第三章

「お世話になりました」

「いってきます」

 翌日の朝。朝食を食べさせてもらった後、二人で学校へと行く。「今度は×××××くんの家に行く!」らしく、着替えが入ったカバンも持って。さてこちらの親は許可を出してくれるだろうか。

 その意気よろしく彼女は自転車を引いて歩いてはおらず、許可が出なかったらどうなるか悩みどころ。外泊許可と同じように性別をぼかして伝えれば何とかなるかもしれない。

 来たときとは逆のルートで学校へと向かい、いつも通りの授業を受ける。こんなことをしていると、彼女が昨日告げたこと──もうすぐ死んでしまう、なんて信じられない。しかし、彼女自身がそう言う限りそれは事実なのだろう。

 授業が全教科終わり、彼女は真っ先に僕のところへ来る。

「さ、早く行こっ」

「部活は?」

「どうせもうすぐいなくなるんだし。×××××くんは帰宅部でしょ?」

 まあ、確かにそうではあるのだが。

「それに、今日退部届けを出してきたんだ。部長かパーリーに会ったら引き留められるだろうし、それならいっそ行かない方がいい」

 それはまた、思い切ったことをしたものだ。まだまだ教室に生徒が残ってるなか出ていくのはかえって事態が面倒くさくなる気もしたが、彼女の意思を尊重する。

 地下鉄に乗り、今度は僕の方の家へ。彼女は笑顔で鼻歌を歌いながら、胸に僕の左腕を抱き込む。まったく、バカップルそのものだ。

 家に着くと途端に彼女は左腕を離す。一応、体裁を保つことは出来るらしい。

「──ただいま」

「おじゃまします」

 扉を開けると僕の母親が出てきて、

「え、女の子なの!?」

 驚きの表情で迎える。予測可能の反応ではあったが。

「ええ、カノジョになりましたっ」

「まさか昨日泊まった家って──」

「ええ、私の家ですよ?」

 その後膝詰めで色々根掘り葉掘り聞かれた。当然、覚悟はしていたが。


   ***


「ふうん、ここが×××××くんの部屋なんだ?」

 彼女の親に確認を取り、何を説明されたかは判らないが結局僕の母親の方が折れ正式に彼女が泊まる許可を得ることが出来た。そして彼女は今、僕の部屋に来ている。

「私の匂いを付けて、寝れなくしてやるー」

 そう言いながらベッドを転げ回るのは如何なものかと思うが。

「あ、そうだ。クラリネットひいてあげる」

 そう言って通学用のカバンから黒い革が張られたケースを出す。そこから取り出された黒い筒状の物が組み立てられ、本体は完成する。「マウスピース」と呼ばれる唄口に要である薄い木の板「リード」が固定され、それが本体に取り付けられた。

 音程を簡単に合わせると、早速彼女は演奏し始める。トレーニングで使う簡単な曲から、コンクールの課題曲(というものがあるらしい)の一フレーズまで、思い付くがまま。しばらくすると

「あ、MDで録音できるね」

 部屋に置かれていたMDコンポの存在に気付いた。空のメディアを入れ簡単に使い方を教えると、様々なメロディーを演奏しては録音し、

「記念にあげる」

 と、MDを渡された。まあ、これも思い出ということで。

 夕食をダイニングで済ました後お風呂はどうするかという話になり、「先に入っていいよ」ということでその通りにした。その後自分の部屋に戻ってみると彼女はベッドに寝転がりながら何か雑誌を読んでおり、

