第2話 発見

 ん……んん…。


 ファッ?どこだここ?俺死んだ!?生きた!?


 …何があったんだっけ…ああそうだ、ゾンビどもに追い詰められて、

 人生の反省と自己嫌悪の強化をさせられて、ツッコミ入れたら

 スピードアップしたゾンビに殺されたんだった…。

 洞窟だな多分…おそらく場所は変わってない…。

 なんだこれ…喉潰れてんのか…声が出ねえ…。


 痛いところは無い…でも。アミノ酸が無い!細胞が無い!微妙にも体温が無い!脈拍が無い!


 なんかわかってきたわ……今の俺は生きていないな。死んだ心地がする。つまるところは、ゾンビ化したみたいだ。


 そりゃゾンビに殺されたんだからゾンビ化するわな。

 当たり前のことだわ。どの種類にゾンビ化させられたかはあんまりよく思い出せないけど。


 でも、おかしいな。ゾンビ化すると普通、皆自我をなくして思いのままに動き回る、ってイメージがあったんだが…俺が殺されたやつらも、唸ることしかしてなかったしな。


今の俺は完全に生きてた頃と同じだ…。もしかしてこっからだんだん発狂してくの…?嫌だなー…。まぁ死んだのは俺がアホだったせいだしな。しゃーねーわ。



 …でもなんか色々考えてたらすげえ腹減った…。

 さっきから気になるこの地面にあるものは何だろう…?

 よく見たら地面全体がこれでできてるな…こんなおいしそうなもの、人間時代にあったか?

 一口食べてみるとするか…。


 うん?そういえば俺、顔とかどうなってるんだろ…。

手で触った感じでは…目も、鼻も、口も無い。髪の毛もないし…なのに耳はあるのか。

 腐ったような感じではなくて、肌はすべすべだけど、のっぺらぼうじゃん。

 ゾンビ系統でこんな魔物いたっけな…。


 口が無かったらどう食べればいいんだろ?

 手で直接吸収できるとかかな?

 手に少しすくってみよう…。おお、もう触った時点でわかったぞ。

 これは手から直接取り込まれていってる。旨い、すごく旨い…。

 両手から吸収してみよう…。おおお、少しずつ体に活力が漲ってくる。


 …待てよ。もう結構食べたというか取り込んじゃったけど、これって

 落ち着いて考えると土だよな。

 なるほど、のっぺらぼうで人型で土を食べる…ますます自分がなんなのか分からない。

 でも、ゾンビが土を食べるっていうのは聞いたことがあるような気もするな…。


 そういえば今俺は鼻と口がないから当然だけど、息もしていない。

 だけど全然苦しくない。魔物になった、ってことは確定だな。

 とりあえず土は食べよう。他にすることもないし。旨いし。

 うーん、なんとも言えないなあ。湿ってて、じゃりじゃりしてて、栄養素たっぷりな味がする。

 …?足の裏から何か出てくる…。これも…土か。栄養の吸収が終わって排出されてきてんのかな?


……

 これからの人生というか…。どうなるんだろ…。

 こんな姿じゃ外に出てもどうしようもないし。ゾンビって確か太陽の光に弱かったよな。

 あ、そういえば、俺を殺したゾンビの群れはどこにいるんだろ。

 洞窟はもっと奥まで続いてるみたいだ。

 よし。もう少し土を食べて腹ごしらえが済んだら、奥へ進んで奴らを見つけてやろう。

 俺みたいな容姿の魔物もいるかもしれない。

 あわよくば、集落に紛れてまともなゾンビライフ(それがどんなものかは知らないが)を全うすることもできるかもしれない。

 人間としての人生はもうとっくに諦めた。今の俺は前向きだぜ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ゾンビになって1日くらい経っただろうか。


 俺はまだ移動を始めていない。なぜかって、まだ腹が膨れていないのだ。

 昨日からずっと取り憑かれたように土を取り込み続けているのだが、まだ半分程度しか満腹感は無い。

 だけれども、大きな発見があった。


 俺の全身から、金属のようなものが染み出して、層を作り始めていたのだ。

 これにはバカの俺でもさすがにピンと来た。

 金属をまとった魔物といったら、アーマードゾンビくらいのものだ。今思い出したわ、俺は殺されたとき鎧を着けたやつにやられたんだった。


 ただ、俺が生きていた頃に聞いた話では、アーマードゾンビは人間の落としていった甲冑を拾って身に着けたゾンビだということだったが、それはきっと間違いだったのだろうな。

