第16話 ー千客万来の章 8- 想いは変わらない

 村井貞勝むらいさだかつが信長にあてがった机の席順は右から、佐久間信盛さくまのぶもり、織田信長、佐々さっさ成政、山内一豊やまうちかずとよ滝川一益たきがわかずますとなっている。


 向かって女性陣は右から、吉乃、小春、梅、千代、こうの5人だ。


 信盛のぶもりは思う。さて、この中で殿とのが狙ってるのはどれだろうかと。

 千代は、前に座っている一豊かずとよ一益かずますに酌をしている。その隣のこうは、女だてらに一豊かずとよ一益かずますの飲み比べに参加いしている。


「ちょっと、こうっち、飲みすぎ、飲みすぎ!」


「ちょっと、お千代さんも、こうさんにこれ以上、お酌しない!」


「うははは、うははは、世界がまわるよお」


 お千代は一豊かずとよがオロオロしているのをよそに、楽しそうに、こうに酌をしている。あ、こうがぱたりと、机につっぷして動かなくなった。


「ちょっと、こうっち、どうしたっすか?」


「ん、んんー、んんんーーーー!!」


「ここじゃだめっす!こうっち、こっちっすよ!」


 なにやってんだ、こいつらは。



 では、真ん中の席の佐々さっさと梅と言えばって、あれ?この娘、どこかでみたことあるような…


「ん…。梅ちゃん、これも食べる」


「ありがと、なっちゃん!」


「ん…。梅ちゃん、ご飯粒、ほっぺたについてる」


「え、どこどこ。なっちゃん、取ってとって」


 佐々さっさは、ご飯粒をとって、口に含んだ。その姿を見た信盛のぶもり


「え?ふたりは知り合い?どういうことだ?ねえ、殿とのってば」


「ああ、梅ちゃんは、さだかっちゃん(=村井貞勝むらいさだかつ)の娘さんですよ。二人とも幼馴染なんですよ」


 ええええと、驚きを隠せない。なんであの、七三分けにこんな可愛い娘がいるんだよお!世の中、ふっこうへいだなあ!


「よかったですね。知らずに口説いてたら、さだかっちゃんが、あなたの義理のパパでしたよ」


 あっぶね、超あっぶね。貞勝さだかつ殿と5歳くらいしか変わらないのに、あやうくだわ。



 じゃあ、残るは、うーん。20歳超えたババアの小春はないとしてだ


「おい、お前、今、失礼なこと考えてただろ」


 いえいえ、なにも考えてません


「顔に書いてあるんだよ、顔に」


 じと目で小春が信盛のぶもりを睨んでくる。おお、怖いこわい。


 信盛のぶもりはそしらぬ顔で、漬物をぼりぼり食べて、熱燗で流し込む。


 じゃあ、残るは吉乃ちゃんかー。可憐でかわいいからなー。小春とは違って


「ははは、小春さんだって、十分、可愛いじゃないですか」


「さすが殿との、わかってるねー。童貞くさい信盛のぶもりとは、目の付け所がちがうわ」


 うんうんと、小春はうなづく。ぐぬぬ。吉乃ちゃんが目の前にいてよかったな、小春のやつめ


「のぶもりもりは、童貞ではありません」


 信長は小春を静止した。お、いってくれるじゃねえか、殿との


「素人なだけです」


 ガハハと小春が爆笑する。吉乃は顔を赤くし、うつむいている。こ、この馬鹿、あとでみとけよ!



 あ、そういえばと、殿とのが、小春と吉乃に向かって言う


「実はですね、先生、のぶもりもりと賭けをしているんですよ」


 ほうほうと小春は面白そうに耳をかたむける。吉乃もおずおずとしながらも同じく耳をかたむける。


「のぶもりもりにこの合婚ごうこんで彼女ができましたら、わたしの愛蔵品の茶器から好きなの1個あげる予定です」


 へええと、小春は驚く。吉乃は町人の娘であるがゆえ、茶器の高価さを知っていて、なおさらに驚く


「あ、あの。そんな高価なもの賭けていいんですか?ものによっては金子きんす10枚はくだらないものもあります」


 金子きんす10枚は、家族3人が消費する5年分の米に相当する。その旨を吉乃が小春に言うと


「ふえええ、さすが信長さまだ。信長さま、わたしをめかけにしてくれよ」


 はははと、信長は笑い


「まだ、6日間ありますからねー。先生、ほかの娘も見てみたいのですよ」


 あちゃー、はやまっちまったかと、小春は思う。それにと信長は続ける


「吉乃さん。心配しなくとも、のぶもりもりが、どの茶器が高いとかどうか、わかるわけがないでしょ」


 ぐっとも、うっともつかない声を信盛のぶもりは絞り出す。


「ぜってー、一番、高い茶器をうばってやるからな!みてろよ!」


 その前に彼女つくらなきゃならんのじゃないかなーと小春は思うが、それ以上、からかうのはやめた。これぞ、武士の情け、武士じゃないけど。そういや、吉乃だ。わたしでもムリなんだ、引っ込み思案の吉乃では、信長さまにアタックするのは難しいだろう。