「やっぱ、こういうのに興味あるんだ?」

 よく見るとそれは、念入りに隠してあったはずのいわゆる「十八禁本」。しばらく前に、友達がその兄からもらった物を僕に押し付けていっただけだが。

「まあ、ちょっとは……」

 捨てずにいられなかった辺り、全く興味がないとは言い切れない。

「ま、男の子だもんねっ。なら本物も見てみたい?」

「いやいや、親いるから」

「じゃあ、親がいなければ見たいの? ふふん、私は×××××くんのモノになったから見放題だよっ」

 そう言いながらチラッ、とスカートをめくる。

「『もうすぐ寿命かな』とか言ってなかったか?」

「じゃあ、期間限定で」

 まったく、何をやっているんだか。


***


 両親は客間に一人で寝ることを彼女に勧めたが、「お父さんに襲われたくないから」とある意味失礼なことをいい、僕に何かされないかと心配されると「むしろ本望です!」と言い切った。まあそう言う訳で「一応」客間の押し入れから敷き布団は持ってきたのだが。

「ふふ、暖かい」

 最初からベッドで一緒に寝るつもりだったらしい。電気を消して僕が寝転がると、その背中に抱き着いてきた。

「本当に、一線を越える気はない?」

「親が聞き耳立てているかもしれないだろ?」

 むしろ、その可能性が高い。

「うちの親が何か言って、泊まらせてもらう許可が出たんだもん。甘めに見てくれるよ」

「そういうもんか?」

「多分、だけどね」

 彼女はモゾモゾと、僕の正面側に移動する。

「だって好きなんだもん、私の持ってるのは全部×××××くんにあげたい。それに、出来れば長く生きていたい。でも無理なんだよ? 寿命はもう決まってるの。決まってたからこうしてカレシカノジョの関係になる勇気が出たの。こうして、身を委ねたいの」

 そして再び抱き着いてくる。

「昔流行った純愛小説の主人公達にだって、こんな欲望はどこかしらにあった。そんなファンタジー世界にあるものが、現実世界の主人公達にない訳がない。×××××くんにも、あるでしょ?」

「……正直、あるかもな」

 僕は彼女を抱き締めた。彼女は微笑んで、目をつむった。


   ***


「×××××くん、朝だよ?」

 彼女の声で、僕は目を覚ます。

「あ、おはよう」

「うん、おはよう」

 起き上がって布団を取ってみると、彼女の方は一糸纏わぬ姿。逆に僕は、ちゃんと寝巻きを着ている。

「ちょっと前に起きて、着させてあげたんだ」

 昨日のは夢じゃなかったということか。

「じゃあ自分は?」

「暗闇じゃ見えなかったと思って。サービスだよっ」

「いいから自分も着なよ、服」

「着させてあげたんだから、私にも着させて?」

 バカップルそのものとしか言いようがない。

 制服へと着替えて(着替えさせて)ダイニングに行き、朝食を食べる。その後荷物を持って、

「いってきます」

「ありがとうございました!」

 とそれぞれ言って、今日も学校へ。

 昨日のことがあったので、さすがにクラスメイトの友達から「昨日二人でどこに行ったんだ?」とか「あの子と付き合ってたか?」などとさんざん聞かれる。適当にごまかしつつ今日も授業を受け、全科目終了後。

「今日は、学校で過ごそうね」

 彼女に言われ付いていくと、向かったのは保健室。一見すると地下室みたいな所にある。

「ここは暇人の遊び場じゃないぜよ?」

 養護教諭(龍馬かぶれ)に言われつつも、結局下校時刻まで過ごした。

 あの繁華街にある駅まで、僕達は一緒の地下鉄に乗る。定期なのでそこで降り、乗り換える路線の改札の前で別れることになった。

「もうそろそろ、じゃないかな、私がいなくなるの」

 ふと、彼女は呟く。

「そんなこと、信じないぞ? こんなに元気じゃないか」

「うん、あくまでも乙女のインスピレーションかな。けどそう言うのって意外に当たるから。一応言っておくね、さよならって。愛してくれてありがとうって」

「……また、明日な!」

「……うん」

 彼女は微笑んで小さく手を振り、僕に背を向ける。その手を掴めれば良かったが、動くことができなかった。


 そして彼女の予感は、的中することになる。

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