 洞窟の中に甲冑装備で入っていく冒険者なんてふつうに考えてそういないもんだ。


 自主的に鎧を生成できるなんて、我ながらカッコいいなぁ…。

 恐らく、この満腹感が最大になったときに、甲冑の生成が完了するってわけなんだろうな。

 デザインが一体どんなものになるのか、実はちょっと楽しみだわ。


 それともう一つ。俺には目が無いが、周りの様子が、生前と同じように把握できている。

 これは恐らく、周りの魔力を感じる器官を俺が持っていて、無意識にそれが俺に情報を与えてくれているのだと思う。

 人間にも魔物にも空気にも魔力は含まれているから、全部見えるってわけだな。

 音も問題なく聞き取れるから、危険も察知できる。

 いまのところ他の魔物は見ていないが、襲われたら厄介だろうなあ…。

 今甲冑作ってる最中だから、そのあとだったらまだマシかもしれないけど。

 まぁ、あと1日くらいは、金属の精製に時間使ってもいいよね。


 暇なスローライフってのも悪くないはず。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 うん、多分死んでから2日くらい経った。

 満腹感は大分埋まってきたけど、まだ甲冑は完成しないみたいだ。

 手で顔とかを触ってみた感じでは、城の護衛たちが装備してるような甲冑に仕上がってる感じがするし、手も指の一本一本にしっかりと関節のことを考えて銀色の金属がまとわりついていっている。


 ゾンビ仲間たちに会うときに、まともな甲冑つけてなかったらナメられるかもしれないからな。

 っていうか、ゾンビたちとコミュニケーションを取ることって可能なんだろうか。

 あいつらは「あ…ああ…」しか言わないし、俺に至っては口が無いから何も喋れない。

 ボディランゲージ?手話?念話?

どうなんだろうな。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 3日目。ついに満腹感が絶頂に達した!


 もう食べられない…ってなるかと思ったんだが、満腹になって甲冑が完成したとたん、満腹感が急激に下がって、元の通りまでとは言わないが、

 うーん、人間時代で例えるなら、昼12時に昼飯を食って、夕方6時に晩飯を食うまでの間の、4~5時くらいの状態になったんだよな。

 だから、食べようと思えば食べられるし、食べなくても別に問題は無い。

 という感じなんだな。しかも、それ以降は食べても食べてもこれ以上は満腹にならない。

 なので、俺の土食症はここらでいったん封印しといて、洞窟の奥に向かうことにした。

 体が始めよりかなり重くなった気がするけど、不思議と動きにくくはなかった。

 これがもともと種のあるべき姿だからだろうな。

 洞窟はけっこう入り組んでいて、分かれ道がかなりの頻度で存在してたけど、まあ適当に、何も考えずにとことこ進んでいった。


 どうせ死んだ命だし、何が起こるも神の御心のままにって感じだしさ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 2時間くらいタラタラ歩いたところで、俺のレーダーが大きな魔力の集団を見つけた。

 多分ゾンビの母集団なんだろうと思って近づいたけど、そこには誰一人ゾンビらしき物陰は見当たらなかった。


 代わりに、とてもおいしそうな物がたくさん壁に張り付いていた。

 俺がおいしそうというんだからもちろんそれは無機物なんだが、これは本当に特上だとひと目で分かったな。人間だった頃には一度もお目にかかることはできず、話にしか聞いたことのない鉱物。

 淡い青緑色に光る、貴金属。


 そこは、ミスリルの密集地帯だった。俺は一旦母集団探しを中断して、壁に張り付いたミスリルの欠片たちを見つめた。

 十分に見て楽しんだところで、手を伸ばす。

 俺の体はまるでそれを生まれたときからずっと欲していたかのように、ミスリルをがつがつと取り込み始めた。

 このミスリルは俺の体に入った後、どうなるんだろう。ぜひとも甲冑の一部として優先的に取り込みたいな…。でないとあまりにもったいない。


 そういえば今まで何気なく鉄だのなんだのっていう金属を甲冑の生成に使ってきたけれど。これって一体何を基準にして体に残す判断を下してるんだろうか。

 いらない土は足元から排出されるけど、金属が全然含まれてないってわけではないようだし。


 アーマードゾンビの生まれつきの特性として、そういう鉱物を自動的に選んで甲冑に使うシステムというのは元からあるんだろうが、基準はなんだろうな。

 普通に考えれば、質の良いものを残すシステムが一番なはずだけど…質が良いってのは防御に適すってことだから、詰まるところは硬いってことか?

 だったらミスリルは一切問題なく完璧に吸収されてくれるだろうな。

 何しろ最高レベルに硬くて軽いっつって、武器の素材としては一番だって言われてるようなもんだからね。


 よし、じゃあ気兼ねなく、味わっていただくとするか。

 うおおぉ…。魔力がこんだけ馴染んでくる感じと、質の良い金属が体の一部になる充実感…。たまりませんなあ。

 この量じゃ…微妙に俺の体全体をミスリルに統一するのには足りないかもしれないが、ゾンビ生活3日目でこんな上質装備をゲットできたらかなりのアドバンテージだな。

 ここ一帯にあるミスリルを全部取り込み終わったら、また母集団探し&上質金属探しを再開することにしよう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 う…ううおおお…。

 ヤバい…これはヤバい…。

 体中が燃えるように…熱い。


 それに加えて酷い腹痛のような痛みが頭のてっぺんから足元までを占拠していて、俺の思考までぐちゃぐちゃにされそうだ。

 これは多分…一気に大量に取り込んだミスリルの消化不良だ。

 俺程度の魔物がミスリルなんてものに急に手を出したのが悪かったんだな…。

 何より辛いのが、俺の体全体が消化器官だから、腹痛が地獄の制裁のように全身へ襲い掛かって逃げ場が無い。


 でも…痛みなんて感じるのは久しぶりだな。ゾンビの体になってからは甲冑が身を守ってくれているし、一日5回程度しか何もないところでは転ばないし。

 冒険者だった頃は仲間からの戦闘に関する熱血指導(ほぼいじめに近かった)が日課だったから、毎日生傷古傷かすり傷が痛んだものだったけど、痛みを感じるとやはり生きてるっていう実感が湧くね。

 戦闘狂の人たちがよく同じことを言ってるのを聞いたことがあって、

 ただのドMだなと思ってたけど、過酷な体験をすれば自然とそれが分かるものなのかもしれないな。納得納得。


 寝転びまどろんで色々考えてると、時間ってのは経つのが速かったりするよな。

 うーん…痛いけど気持ちいい…。


 待てよ、俺いま結構アブノーマルな発言しなかったか? …まあいっか。痛みが治まるまでは安静にしといて、ミスリルの消化が済んだらまた歩き出そう。

 かっこいい甲冑になるのを期待してるぜ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 まずい、結構長い間寝てた気がする。

 さっそくゾンビ化から何日目か分からなくなっちまった。

 ゾンビって寝るんだな。新発見。

 自分のことだからそんくらい分かっとけってことだけど。

 この3日間くらいは全然寝てなかったけど、活動をすることに支障はなかったと思う。多分暇になったら寝るって感じなんだな。


 おっ、そういえば。

 寝る前と比べてかなり痛みが引いてきてる。

 もう立ち上がれそうな気がするな。そろそろだらだらするのも終わりにするか。

 ふぬぬ…。ふぅー。


 甲冑なりに関節があるから、ストレッチは人間だった頃と同じで気持ちいいな。

 おっ!指が緑色になってる!! やった、甲冑のミスリル化成功だぜ!

 体に無理させただけの甲斐があったな。


 こんな洞窟の奥まで入る冒険者も珍しいし、母集団のゾンビたちがどの程度のレベルの装備つけてるか分からないけど、ある程度は自信をもって合流できるだろうな。安心安心。

 よく考えると体も前より軽くなってる気がする。さっすがミスリル~。

 はぁ~い。それでは。

 さわやかな気分で、軽やかに舞い、母集団捜索がんばりますぜ!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ゾンビ化から4~5?日目。洞窟生活にも少し慣れてきた。


