第5話 町が見えてきた
マスターの後ろについていくと、30分もしないうちに、俺は洞窟の外に出ることができた。
外は昼間だったようで、少しばかり懐かしい太陽の光が辺りを照らしていた。
一つ心配だった俺の太陽の光への弱さだが、甲冑を身に着けているおかげで、
全くもって問題はなかったようだ。
洞窟を出た場所は高い岩山の途中のような場所で、
うっすらと霧がかかっていたけど、下界には緑の草原と、
そこを少し進むといくつかの大きな建物が見える町が広がっていた。
マスターに「明るいところでよく見てみると、せっかく豪華な甲冑を着けているのに泥だらけでみっともない」と言われてしまったので、町に帰ったら皆で水浴びをすることになった。
クッちゃんとルンちゃんは水浴びと聞いて嬉しそうな顔はしなかったが、
体を清潔にしてないと町で嫌がられるぞとマスターに言われて納得したようだった。
そして、明るいところで改めてマスターを見てみると、彼はなかなかモテそうな見た目をしているということが明らかになった。
生前の俺の真逆みたいな顔。全然羨ましくなんかないけどねっ!
マスターの背丈は俺と同じくらいで、髪はさらさらの銀髪に、黒い瞳。
肩幅はあまり広くなく、それに見合うような女性っぽい整った顔立ちだった。
いたるところに小さなポケットのついた薄茶色の革ジャケットを羽織り、
これまたたくさんポケットの縫い込まれたゆるめのズボンを穿いていて、
胸ポケットやらにはポーションの瓶が複数本つめこんである。
服装自体は典型的な魔物使いのものとほぼ変わらないが、
当の本人からはなぜか一線を画す才能のオーラがにじみ出ていた。...多分。
ついでにクッちゃんとルンちゃんの見た目についても説明しておこう。
人間じゃないから年齢は分からないけど、2匹とも細長い顔に毛は短くオレンジ色と黒色のミックス、首回りはもふもふした白い毛が覆っていて、
長く尖った黒い爪と白い牙に黒く大きな目。
ピンと立った大きな耳からは、触りたくなるような長く柔らかい毛がたくさん飛び出していた。
四足歩行の動物を語るには欠かせない肉球についてはまだ確認できていないけど、寝ている間とかにこっそりぷにぷにしてやろうと思う。ウッシッシ。
そうこうしているうちに、マスターたちと俺はごつごつした山道を下り終えて、
草原の半ばくらいまで移動していた。
クッちゃんとルンちゃんはずっと色々と話をしていたようだったが、
それまで無口だったマスターがこっちを向いて、口を開いた。
「ジュリオ、改めて紹介するよ。僕がセペ・アドヴェント。こいつらがクック、そしてルングだ。クックとルングは三つ子のうちの二匹で、つまりは同じときに生まれた兄弟ってことだね。二匹とは僕が小さい頃から一緒にいて、家族みたいなものなんだよ。あっ、それと、僕がどうしてジュリオを仲間に引き入れたかったのかとか、もう一匹の僕の仲間のザバルードとかについては、町に着いて落ち着いてからゆっくり話をするよ。」
はい、皆さんよろしくお願いします。
マスター、最後にザバルードって言ったか?初めて聞く名前だよな、多分。
「もう一匹の仲間」ってことは、マスターの手持ちはクッちゃん、ルンちゃんと、
そのザバルードっていう魔物と、俺改めジュリオだけってことなんだな。
ザバルードか。ずいぶん荘厳な名前だけどどんなやつなのかな。仲良くなれたらいいけど。
―町が見えてきたよ!
