第17話 ー千客万来の章 9- 等身大の恋

 祭りは5日目に突入していた。合婚ごうこんの日程は折り返し地点をすぎていた。着物の胸に花柄わっぺんを付けているものたちは、すでに会場全体の半数に到達していた。日程も余りの人数も残り半分以下となり、いまだ良縁定まらぬものたちは、大いに焦りはじめている。


 とある机の男たちなどは


「くっ、俺のなにがいけないんだ」


「胸がでかくて、きれいでかわいくて、それで家事全般ができる女性と、お付き合いしたいだけなのに!」


「俺も年下の女の娘で、胸はひかえめ、メガネをかけていて、一人称は僕。そんな娘とお付き合いしたいだけなのに!」


「立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。そんな春画のような女性とお付き合いしたいだけなのに!」


 こいつら、だめそうだなー。そんなやつらを横目に、佐久間信盛さくまのぶもりは、煮物と白い飯をいただきつつ、ひやで喉を潤す。



 初日にいっしょの机にいた、殿との山内一豊やまうちかずとよ佐々さっさ成政は、相手となる女性を見つけ、席にはいない。残っているのは、滝川一益たきがわかずますと、俺のふたりだ。


信盛のぶもりっち、よさげな相手はいた?」


「んー、ぼんっ、きゅっ、ぷりっがなかなかねえ。そっちこそは?」


「おれっちのほうは、浪人って言うと、女性がそそくさと逃げ出していっちゃって」


 あれ、でもと信盛のぶもりは言う


合婚ごうこん開催前に、殿とのにお会いして、仕官の話はきまったじゃん?」


「そうなんすけど、正式仕官は、合婚ごうこん終わったあとなんで、今は内定もらったとこまでなんすよ」


「内定もらってんだし、浪人、言わなくていいじゃん?」


「素の姿の俺っちを見て、女性には判断してもらいたいんすよ。織田家に幹部候補で内定もらってるなんて言ったら、目の色変わって、つきまとわれちゃいますもん」


「あー、わかる。俺もその点、大変。2日目、うっかり、俺は偉いんだぞーって言ったら、女性陣10人に囲まれて、えらい目みた」


 信盛のぶもりは2日目、熱燗とひやでちゃんぽんしたため、えらく酔ってしまい、つい、俺はのき佐久間さまだぞー、桶狭間の戦いでは、兵500を率いて、信長のやつの護衛まかされてたんだ、どうだ、すごいだろ、うやまえーっとやってしまった。


 女性陣は、軍事についてはよくわからないけど、なんだか偉い人にはまちがいない。隣の机からも女性が集まり、信盛のぶもりを囲んで、どんちゃん騒ぎがおこってしまった。


 しかし、信盛のぶもりが、調子にのり、ぼんっきゅっぷりっ、ぼんっきゅっぷりっと呪文を唱え、腰を前後に振り出すと、途端に女性陣は引きはじめ


「このひと、ただのセクハラ親父じゃねえさの?」


「ほんとうに偉いかも疑わしいだ」


「んだんだ。織田家の武将の方がたといえば、知的でかっこよくて、いくさでは勇ましいお方って聞いてるだ」


「不思議な呪文を唱えて、踊り出すようなやつが、偉いわけねえべさ!」


 さっと信盛のぶもりの前から女性たちはいなくなり、ひとりぽつんと残される信盛のぶもりだった。そのあとは手酌で飲みながら、山内一豊やまうちかずとよに愚痴っていた。


 その一豊かずとよも今じゃ、胸に花柄わっぺんをつけて、この机から旅だってしまった。1日目に知り合った千代殿の積極さに押し負けて、見事、良縁成立となった。いまごろ、2人で、津島の町を回っているのかもしれない。


「あー、俺っちを等身大で見てくれる女性はいないすかねー」


「いたら今頃、この席に座り続けてねえよ」


 それもそうすか、と一益かずますは、はははと笑う。信盛のぶもりも釣られて笑う。


「ん…。一益かずます信盛のぶもりさま、まだ、相手決まってないんだ」


「なっちゃん、そんなこと言っちゃだめよお」


 佐々さっさとその相手、梅ちゃんだ。2人は胸元におそろいの花柄のわっぺんをつけ、手をつないで、机にやってきた。幼馴染の間柄から、恋人にステップアップってやつか、これが。うらやましい、俺にも幼馴染がほしかった。


 佐々さっさは、信盛のぶもりにじっと見られて、ちょっと照れくさそうに


「ん…。今日は、梅ちゃんとここで、いっしょにご飯食べることにした」


「ねー、なっちゃん。みんなと食べるご飯はおいしいからねえ」


「ん…。そうだよね」


「よっし、なっちゃん!さっそく、お料理とりにいこ!はやくはやく!」


「ん…。待って、梅ちゃん」


 佐々さっさは、梅ちゃんにせっつかされてる。あー、これは、梅ちゃんの尻にしかれますわ。ちょっと、ざまあねえなと佐々さっさにそういう感想を信盛のぶもりは抱きつつ、煮物の里いもを、箸でつんつんしていると一益かずます


