荒廃した世界
「よく見てみれば少し違うかな?」
いつもと変わらぬ街並みの風景に思えたが、所々で年代を感じさせるものがあった。
それは、大体の建物に蔦植物が巻き付いて覆っていることが原因のようだ。
ベランダに出て下の方も見てみると、植物の成長が著しいようで、自然に飲まれた旧都市の残骸のようになっていた。
俺が知っている時代から200年が経過した世界だと言われれば、納得してしまうかもしれない。
「静かだな……」
大通りの方を見ると、車は走っていないようだ。
外を出歩く人影もない。
よくある設定の映画を目の当たりにしているような感覚に陥る。
もしかして、人は住んでいないのだろうか。
「人類は絶滅してしまったのか……世紀末なのか?」
思わずそんな不安を口にしたところで、突如サイレンが鳴り響く。
正確には決まった時間になると、区で流している時報のようなものであるが、どうやら人類は絶滅してはいないようだ。『ピンポンパンポーン』というお決まりのメロディーの後に、人の声が続いて聞こえてくる。
『ごきげんよう、善良なる区民の皆様。本日も徴収の時間となりました……』
聞こえてくるのは甲高い男の声。
その声から伝わる生理的な嫌悪感に、俺は思わず眉間にシワを寄せる。
『いいかぁ! てめぇら隠れたって無駄だからなぁ!? 今週の分はキッチリ用意しておけよ! この家畜共ぉ!?』
「うっお、なんだぁ?」
急に気が振れたかのように金切り声を張り上げる声の主。
言っている文言も随分なものがある。
暴言を吐いた声は、ガチャンという乱暴にマイクを叩きつけたような音と共に聞こえなくなった。
一体これからなにが始まるというのだろうか。
「ん? なんか聞こえる」
耳をすますと、遠くの方から微かに機械の駆動音のようなものが聞こえてくる。
俺はベランダから大通りの方へ視線を伸ばす。
舗装の荒れた道路、その上を大型のバイクが悪路もお構いなしに爆音を上げながら走っているのが見えた。
バイクは二人乗りであり、運転手の背には立ち乗りしながら凶器を振り回しているガラの悪い男が乗っている。
俺は隠れるようにして部屋の中に戻る。
もちろんあの距離から見つかるわけはないのだが、念のためだ。怖くなんかないもん。
「どう考えても世紀末だろ」
あのガラの悪い連中は水を求めて奇声をあげているに違いない。
札束なんかケツを拭く紙にもならないというのか……
ふと、思い立った俺はトイレに駆け込んでみる。
「トイレットペーパーある」
ケツを拭く紙は普通に用意されていた。確かに、わざわざ紙幣で拭くようなチャレンジャーはいないだろう。
少し落ち着こう。
ちょっと、混乱して意味不明な行動を取ってしまった。
この家の状態を見るに、昨日までと殆ど変わっていないように思う。
その証拠に昨日食べかけにしたままのパンが、カピカピになった状態でリビングの机の上に置いてある。
これは妙だ。
窓の外の世界はあれだけ荒廃しているというのに、俺の家の中だけは昨日から時間が経過していない。
考えられるのは俺と一緒にこの世界へ転位したということだ。
もしかしたら、家の玄関には目に見えないバリアのようなものが張ってあるかもしれないが、今は検証する方法はない。
「いいえ、違います。あなたの魂が定着した場所に前世界の残滓が残っていて影響を与えただけです」
「うおわぁ!? お前まだいたのかよ!」
リビングの扉を開けて、愛猫に操られた神が……違った。神に操られた愛猫が現れて言う。
ちなみに、我が家の愛猫はジャンプして取っ手を押して扉を開けることができる。
「あと1000年後にしか会えないんじゃなかったのかよ?」
「えぇ、言い忘れていたと思いまして」
コイツ、いけしゃあしゃあと……
まぁ、解説してくれるってんならそれは助かるのだが。
「もう一つのサービスとして、この部屋は前世界の機能を残しています。ただそれも一ヶ月まではですが」
「初月はお試しキャンペーンって訳か」
「そうです。それ以降のサービスを行っていないところが玉に瑕ですね」
それは玉に瑕というか、全損する一本手前じゃねーか。あの元気だった玉の見る影もねーよ。
「という訳で、追加のサービスでした。アデュー」
ふざけた挨拶を残して、今度こそ神の気配は消えた。
いつかまた近いうちに現れそうな予感もしないではないが、これで正真正銘自分の力でどうにかしなければならない。
あの危険な連中がここまでやって来るのかはわからないが、この世界で生きていくためにも色々としなければならないことがあるだろう。
「とりあえず、隣の部屋を訪ねてみるかな」
そう、ここは集合住宅なのである。
当然お隣さんが存在する。
ご近所付き合いなど皆無であった我が家としては、隣人がどうなっていようが知ったこっちゃないのだが、あのバイクに乗っていたような荒くれ野郎が住んでいるかもわからないので確認してみる必要があるだろう。
思い立って玄関へと足が向きかけるが、考えてみれば俺は手ぶらである。
お隣さんには菓子折りを持っていくべきだろうが、荒くれ野郎だとしたらそんなものは必要ない。
急に襲われでもしたら大変だからな。
「なにか、なにか武器はないのか……?」
定番の台詞を吐いてみるが、俺の視界に入ってくる全ての物が武器だった。
「そういえば、なんでも装備できるスキル!」
鑑定を発動させた俺は、溢れる情報の中で武器の選定を始めることにした。
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