「うん、少し遠かったけどやっと着きそうだねルング。ジュリオ、あれは町って言って、僕みたいな人間たちが集落を作って一緒に生活している場所なんだ。町ごとに名前があるんだけど、ティブの町っていうんだ。あそこは冒険者ギルドとか、僕たちが寝泊まりする宿屋さんとか、色々な施設があって、旅に疲れた人々とか、物を売り歩く商人が出入りしてるんだよ。」
ああ、ティブの町か。
確か貴石洞窟に俺が入った入り口の、ちょうど反対側にある入り口に近い町だったな。
洞窟の中を突っ切って反対側まで移動してたってことか。
ところで、いまマスターはさらっと「寝泊まりする宿屋さん」って言ったけど、
魔物使いがその従魔と一緒に泊まれる宿屋は少ない。
何しろもしもマスターが力不足で、魔物に暴れられたりしたら、
宿屋だけでなく町にまで危害が及ぶ恐れがあるからだ。
だから従魔も泊まれる宿は、専用の頑丈な作りをしていて、しかも魔物を自ら相手にできる、一人でA~Sランク程度の腕利きの元冒険者が経営する決まりになっている。
元々魔物使いは冒険者の中で数少ないから、ある程度の数しか宿屋が無くても
あまり問題は無いというわけだな。
クッちゃんとルンちゃんはしっかりマスターのセペと信頼関係を持っているし、
暴れたりするような魔物じゃないと思うけど、三流魔物使いがデビュー当日の
夜の間に宿屋で噛み殺された、なんてのは生前よく聞く話だった。
結局その魔物も店主に倒されるわけだし、何も得が無いから、
むやみに魔物使いを目指すのはよくないというのが俺の生まれた町の風潮だった。
そういえばマスターはどこの町の出身なんだろうか。
町に冒険者ギルドができると、いろんな場所から来た人々であふれかえるから、
その町特有の文化とかってものはだんだん薄れてきてしまうものなのだが、
ここらへんの町々で銀髪の人が土着で住んでいるというのはあまり聞かない。
結構離れた場所からはるばる、魔物たちと一緒に旅をし続けてきたのかもな。
若いのにほんとしっかりしてる。
「よーし、ティブの町に到着したよ。二人は分かってると思うけど、ジュリオは初めてだと思うから説明しておくね。町には冒険者たちと同じようには戦うことができなくて、魔物を見ると少し怖くなってしまうような人々もいるんだ。だからちょっと嫌な思いをすることがあるかもしれないけど、僕の後ろについていてくれれば絶対に大丈夫だからね。
それと、僕の場合全然心配はないと思うんだけど、魔物使いは町に危険を及ぼす可能性があるからって、町に入る前に役人さんから連れている魔物のチェックが行われるんだ。なに、ちゃんとマスターの言うことを聞くのかとか、危ないものは持っていないかとか、ちょっと体中を確かめられるだけだから、大人しくしてればすぐ終わるから安心してね。」
首縦。了解です。
そうだよなあ。魔物を町で見かけるとすぐに親の敵みたいに喚きたてるマダムとかいるもんなあ…。
ここらへんの小さい町にはいないだろうけど、首都とかに行くと、
どうしても貴族が多くなってきて、うるさくされることは多いだろうな。
役人のチェックがあることは分かってたけど、ちょっと心配だな。
俺の甲冑はミスリル製だし、金目当てで討伐依頼を出すように
冒険者ギルドへ報告するようなことをされたらやっかいなことになりそうだ。
これをマスターに伝える手段はいまのところ無いし…
でも一応ボディランゲージで伝えられるだけ伝えてみようか。
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肩をポンポンと叩かれた。
ん?ジュリオじゃないか。どうかしたんだろうか。
…もしかしてやっぱり太陽の光がきつかったとか?だったらあと少しで
日陰には入れると思うんだけど…。
え?なになに?甲冑がどうかした?
うん。ほうほう。甲冑が? え?うん。
それで?あー、なるほどね!
「わかった、早く水浴びをして自分の甲冑の美しさをチェックしたいんだね!
うん、ちょっと待ってて、もうすぐ町に着くから、チェックが終わったらすぐに入れるよ!」
え?違う?なんだよ、その「あちゃー」って仕草は!?
うーん…何が伝えたいのか、さっぱり分からない…。
早くレベル上げをして念話を使えるようにしてあげないといけないね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ダメだ、なんにも意味が通じてない。
難しいんだな、ジェスチャーだけでものごとを伝えるのは。
まぁ、マスターにはクッちゃんとルンちゃんの二匹とか俺が
今の時点でもついてるから、そうトラブルには巻き込まれないだろう。
問題が起こっても、俺たちが守ってあげればいいだけだしな。
どちにしろ町では、久しぶりに人間界の様子を見ることができそうだ。
暗い洞窟の中では陰気な気分になっちゃいそうだったから、
マスターに巡り合えて本当に良かったよ。
ザバルードっていうやつに会ってみるのも楽しみだし、これからの生活、なんだか楽しくなりそうだ。
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