも歯が立たなかったんです。クックとルングはもちろん強い魔物ですけど、それでも破れない防御力を持っていたんです。ミスリルに違いありませんよ!」
「そ、そうか……。俺はちょっと疲れてるのかもしれないな…。少し休んでくる、水浴び場は好きに使ってくれ…。」
おやっさんは受け付けを出て廊下の奥へと消えて行った。
「よし、じゃあ行こっか!」
――はいマスター!
水浴び場は、建物の中庭のような場所にあった。
天井には屋根がなくて、生前訪れたらすごく気持ちの良さそうな場所。
中央には大きな水の張ったプールがあって、枯れ葉が何枚かゆらゆらと浮いていた。
マスターは服を更衣室で脱ぎ捨てて、水辺にあったバケツを手に取り、
俺たちに声をかけた。
「まず、一番泥だらけのジュリオ、こっちへおいで。ジュリオは甲冑が重くて水に入ると沈んじゃうかもしれないから、外で水をかけてブラシでこすって綺麗にするよ。クックとルングは、各自水に入って体の汚れを落としといて。あとから頭をごしごしするから。」
―はーい…行くぞ、ルング。
―うん。
俺がマスターの近くにしゃがみ込むと、
マスターはプールからバケツに水を汲み、俺の頭からバシャっと水をかけた。
甲冑には感覚が無いから、特に水のかかる感覚はなかったけど、
じわじわとひんやり甲冑が冷えていくと気持ちがよかった。
熱に弱いっていうゾンビ系の特性上、冷気にはそのぶん強いのかもしれないな。
洞窟も冬とかめっちゃ寒いし。
マスターが体を洗ってくれている間、しばらくじっとしていると、
マスターがブラシを置いて、少し離れたところから俺の方を見つめた。
「うーん、大体泥は落ちたけど、やっぱりジュリオの甲冑はぴかぴかでカッコいいね…。よし、このタオルで体を拭いといて。クックとルングを洗ってくるから。」
えへへ、マスターに褒められると嬉しいなぁ…甲冑がかっこいいって、
でもまぁそうだな、15か16歳そこらってのは厨二の心がちょっと目覚め始める年頃だもんな。
俺もマスターの立場なら同じことを言ったかもしれない。
ポンとタオルを手渡されたので、俺はマスターに対して頷いて、
更衣室に戻ることにした。
さっきまで気づかなかったけど、更衣室には大きな縦長の鏡があって、
壁に立てかけてあった。こう見ると、結構設備の充実した宿屋だな。
やっぱり一流の魔物使いが泊まる場合のことも考えて、存分にもてなすことができるようにそこはしっかりしてるのかもしれないな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ジュリオの甲冑を洗い終えたから、次はクックとルングの番だな。
シャンプーを使わせてもらえるのは夜のお風呂の時間だけだから、
今はとりあえずブラシであらかた汚れを落としてあげることにしよう。
「まずクック、プールから上がってきて。…うん、ほとんど泥はついてないね…でもちょっと首回りに草が…よし取れた。はい、次はルング。ありゃりゃ、頭に泥がつきっぱなしじゃないか。水に頭を入れなかったんだろ。」
―ごめんなさいマスター、でも水は怖いよ!
「それじゃあ意味が無いからね。バケツで水をかけるけど我慢してよ。」
―はーい… バシャッ ひえぇっ!
ルングの頭をブラシでごしごしとこすりながら、
更衣室のジュリオの方を見てみると、すでにタオルで体は拭き終わったようだった。
彼は置いてある鏡の方をじっと見つめたかと思うと、
鏡の前で色々なポーズを取り始めた。
…そっか、自然界には鏡みたいに綺麗に自分が映るものなんて無いから、
珍しいと思って観察してるんだな。
鏡かぁ、考えたことは無かったけど、確かに初めて見ると
結構おかしな感じがするかもしれないね。
ジュリオは知能が高いから、色々なポーズを取って自分の甲冑の美しさを
チェックしてるってわけか。
実はジュリオ、ちょっとナルシストだったりするのかもしれないね。ふふ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
鏡の前で俺は、わきの下、背中、足などなど、すみずみをチェックして、
泥の落とし残しが無いかを確認していた。
甲冑は結構つなぎ目とかが入り組んでいるし、土がついたままだと
宿屋の掃除も大変になっちゃうかもしれないからな。
そしたら途中、ルングの顔をごしごしと洗っていたマスターと目が合って、
くすっと笑われてしまった。
どこかおかしいところでもあったのかな?大丈夫だといいんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます