第4話 マスターの威厳
目の前に現れた魔物を見て、僕は唖然としていた。
ルングはコケが生えた変な魔物なんて言っていたけど、
これはそんなくだらないものじゃない。
暗い洞窟内でも淡く光る、目を疑うような美しさ。
何かの擬態かとも思ったけど、その輝きは偽物なんかじゃなかった。
フルミスリルの甲冑に身を包んだそのアーマードゾンビは、特に何を言うでもなく、平然とそこに佇んでいたけど、僕の心中は全然穏やかではなかった。
ミスリルの甲冑に身を包んだ人間っていう可能性もあるけど、
こんな洞窟の奥にあの装備で潜る冒険者なんて見たことも聞いたこともない。
ミスリルなんて高級なものは、普通貴族かS級冒険者レベルの人じゃないと身に着けていない金属だ。
うちのおじいちゃんが昔見せてくれた小さなナイフはその切っ先だけがミスリルでコーティングされていたけど、今目の前にいるこの魔物は全身からそれと同じ輝きを発していた。
こんな魔物が今まで見つかったことは一度もないだろうけど、名づけるとするならそうだなあ…ミスリルアーマーかな。
クックとルングの歯が立たないわけだ。あいつらはもう魔物のランク相当で言えば2匹合わせてAランクだし、そう惨敗するような相手に巡り合うことはないのだけど、今回は完全に例外だ。
ザバルードであればなんとか力と重さ、あとは炎でゴリ押しできるかもしれないけど、洞窟には連れてきてないし。
こんな厄介な相手にこの貴石洞窟でエンカウントするとは想定外だった。
さて、マスターとしてここはどう行動すべきか。
逃げるっていう手もあるけど、洞窟の中からこいつが僕たちについてきて、
街に現れたりなんかしたら大騒ぎになるだろう。
ザバルードを街中に呼ぶこともできないし、それはなんとしても避けたい。
だったら、ここで倒すってことができたらそれが一番いいんだけど…。
相当レアな魔物だから、得られる経験値も他とは比にならないだろうね。
でも、クックとルングの攻撃力では歯が立たない。
…あの手を使うか。
スカウトっていうのは、マスターが野性の魔物を仲間にするために、
どうにかコミュニケーションを取って、自分の仲間として勧誘をすることだ。
僕は生まれつきどんな生き物とでも念話ができるから、
クックやルングたちを戦わせるときにも声に出して命令をする必要がない。
これは野性の魔物のスカウトにも利用できる。
念話が使えないマスターたちは、食べ物で釣ったり、直接触れ合いで仲を深めようとするみたいだけど、やっぱりそれでは賢い魔物以外には意図が伝わり辛くて、失敗に終わることが多い。
きっとこの魔物は他のゾンビとは違って主クラスだろうから、念話も理解してくれるだろう。
僕みたいな若造マスターに心を開いてくれる魔物かどうかは分からないけど、
スカウトしてみるほかにこの状況を乗り切る手段は少ないな。
それに、もしも仲間になってくれたら、僕の魔物たちの盾役として、大いに活躍してくれるに違いない。
そういえば、おじいちゃんがスカウトについての心得を昔教えてくれたっけな…そうそう。
スカウトで念話を使うときは、余裕を見せるような威厳ある言葉遣いをすることが大事だって言ってた。
理由は、マスターであるうえで何より大事なことは、
魔物たちからの信頼と尊敬を得ることだからだって言ってたな。
<クック、ルング、僕の両脇に座ってくれ、なるだけ僕の威厳を引き立たせるように!>
―ふふ、了解ですマスター。
―了解したよ、マスター。
よし。これで少しはおじいちゃんのアドバイスを活かせるだろう。
覚悟を決めて念話で、あの魔物のスカウトに挑もう。
<君はこの洞窟の魔物かい? …僕はセペ・アドヴェント、魔物の友達だよ。さっきは僕の魔物たちが驚かせてごめんなさい。だから僕たちを攻撃しないで欲しい。君の名前を聞かせてほしいな?>
―‥…
えっと…返答が無いってことは、意味が通じてないのかな?
ゾンビ系だから仕方はないかもしれないけど…
でも声の出所を不思議に思ってるみたいだ。
もしかしたらこんな魔物だから、生まれてから今まで、ビビった魔物たちが戦闘を仕掛けたことがなくて、経験値があまり溜まってないから、
念話を聞くことはできても、返すことができないのかもしれないな。
ここはそう仮定して、とりあえず話を進めてみよう。
<そうか、まだレベルが低いから念話は使えないんだね。じゃあ、本題に入るけどさ。単刀直入に言うよ。君に僕の仲間になって、ついてきてほしいんだ。君のその異常に硬い甲冑の防御力を、僕に貸してほしい。僕の仲間たちからもお願いするよ。>
―俺たちのマスターは最高に尊敬できる人物だ。マスターからのせっかくのお誘いなんだ、受けなきゃ失礼に値するぞ!
―兄ちゃんの言う通りだよ。マスターは良い人間だ。僕たちも君と一緒に戦いたいと思ってる。だからお願い!
空気を読んでくれて助かったよ。ありがとう二人とも。
だけどミスリルアーマーからの返事がない…って、あっ、念話を使えないんだった。
早くフォローしないと。
<もしこのスカウトを承知してくれるなら、首を縦に、もし嫌なら、首を横に振ってくれるかな?>
さて、結果はどうなのか…。 仲間になってほしい気持ちはやまやまだし、
スカウトのためにできることは全部した。
あとは気持ちが伝わるかどうかなんだけど…。
クイッ
お、おお!首を縦に振った!ってことは!
スカウトを引き受けてくれるんだね!
新しい仲間ができたことと、窮地を乗り越えられたことで、飛び上がって喜びたいような気分だけど、ここはぐっと我慢して、マスターの威厳を見せるために平然と対応をしなきゃいけないよね。
<よかった。首を縦に振ってくれた。新しい、頼もしい仲間が増えて嬉しいよ!じゃあ、これからは、僕のことはマスターって呼んで欲しい。ほんみゅ…本名はセペ・アドヴェントだからね、それは覚えといてね。>
あ、ああ、なんてこった。動揺が隠し切れずに自己紹介で噛んじゃった…恥ずかしい。
威厳を見せようと思ったのに…でも、ちょっとくらいは親しみやすい雰囲気になっただろうからよしとしよう!
うん、これはすべて作戦通りだよ。
…ところで、ゾンビって耳は聞こえるんだろうか。
クックとルングは獣系の魔物だけど、言葉の加護を受けているから人間の言葉は分かるし、
聴覚も優れているから僕が口頭で呼びかけても反応してくれる。
念話だと直接意味とか目的っていったものを送ってコミュニケーションを取れるから、どんな魔物でも理解してくれるんだけど、このミスリルアーマーが加護を受けていない魔物だったとしたら、
人間の言葉を音として聞くことができたとしても、その意味を理解してくれることはない。
別に念話じゃないと話せなかったとしても、僕が少し頑張れば良いだけの話だし、頼りがいのある魔物だってことは確かなんだけど、ずっと念話なのも疲れるんだよね。
なんというか、少し集中力が必要だから。
ちなみに、加護を受けているっていうのは、僕の念話の才能みたいに、生まれつき他の同じ種の他の個体とは違った能力を持っている状態のことで、全体の10分の1くらいの生き物は
何かしらの加護を受けている。
加護の能力の種類は多岐に渡っていて、ランダムに決まるらしい。
それと、双子だったりっていう風に、同じ時に同じ親から生まれてきた生き物の兄弟たちは、もし加護を受けたとすれば、全員が同一の加護を受けるっていうことが分かっている。
例えば、クックとルングは三つ子のうちの2匹だったようだから、2匹とも語学の加護を受けている。
だから僕の口頭でのやり取りも理解してくれるわけだね。
だけどやっぱり体のつくりは違うから、人間の言葉を喋ることはできないんだけど。
一応、ミスリルアーマーが耳で聞くことができるのか、語学の加護を受けているのかを
確かめるために、人間の言葉で直接呼びかけてみよう。
「耳は聞こえる?」
おっ、首を縦に振った。
ということは、耳も聞こえるし、それに加えてクックやルングと同じように加護を受けた個体なんだろう。なんて偶然なんだろうか。
こんなに硬い甲冑を持っていて、人間の言葉も通じるなんて。
なんにせよ、マスターの僕としては助かることばかりだ。
「よかった、君も加護を受けているんだね。じゃあずっと念話を使ってるのも疲れるから、これからは普通に喋っていくことにするよ。せっかく新しい仲間ができたんだし、今日はこのくらいにして帰ろっか。ついてきてね…えっと、あ、名付けがまだだったね。君はどんな名前が似合うだろうか…。」
名前をつけ忘れるなんてマスターとしてとんでもない!
はぁ、僕はまだまだダメだなぁ…。
こいつの背は僕と同じくらいだから、そこから推測して、多分生前は男性だったんだろうね。
僕、名づけは結構悩むタイプなんだよね…。クックとルングっていうのも、考えるのに3日かかったし。
でも早く名前で呼んであげたいし…男っぽい名前で良いアイデアは…。
うーん、すぐにきた!これだ!
「ジュリオ。ジュリオだね。一発で決まっちゃった!」
ジュリオ。勇ましくて、でも爽やかな、ミスリルの甲冑に身を包んだこいつにぴったりな名前だと思う。
ジュリオもあまり不満げな態度じゃないし、きっと気に入ってくれたんだろう。
それじゃあ、もう今日は満足だし、洞窟を出て一旦町に帰ることにしよう。
ジュリオはこの洞窟で生まれたんだろうし、外の世界を初めて見たときの反応が楽しみだね。
きっと目(あるか分からないけど)をきらきらさせて、楽しんでくれるに違いない。
「じゃあジュリオ、一緒に外に出てみよっか。ここは洞窟って言って、外にはもっと光に溢れた、明るい世界があるんだよ。きっとびっくりするぞー。」
あっ、でも、ゾンビって太陽の光とかに弱いんだっけ…?
ジュリオは甲冑を着てるからきっと大丈夫だよね。
すぐ灰になっちゃったりしたらいやだよ。
僕とクック、ルングが出口の方向へ歩き始めると、ジュリオもそれを追うように走って来てくれた。
この、後ろをついてきてくれるって瞬間に、マスターになったっていう実感が湧いて、
何とも言えない幸福感と満足感に包まれるんだよなぁ…。
ジュリオ、これからよろしくね。
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