異変
ふと、俺は目を覚ました。
深淵たる奈落の奥底から意識が浮上するようにして、浮上し過ぎた結果やたらと明るい世界にて、神からなにかを授かった気がする。
「ここは……」
上体を起こすと、見慣れた部屋のベッドの上だった。
なんのことはない、自分で購入したマンションの一室である。
「……ん?」
俺の人生は終わりを迎えて、新たな人生が始まったのではなかったか。
今度こそは無難な人生を生きてやると意気込んでいたのだが、現実逃避し過ぎた結果見た夢だったのだろうか。
だとしたら、どの辺りから夢だったのか……
「ニャオ」
鳴き声のする方を向くと、我が愛猫、我が娘、唯一の癒しの権化がそこにいた。
ベッドの足元に置いたチェストの上に、無理矢理乗せたキャットタワー。その最上段のお気に入りの場所から俺を見下ろしている。
「やぁ、おはようニゲ」
今日も可愛い我が愛猫はいつもと変わらぬ姿である。
となると、やはり全てが夢だったか。
そう思い目を凝らしてニゲを見ていると、最新のSF映画のようなインターフェースの画面が浮かび上がり、ニゲをターゲッティングし始める。
「な、なんっ!?」
『個体名』ニゲ
『種族』猫
『好感度』A
『脅威度』D
そんな文字群が羅列される。
いつの間にやら眠っている間に、技術がこんなにも進歩したのだろうか。
そんなテクノロジーの実験台になった覚えはない。
いつものようにすりすりと体や頭を擦り付けてくるニゲ。その背中を撫でてやりながら俺はぼんやり考える。
いっつぁわんだふるわーるど?
謎の言葉が俺の脳裏に浮かんでは消えた。
「呆けてる場合じゃねぇ」
頭を振って気持ちを引き締める。
これは、神の言っていた鑑定という能力ではないだろうか。なにやら授けましょうとか宣っていた気がする。
再びニゲに視点を合わせ、睨むようにしてサイバーなインターフェースを呼び出す。
「しかし、なんだ。この情報は必要なのか?」
鑑定という名前からすると、色々と役立ちそうな情報が拾えそうだが、実際にはなんの役にも立たなそうな情報である。種族猫? 知ってるわ!
この好感度という項目がAという恐らく最高評価なのは、俺の日々の溺愛の賜物であろう。我が愛猫の好感度がわかり少し嬉しくなった。
「だが、重要なのはそこではない!」
俺は一人声高に叫ぶ。
これが夜中であればお隣さんから苦情がくるかもしれないが、今は真っ昼間のようである。
壁に掛けられた時計がそれを示していた。
ここは何処だ? 俺はどうなった?
変わらぬ日常は帰ってこないはずだった。それが、俺の望んだ日常だったかと言うとそうではないが、彼女らはとっくに俺の前から立ち去っていた。俺の通帳と印鑑と共に。
人として一度関わってしまった以上は最後まで責任を持たなければならない。
そう思い必死に崩壊しそうになる精神と戦いながら、生活を維持していた仮初めの勇者の日常は、ある日突然居なくなった彼女らと共に終わりを迎えた。俺の貯金と共に。
そして、俺の人生も終わりを迎えたはずだった。
「その疑問にお答えしましょう」
「どわあぁ!? ビックリしたぁー!」
急に、ニゲが、猫が横で喋りだした。
「これは驚かせてしまいましたね。私は神です」
「え? いや? 猫が、神で? は?」
「正確にはこの個体の体を借りているだけです。先程ぶりですね?」
そんなことを宣うにゃんこは全く可愛くなかった。
立て続けに起こる異常事態に俺の頭が非常事態宣言を出そうとしていた。
「待って下さい。あなたの転生は失敗しました」
「待って下さい。俺の非常事態に拍車をかけないで下さい?」
愛しい愛猫がなんてことを言うんだ。俺に対する皮肉だろうか。
何気に頭の中を読まれたようだが、神ならばそれも当然か。
「あなたの生前の行いは評価されるべきでした。現世界の魂の輪廻の中から外れて別の輪廻の中に入って頂くはずが、強い力に引っ張られて少し違う位相の輪廻に組み込まれてしまいました」
「スマン。もう少しわかりやすく説明してくれんか?」
不気味に喋り続ける愛猫に苦言を呈す。
言っている意味がさっばりわからんからな。神にとったら常識なのかもしれないが、ただ一つの魂たる俺には計り知れない話だ。
「わかりやすく言うとあなたの生前の憐れな行いの結果、剣と魔法の異世界にてハッスルして頂く予定が、殆ど現世界と変わらない位相のズレた異世界にて人生を続行して頂きます」
「やっぱりわからなかったーっ!?」
お前はなにを言っているんだ。誰か画像をうpして欲しい。あと、憐れって言うな。
「神に干渉する力とは……恐れ入ったものです」
勝手に恐れ入っている神を放置して、言葉の中から必死に情報を読み取る。
俺の人生は無駄ではなかったのか、善たる行いと神には認められていたようだ。
そのご褒美として、転生して剣と魔法の異世界にて新たな人生を歩み出すはずが、何らかのイレギュラーが発生して現世界と少し違った世界線に転生……というよりは、転位したに近いのだろうか。
その結果をお伝えに来て下さったのが、この猫神だということだ。
「猫神ではありません。全種族の魂の神です」
毛繕いを始めながら言い放つ神。おい、それニゲの体を制御できてないだろ?
「ともかく、何者かの妨害によりこの世界に転生したあなたをどうすることもできません。せめてもと思い、追加のスキルを授けに参りました」
「なに、それは本当か……?」
神のお使いは続く。
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