「幼馴染の妻って、いいすね、特に響きが。おれっちも幼馴染ほしいわあ」


「でも嫁の尻に敷かれるのは、みっともないぜ。やっぱり家庭は亭主関白じゃないとな」


「亭主関白、あこがれすわ。女は男の3歩、後をついてこいってなもんでさ」


 などと彼女もいない独身ふたりがわいわいやっていると、そこに18前後のすこし幼さを残した女性が近づいてきて


一益かずますさん。男尊女卑はいけないとおもいます」


 1日目に一益かずます一豊かずとよと飲み比べしていた、こうだった。


「だいたい、亭主関白なんていまどき、はやらないとおもいます。どこの平安貴族なんです?こうは、一益かずますさんの将来が心配だとおもいます」


 一益かずますは、こうに一喝されている。俺に飛び火しないでくれよと、信盛のぶもりは思ったが、次の間で、不思議なことに気付いた。こうの胸元には、まだ花柄のわっぺんがなかったのである。うっとおしそうに一益かずますは、右手であたまをかきながら


こうっち、うっさいす。大体、どうしたんすか。みたところ、相手も見つかってないようすけど」


「余計なお世話だと思います。せっかく、一益かずますさんが、信盛のぶもりさんに感染して、変なことを言って、女性陣を追い返してないか心配して見にきたというものを」


 なんかしれっとひどいことを言われた気がする。まあ、それは置いといてだ。信盛のぶもりは口を開く。


「で、こうちゃんは、一益かずますのことで心配だったわけだ。うんうん」


 信盛のぶもりは一拍置いて言う


「もしかして、こうちゃん、一益かずますに惚れた?」


 一瞬にしてこうの顔が真っ赤になり、やかんが沸騰したかのように頭から湯気をだす。


「いえいえいえいえいえ、ちょっと信盛のぶもりさま!言うにことかいて、何をかとおもいます!」


「いや、だって、心配してあれから4日も相手も選ばずきたんだろ?そんなの惚れた相手がいるか、お目にかなう相手がいなかったのかのひとつか、ふたつかだろうし」


 こうはしどろもどろになりながら言う


「で、でも、信盛のぶもりさんが感染してる、一益かずますさんですよ!ぼんっきゅぅぷりっとか言い出すとおもうのです!」


 何言ってるんだろ、この娘


一益かずますさんなんて、こっちから願いさげだとおもいます!」


 あらあ、なんかまずいこと言っちまったなあ、と信盛のぶもりは思う。これ、俺の責任になっちゃうのかなあ。



「あれ、こうっち。おれっちのこと、好いてないの?」


 一益かずますこうに問いかける。


「は、はい!好いてないかと思いますです」


「残念だなあ。おれっち、こうっちのこと、好きすよ」


 え、とこうはびっくりした顔を作る


こうっちが嫌ってるなら、おれっち、あきらめるしかないすかねえ」


 え、えとこうは、次は困った顔を見せる


一益かずますさん、あのその」


 もはや、こうは泣き出しそうな顔になっている


「もう一度、聞くすけど、こうっちは、おれっちのこと好きすか?」


 うんと2回、大きくこうは頷く


「か、一益かずますさん、ご、ごめんなさい。ひどいこと言って。わたし、一益かずますさんのことが好き!」


 うええんと泣き出したこうを、一益かずますは軽く抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩く。


 食料調達を終え、席にもどってきた佐々さっさと梅が、その現場をちょうど目撃し


「ん…。一益かずます、女の娘を泣かすのは良くない」


「そうですよ、一益かずますちゃん。女の敵です!」


 一益かずますは、さすがにやりすぎたなと思い、バツの悪そうな顔をしていると、すこし泣くのを止めたこうが、一益かずますの顔をじっと見つめ


「泣きやんでほしかったら、ちゅぅして?」


 とせがみ始めた。一益かずますは、うおお、こうっち、くぁわいいと思いながらも、ここは衆目の前だ。こうが泣いてただけあって、皆の目が自分たちに注がれている。


「あ、ほれ!くーちーすい!くーちーすい!」


一益かずますの、ちょっといいとこ、見てみたい!」


「あ、ほれ!くーちーすい!くーちーすい!」



 一益かずますが観念して、こうと衆目の前で、口吸いが行われた。会場からは盛大な拍手が送られた。


「うっほん!さかるのは、宿でしてほしいのじゃ!」


 村井貞勝むらいさだかつは、まあ致し方なしと思い、あまりきつくは2人に言うことはなかった。



 信盛のぶもりは、一益かずますこうのやりとりを見て、ひやをちびちび飲みつつ


「はーい。嫁の尻にしかれるやつ、またまた1名さま、ごあんなーい」


 と、半ばやけくそ気味に言い放つ。祝杯がわりに湯呑の酒をぐいっと飲み干す信盛のぶもりであった。

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