Story2「すずとゆめ(前半)」

「この世界が、神という名の大作家の作った茶番だとしたらさ。あたしたちが生きるも死ぬも運命全部が決められてるんだよ」

 だから、何?

「だからさ、あんたが死ぬのは神様の予定調和。それって、どこか悔しくない?」

 そんなこと、もうどうでもいい。

「っていう訳で、今から生きる希望に満ちたあたしが死にます。絶望してるあんたは生きて、私の死を見届けます。そうすれば、少しは神様だってビックリじゃないかな?」

 ・・・・・・どういうこと?

「あ、でもこれも予定調和なのか! ただ、本当に神様がいるなら聞いてみたいね」

 今、一体何が起きているのか分からなかった。手元のカッターナイフは私の首筋から離され、目の前でにやにやと笑う女に奪われているのだから。

「こんなに斬新なシナリオを書いたのはあたし? それともやっぱり神様なの? ってね。あ、死ぬ前に一つ教えておくよ。あんたが考えてた――。」

 最後に。

 それじゃあ、約束だよ。

 そう聞こえた時には、目の前の女は数分前に想像していた私の未来を写すかのように、血を流して、死んだ。

                ✽

 笑い声の耐えない私のクラス。そのクラスの笑い声は、大半、陽夏ひなつという少女のものだった。その名のとおり、彼女は暖かい陽の差す夏のような少女だった。

 中学生のとき、私はまだ人生の底を歩いていた。とある都会の雑踏のなかで、生死の淵を知りながらも、それを厭わずに歩いていた。授業も休み時間も、全て同じ、生きているという苦痛でしかない時間、そんな毎日を生きていた。

 周りと同化するように、少しも目立ってはいけない、隠れすぎてもいけない、そんなことだけを考える生活。居場所のない家庭に帰らなければならない、そんな毎日。

「ね、鈴?」

「え? あぁ、うん、そうだね」

「あ、鈴、絶対に聞いてなかったでしょ? あははっ」

 陽夏は誰とでも仲がよく、私もまた、明るい性格である彼女とはとても仲が良かった。彼女は他愛のない話で盛り上がって、笑い合って、楽しそうに生きていた。その割に考えることは大人で、少し風変わりで、弱い一面を持っていたかのように思う。

 私が陽夏を好きでいた理由は、彼女の大人びた考えと、それについていけない感情の危うさを知っていたから。

 私は一度だけ、感情の制御が効かなくなってしまったことがあった。

 当時、私と陽夏が絡んでいたのは素行が良いとは言えないグループだった。だけど決して性格が悪いということはなく、ただただ楽しいことに目がないだけの優しい人たちの集まり。

 今は違う高校へと行ってしまった一人の少女は、さっぱりとした性格か、時代の波か、たいそう荒い言葉遣いをしていた。ゆえに、勘違いされることも多かっただろう。

 ある日私は何気ない会話の中で、笑顔で、けらけらと笑いながら「死ね」と言われた。

 今考えてみれば、それはいつもの通りのグループでの会話で、軽いノリで、冗談としか取れない言葉。だからその言葉を誰も気には留めなかったんだ――私以外は。

「死ぬから」

 その時の私はまだ希望があった。ひょんなことで、他人の責任で死んでしまうことが出来る可能性を、信じていた。

「ねぇ、自分の責任じゃあ死ねないから、切ってよ」

 カバンに入っていたカッターナイフを取り出して、刃先を自分の首元に向けたまま柄の部分を彼女に差し出した私に、彼女は――彼女以外のグループのみんなも、私が刃先を彼女に向けることなんかよりも恐ろしそうに私を見ていた。

「鈴、ごめん。私、そんなこと思ってないから――」

 私に死ねと放ったその少女は、泣き出しそうな声で謝った。途端、自分のしていることの異常さに気付いた。

 常識との差に、我に返った。

 はっとして、笑顔で、

「・・・・・・あれ、ごめんね、リアルすぎた?」

 誰を想ってのことだろうか。私はその場を取り繕った。

 その言葉に誰からともなく笑い出したから、少し油断してしまった。

 授業中に陽夏からメッセージの書かれた紙が渡されたのは、そして彼女と深く知りあったのは、私の運命だったのだろうか。

 もしかすると、それさえも神様に伏線を歩かされていただけに過ぎないのかもしれない。私はその日、本当の彼女を見た。生きることに意味を感じていない、だからこそ活き活きとしている彼女という存在を。

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