第19話 ー千客万来の章11- 禍福はあざなえる縄の如し
「佐久間さま。佐久間さまは、小春さんとはどういった経緯で知り合ったので?」
「ああ?
ええ、と秀長は疑問の声をあげる。
「たったそれだけで、こんな夜更けに尋ねるというのですか?」
「そうだ、たったそれだけの接点だ」
だが、と
「ほうっておけねえと思っちまった。だから向かうんだ」
やれやれと言った表情を浮かべる秀長をよそに、
ようやく、中村の入り口にやってきた2人は、まず、秀吉、秀長の実家に立ち寄った。
「かあちゃん、元気しとったか?」
「あれまー。秀長、どうしたんのー?そっちこそ、秀吉のあと追って、家を飛び出しといて。で、秀吉のもとで働いとるんか?」
「まあ、そういったところだ。で、かあちゃん、今日は俺の話じゃなくて、織田家のおえらいさんがきとるんじゃ」
秀長がそういうと、家の中に
「秀長のお母さん、はじめまして。
「あれまー。これはこれは。今、お茶でもいれますので、汚いとこですがどうぞ、中へ、中へ」
「いえ、急いでいるのでこのままで。ところでお母さん。この村に小春という女性は知りませんか?」
「小春、小春。ああ、あの小春ちゃんねー。今年の春に酒屋に嫁いだ娘だわさ」
だどもと、なかは続ける
「1週間ほど前に嫁の小春ちゃんが、家からとびだしたとかなんかで、そらもうえらい騒いでたもんだわさ」
1週間前と言えば、津島で
「小春を捕まえたものには賞金を出すとまで、酒屋の婿夫婦が言い出しおってからに、大変だっただわさ」
「その小春のやつが、この村に戻ったらしくて、それで探しにきたんです」
「あれまー。それは大変だあ。小春ちゃん、何事もなければいいけど」
「すいません、お母さん。酒屋の詳しい場所を教えてください」
「それはいいだども、佐久間さま、あんた、どうする気だわさ」
「わからねえ。でも、とにかく今は動かないとまずい気がする。小春の身になにかありそうでな」
なかは、そうかそうかとうなずき
「ここから大通りに出て、
ただしと、なかは付け加える
「行くなら覚悟せえ、佐久間さま。ひと一人の人生を変えようとしてるだわさ、あなたさまは」
秀長はたまらず、口を挟む
「母ちゃん、そこまで言わなくてもだな」
「いいや、言わせてけんろ。小春ちゃんは、家に戻ったなら、あの酒屋の婿夫婦の性格じゃ。折檻されてるかもしれん」
なかは続ける
「その場に佐久間さまは居合わせるかもしれん。そのとき、あなた様はどうなさるのじゃ」
折檻されている。その言葉を聞いて、
「連れて帰る」
「連れて帰ってどうなさるのじゃ」
「連れて帰って、俺のものにする。小春をいじめるやつは、俺が許さねえ」
その言葉を聞き、なかは、うんうんと頷き、次は秀長に言う
「秀長。あんた、いっしょについて行ってやりんさい」
ええっと秀長は驚き、うーんと唸り、少し間を置き
「わかった、母ちゃん。佐久間さまの身は俺が守る」
なかは、にこっと笑い、二人を送り出す。
「いってくるだわさ、馬鹿ども」
くだんの酒屋の前に、
「ここに小春さんがもどってきてるはずだ。会わせてくれ」
丁稚は怪訝な顔をして、店の大旦那に聞いてくるから少しまってくれと言い、戸を閉めた。
しばらくすると、家の奥からどすんどすんと言った音が聞こえ、大旦那と思わしき人物が閉められた戸の向こうから
「なんだ、お前ら。うちの小春になにかようか。帰れ、帰れ!人を呼ぶぞ!」
一方的にまくし立ててきて、まるで話が通じる様子はない。
「今、うちは、逃げていった息子の嫁に、教育をほどこしてるんだ。お前ら、邪魔だ、とっとと帰れ!」
土間で、倒れ込んだ小春を見つけた。小春はずぶぬれであり、腕には棒かなにかで叩かれたかのような、あざができあがっている。
「おい、しっかりしろ、小春!生きてるか?」
「ああ?
「もう大丈夫だ、小春。こんなところから、連れ出してやるからな!」
激しい折檻だったためか、小春の意識はもうろうとしている。さらに怒りが
「てめえら、よくも小春にこんなことをしやがって!」
「佐久間さま!殺しはだめです、小春さんの立場が悪くなる!」
ぐっと
「逃げましょう、佐久間さま!
じりじりと、
追って、外に飛び出した大旦那は周辺に響き渡る声を上げ
「嫁泥棒だ!みんな捕まえてくれ、報奨金をだすぞお!」
「ちっ、あの野郎、もう一発、殴っておけばよかったぜ」
3人は、村を飛び出し、稲刈りの終わった田園地帯をひたはしっていた。中秋の名月が3人を煌々と照らしていた。今宵は満月。人間たちの奥深くに眠る遺伝子を呼び覚ますには頃合いだったのかもしれない。追手たちは、しつこく追いかけてきているようだった。
「こっちだ!急げ、追いつかれちまうぞ!」
「む、むり!も、もう走れない!」
「お前、こんなところで捕まっていいのか?運命なんてクソくらえって言ってたろ!」
「そうだけど、で、でも、もう足が」
ちっと短く
「乗れ!おぶさってやる!」
「え、え、ええ!?い、いいの?わたし、そんなに軽くは…」
小春は先ほどまで折檻されていたため、意識がどうもはっきりとしない。相手が
「こっちは毎日、俵かついで走ってんだ。女のひとり、どうってことはないぜ。ほら、急げ」
小春はおずおずと、
「あ、ありがと。なんか色々、世話になっちゃって。でも、お前、いいのか?」
「俺の心配より、自分の心配してな。それじゃ、いくぜ!」
男2人、女1人の逃走劇は続く。行く先は津島だ。そこには信長がいる。そこまで逃げ切れば信長がなにか策を考えていてくれているはずだ。
運命の歯車がまたひとつ、カチリと音を鳴らした気がする。
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