第一章
「私と×××××くんが出逢ったのって、──」
しばらく経って、彼女は再び話を切り出した。
「──入学式の時、だよね? この高校って迷路みたいだったから、私、迷っちゃって。その時にあなたと巡り逢って」
記憶が甦ってくる。確かに、どこかで聞いたような、作り話のような出逢い方だった。
「それで、クラスが同じだから一緒に戻ろうって言われたけど、結局二人で迷っちゃったね」
「ああ」
見栄を張って言ったものの真っ直ぐ教室には帰れず、恥ずかしかった。
「そうだ、あの時の場所に行こうよ」
目を輝かせて、彼女は言う。けど僕にはどこのことを言っているか判らない。なので
「あの場所?」
と聞き返す。
「ほら、偶然辿り着いたあの場所。落ち葉に溢れてるけど異様に落ち着ける、あの場所だよ?」
「ああ、あそこか」
やっと思い出せた。特別教室棟西側にある、非常階段のことを言っている。
「……行こう。今すぐ行こう」
「う、うん」
そして僕は、教室から彼女を連れ出した。
***
「やっぱり懐かしいね、ここ」
下に降りても柵があって通り抜けできないので、こんな所に来る人は滅多にいない。特別教室棟西側、一・二階の間にある非常階段の踊り場に俺達はいた。
「あの時なんで、こんな所まで来たんだろうね。全然教室から遠いじゃない。何か、アホらしいな」
「何かに、惹かれたかもな」
「かもね。──でも、ちょっと寒いな……」
そう言って、彼女は僕の左腕に抱き着いてくる。腕に何やら柔らかいものが当たってドキッとするが、
「うん、これであったかい」
と無邪気に言っていたので、気にしないことにした。そして、彼女は突然歌い出す。
「♪~
うさぎ追いし かの山
小ぶな釣りし かの川
夢は今も 巡りて
忘れがたき ふるさと
~♪」
小学校の時に習ったことのある、「ふるさと」という曲。日本を代表する歌を挙げるとしたら五本の指に入る程の有名曲だが、何故ここで歌うのかが判らない。
「赤く染まった夕方の空、遠くから聞こえてくる『ふるさと』のメロディー。この組み合わせが好きなんだ」
嬉しそうに彼女は言う。確かに、視界を覆う木の枝の葉のその隙間からは、赤い光が射してきていた。
***
「もうそろそろ、帰ろうか」
僕が提案すると、彼女は静かに「うん」と頷いた。それでも左腕は離してくれない。まあ誰かに見られるといった心配もない時間だったので、そのまま教室に戻った。教室に戻って、やっと彼女は腕を離してくれた。
帰り支度をしている間はお互い無言。先に終わらせたのは僕の方。少し間があって彼女が支度を終えると、
「寒いから」
と言い訳のように呟いて、さっきのように抱き着いてきた。これで帰るとなると、さすがに周りの視線を耐え抜く根性はない、そう思っていた。けど実際にその状況になるとそんなの関係ない。愛しいと思うことが出来れば、周りなんてどうだっていい。
学校を出て、駅まで続く坂を下る。彼女が行きたいと言ったのは、駅前にあるデパートだった。そこの屋上に、映画館がある。ブームからは少し外れた作品を一本観て、僕達は外へと出た。
辺りはすでに夜。デパートの看板を照らす照明でこの場所自体は比較的明るかったが、屋上から見える景色は黒の背景に白い点をたくさん落としたような、満天の空を地上に持ってきたような、そんな夜景だった。僕は単純にきれいだなと思うが、彼女はどこか悲しそうな表情をしている。
「何か、思うことがあるのか?」
「……うん、ちょっとね」
彼女は一度目を閉じ、そして少し上を見上げながら語り始める。
「近くから見る電灯の光ってとても明るいけど、こうして遠くから見ると小さな光が集まって、それでもまだ、明るいとは言えない。不思議だよね。──人間も、そうなのかな。いくら輝いてる人だって、群衆に紛れてしまえばただ一人の人間。死んでしまえば、芸能人や社長だったら少しは豪華だけど、普通にお葬式やって、火葬したら同じような骨の塊になって、他愛のないデザインのお墓が幾つも並ぶ中に埋められる。……人間の価値って、何だろうね」
そして彼女の目に、一筋の涙。その筋は二つ、三つと多くなっていき、やがて頬全体を濡らす。
「……やだな、私。こんなに取り乱しちゃって」
その姿を見て、自然に言葉が出てきた。
「──確か、今日一日ずっと一緒にいてって言ったよな?」
「……うん」
彼女は不思議そうな目で、僕を見る。
「なら本当に、午前〇時まで一緒に居ないか?」
「……えっ」
その大胆さに、自分でも驚いた。けど今、彼女を独りにしたくない。その想いがはっきりと、心の中で主張している。
「そんな、悪いよ……」
「自分がそう思ったから、そうしたいから、提案したんだ」
「……明日の授業は?」
「大丈夫、学校に置いてある教科ばかりだから」
「……うん、じゃあえっと……」
戸惑いつつも彼女は、尋ねてくる。
「私の家に、泊まらない?」
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