 今、目の前にはさっき見つけたゾンビの集団がいる。

魔力センサーが反応するもんだから、近づいてみると、やっと見つけたよゾンビの群れ。

 実はゾンビより、ミスリル鉱石の密集地帯であってほしかったことは内緒だ。

 彼らは俺を見つけると、人間かと思ったようで近づいてきたが、

 俺がすでにゾンビ化していると気付くと、興味を失ってまた元の方向へうだうだと歩き始めた。


 でも、これが俺をゾンビ化させた集団じゃないってことはすぐに分かった。

 俺と同じような姿の、甲冑を身に着けたやつが一匹もいなかったからだ。

 ゾンビの見た目は大体どれも変わらないが、よく観察するとその人間だった頃の死にざまや身分が分かってくる。

 目が無かったり、胸に大きな穴が開いてハエが飛び回っていたり、立派な革の冒険者用ベストを着ているが、その肩には痛々しい傷が残っていたりと。


 ん?女性のゾンビも一匹確認。バックパックを背負っていて、その穴から何かがぽろぽろこぼれてるな。

 これは…。生前見たことのあるような石ころだな…。

 こんなもんを背負ってるからゾンビから逃げ遅れたんだろうな。

 って!どっかで見た顔だと思ったら俺のパーティにいた…えっと…シャロンじゃんか。あのとき、俺と同じで逃げ遅れたんだな。

 君のパンティは確か赤色だったよね。納得納得。


 でもこいつも意識が無いみたいだな。俺はやっぱり他とは違うレアモノなのか?

 もう完全に無表情で、他のゾンビと同じように行進してんな。

 なんかちょっと面白い。お前の熱血指導もなかなかきつかった。



 群れには大体30匹くらいのゾンビがいて、これが大きい集団なのか小さい集団なのかは知らないが、たくさん群れているところを見ると若干気持ち悪く感じて、自分がすでにそっち側の魔物だって考えたときには、結構嫌な気持ちになった。


 でも、少なくとも見た目では俺の方がカッコいいし、こいつらが俺のこれからの人生のベストパートナーになるのかもしれないし、一応挨拶くらいはしとこうと思ったわけだ。


 俺は列の先頭に立って、先ほどの胸に風穴が開いているやつに会釈をした。

 やつは足を止めて俺をボーっとしばらく見つめたあと、俺の頭に手を置いた。

 仲間として認めてもらえたのかと思って嬉しかったが、俺の頭から離したその手には、ハエが1匹掴まれていて、風穴兄貴はそれを素早く口に運んだかと思うと、すぐにまた群れと一緒に歩き始めた。


 うん。少なくとも敵だとは思われてないみたいだから、よかったよかった。

 ハエ美味しいですよね、食べたことないけど。



 群れはのろのろと洞窟の奥へと進んでいたので、俺もそれについていってみることにした。

 こいつらがどこに向かって歩いているのかは分からない。

 仲間を増やすため人間を探しているのか。美味しい土を探しているのか。それともただの気まぐれなのか。

 しばらく歩いていると、ゾンビの集団がだんだんと足を遅めて、ついには止まって、思い思いにそこらへんを散策し出した。

 よく見ると土を食べ始めている。

 おかしいな…。俺の魔力センサーではおいしそうな貴金属とか、あんまり見つからないんだけど…。

 もしかして俺のがこいつらのより劣化版のセンサーとかか?

 確かめるために、さきほどの食欲旺盛風穴兄貴の食べている土を試食してみることにした。

……

 え、美味しくないね?

 これ、単なるそこらへんの土だよ。

 いやまあもちろん、主食っちゃあ主食だから、うん、人間だった頃で言うパンとか米をそのまま食べてる感じはするんだけど。

 美味しすぎるミスリルを食べたせいで舌が肥えちゃったのかな…。

 舌なんてないけど。

 もしかしてこいつら、本当に何も考えずにダラダラ歩いてて、土もただ気まぐれで食べてるだけなのか?

 だとしたら、俺がこの集団についていく意義はなんだろう…。

 仮にもっと大きな集団と合流できたとして、そこからどうするんだ?

 こいつら歩くのおっせーし…付き合ってらんないな。

 考えてもわからないから、俺は自分の好きなように行動することに決めた。

 シャロンゾンビと、お世話になった風穴兄貴の肩を叩いてお礼を告げて、集団とは逆の方向に歩き出す。


 すると、俺の美しいミスリルの甲冑に魅入ったゾンビたちが俺の後をついてきた…

 なんてことはなかったが、少しだけ自由になれた気分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る