リアルワールド転生~俺がなんでも装備します~

@nekokotarou3

ただのハニートラップ

「それではあなたの望む通り、異世界への転生と鑑定する能力……スキルを授けましょう。準備は、よろしいですか?」


 人ではない、なにかしらの存在。


 有り体な言葉で言えば神だろう存在に、最終確認を求められる。


「え? あ、はいっ! とりあえずそんな感じで!」


 考え事をしていた俺は、ついそんな適当な言葉を返してしまう。

 相手は神たる存在だというのに、元々上下関係が苦手な俺には自分がよく知らない相手を敬うことはできなかった。

 そんな俺の態度を、特に気にした様子のない神たる存在は最後の言葉を紡ぐ。


「わかりました。あなたの異世界生活に光あらんことを……」


 その言葉と共に、俺の意識は途切れた。






 俺の名前は桜色サクラシキ。そのまま読むとサクライロ。


 今年で30歳になったピンキーなおっさんだ。髪の色は黒だ。

 30歳はおっさんか青年か難しいところだが、俺はお兄さんがいいと思う。


 幸い、老け顔ではないのでそのまま突き通すとしよう。


 そんな俺には平均的な年収にちょっと届かない年収と、平均的から少し上に上ってたらいいなという容姿があり、自分でローンを組んで購入したマンションも持っていた。


 まぁ、平均的な人生を歩んできたと言えるだろう。


 だがそれも、今は戦い終わった最後の城だ。



 当たり障りない人生を歩んできた俺は、20台半ばを過ぎた辺りでターニングポイントを迎えた。


 同じ職場の、社内でも目立った美人の同僚が俺に迫ってきたのだ。

 俺の好みは純な感じの年下タイプだったが、その女性は振り回す感じの年上お姉さんタイプだった。

 欲を言えば無口でクールなミステリアスタイプでもよかったし、皆に愛想を振り撒く可愛い小動物タイプでもなんでもよかった。


 男という生き物は生物学的により多くの子孫を残すために、色々な女性に魅力を感じてしまうのは仕方のないことなのだ……俺は童貞だったが。


 話が脱線した。



 その女性には小学生になる娘が二人いて、夫は年金を貰う寸前の糞ジジィでありバツ4だというどうしようもない状況だった。

 ちなみにその女性は当時30台前半であった。


 綺麗な薔薇にはトゲがある。

 お姉さんタイプというか人妻(地雷持ち)タイプだった。


 どこをどう間違うとそういう人生を歩むのか俺には理解できなかったが、やたらと強いアプローチを受けた結果、俺は彼女に靡くことになる。


 小川の水面を流れていく葉っぱのような当たり障りのない人生を送ってきた俺が、27歳の時に自分で決断したのだ。

 自ら荒波に揉まれてみようと。


 何故か……


 その女性はそこまで俺の好みではない。

 どちらかというと世間一般の美人よりは、性的にぐっとくる方が好ましい。

 ただ、その境遇に可哀想だと思ってしまった。


 そう思ったと同時にマンガやアニメに憧れる俺が、主人公……いわゆるヒーローになれやしないかと勘違いしてしまった。

 俺が彼女の窮地を救ってやろうと思った訳だ。


 その女性と付き合うようになって、当然状況は泥沼化していくことになる。

 マンガやアニメと言うよりは、昼ドラの方が合っていただろう。



 とある日、彼女は家に監禁されてしまった。


 冗談のように思えるが、夫である糞ジジィと揉めに揉めた結果、家に閉じ込められてしまったと言う。


 彼女は別れてくれと言った。

 俺は君を置いて別れることなどできないと言った。


 今思うと頭が涌いていたとしか思えないが、その時は盲目なヒーローを演じることに陶酔しきっていた。


 隣街に住む彼女のアパートに、夜中に忍び込みに行ったのは恥ずかしい思い出である。


 よく知らぬ街を終電が無くなった時間帯に歩く。


 一度しか行ったことはなかったが、うろ覚えな記憶を辿りながら寒空の下を懸命に歩いた。季節は冬だったように思う。


 非常階段から彼女らの住む階まで上り、住人に不審者として見つからぬよう息を潜めた。

 ケータイによる連絡手段では繋がらなかったため、鉄製の外付け階段の踊り場から、彼女の部屋の窓ガラスへ小石を投げる。


 何度か投げたところでケータイに連絡があった。

 彼女は泣き疲れて寝ていたと言う。それは、昼の段階からわかっていたことだが、近くにいると伝えるとすぐさま部屋の窓が開く。


「どうして……?」

「迎えにきたよ」


 今思えばそのまま階段から落ちて死ねば良かったと思う。


 監視者の目を盗み夜中に抜け出した僕らは、さながら魔王城に幽閉された王女様を助け出すが如くであった。俺は、自分のことを勇者かなにかだと勘違いしていただろう。


 そこで俺達は魔王の手を逃れ、後に離婚調停を済ませ、子供達と俺が買ったマンションで生活していくことになる。



 物語であればそのまま「幸せに暮らしましたとさ……」で終わるところだろうが、勇者のその後の話なんて書かれてやしないのだ。

 そして、俺はあることに気づく。


 魔王を討伐した勇者はただの人に成り下がるということ。


 俺の人生における最大のカタルシスは終わりを迎えた。


 それと同時に王女も実は相当なやりたい放題の人生を歩んできており、いわば自業自得だったということがわかる。出来てしまっただけの子供は、俺の金を財布から盗んでいくような小悪魔のように育っていた。

 それにより、純真な環境で育った俺には考えられない精神的なダメージを負うことになる。


 徐々に生活の中で俺の立場は下落していく。


 こんなことを思うと俺自身がダメ人間なように思えてくるが、日常の中に潜まれている毒に俺は次第に侵されていった。

 今なら魔王の気持ちもよくわかる。


 魔王も被害者だったのだろうかと思った時もあるが、聞いた話によると魔王も糞野郎のクズ野郎だったので俺とは違うと思った。


 魔王に囚われた王女は、単なる魔女だったというだけだ。

 魔王の側にいるのだから魔族だったと、そういう訳だ。


 最初から俺が運命の罠にかかっていただけなのだ。


 勇者というのは勇気ある者。つまりは、周りの見えていない盲目な愚か者を指す言葉なのだと最後の最後にわかった。


 俺の人生は奈落の底に消えた。



 具体的にはベランダから敷地の地面に落ちたと言う。





 そして、神から授かった新しい世界が始まった。

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