 そうなるとだ、信盛のぶもりのことをどう思っているのだろう。よし、お姉さん、ここは一肌ぬいで


「吉乃。吉乃の好みの男性ってどんなひと?」


 いきなり話を振られた、吉乃は驚いて、え、えと言うと、どぎまぎしながらも


「んっと、ね。優しい人」


 優しいひとかー。吉乃らしいなと、小春は思う。


「わ、わたしね。小さいころ、10歳のころかな。戦火に逃げ惑うなか、両親とはぐれちゃったの」


 吉乃が10歳と言えば、8年ほどまえだ。ほうと信長は言い


「8年前くらいのときから、去年まで、ここ尾張おわりでは、わたしをはじめ、家督争いをしていましたからね。大丈夫でした?」


「は、はい!織田家の武将の方に助けられて、ことなきを得ました」


 信長は、それはよかったと言う。吉乃は続けて


「そ、その方はやさしい方で、両親を探していてくれている間、わたしの手をずっと握っていてくれました」


「いい方に助けてもらったんですね」


「は、はい!それから、わたし、嫁ぐならやさしい方がいいんです」


「見つかるといいですね、そんな、やさしいひと」


 信長はにこにこしながら、吉乃の頭をなでている。吉乃は、えへへと笑みをこぼしている。信盛のぶもりは吉乃ちゃん、可愛いなあと思いながらぼんやり見ていた。そこに小春が


「やさしいと言えば、信盛のぶもりは、いい人そうだよね。友達としてだけど」


 信長は悪ノリして


「そうですね。いい人けど、友達止まりってやつですね」


「せっかくいい話してるのに、俺でオチつけるのやめてくーだーさーい」


 吉乃は、ふふふと笑い


信盛のぶもりさんは、いい人だと思います。だって、お料理とか率先して取ってきてくれるし、信長さまからは、信頼されてますし」


「え、そう?おれっていい人?えへへ」


 小春は、こいつは、と思う。でもまあ、実際、吉乃は女の私からみても可愛い。それと農民出のしかも嫁ぎ先から逃げ出してきた自分とでは、土俵がちがう。まあ、仕方ないかと、心の中で頭をかきつつ


信盛のぶもりは、吉乃のことどう思うんだ?」


「ん?ああ、いい子だと思うよ。見た感じ、器量もよさそうだし」


 吉乃は、顔を真っ赤にし、うつむく。やっぱり、吉乃には、かなわないかーと、認識させられる。ちょっとくやしい。

 でもな、と信盛のぶもりが言う。

 んん、どういうこと?なにか吉乃に不満があるのか、この馬鹿。


「俺、ぼんっ、きゅっ、ぷりっがいいんだよね」


「は?ぼんっ、きゅっ、ぷりっ?」


「そう、胸がぼんっ、腰がきゅっ、お尻がぷりっ」


「お前は馬鹿かああああっ!!」


 小春は、信盛のぶもりの頭頂部に右手で手刀を叩き込んだのだった。



 手刀を叩きこまれてから30分後、信盛のぶもりは復活し


「あいたたたた。ちょっとは手加減してくれよ、小春殿」


「いや、すまないね。つい、あんたの馬鹿さ加減に、いらっとしちまって」


「あれ、信長さまと吉乃ちゃんは?」


「ああ、吉乃が飲みすぎたとかで風にあたってくるって言ってた。危ないからだろうって信長さまがついて行った」


 あ、そう。と信盛のぶもりは、そっけなく返す。この机の他のメンバーといえば


「ちょっと、お千代殿、もうだめ、もう飲めない」


 一豊かずとよが、満面の笑みのお千代殿に強引に酌をすすめられている。


こうっち、気分は、大丈夫っすか?戻したくなったらいつでも言うっすよ」


 一益かずますは、こうの介抱をしている。そのこうは、うへへうへへと上機嫌だ


「ん…。梅ちゃん、おかわり」


「はい、なっちゃん。たくさん食べてね!」


 梅殿は、おひつからご飯をよそって、佐々さっさに手渡してる。てか、どこからどうみても、夫婦だ、こいつら。



 信盛のぶもりは、えへへと笑みがこぼれてくる。


「なんだい、気持ち悪いな。強く叩きすぎたか?」


 小春が心配してくる。そうじゃないよと、信盛のぶもりは返し、さらに


「女と絡んでても、こいつら、馬鹿は馬鹿なんだなーって、そう思ったわけ」


「どういうこったい?」


 信盛のぶもりは返す


「いつもと変わらないってことさ」


 ふーん、と小春は言う。信盛のぶもりは、そういえばと言い


「さっきの吉乃ちゃんを助けた武将っての、あれ」


 うん?と、小春は応える


「あれ、殿とののことだよ。吉乃ちゃんが言ってるの聞いて思い出した。殿とのが吉乃ちゃんの手つないで、両親をさがしてたんだよ」


 ええ、ええ?と小春はなぜだかわからず、動揺する


「あれから8年かあ。時が流れるのは早いもんだねえ」


「なんか、神様って、ふっこうへいだね。吉乃は、8年前にすでに運命のひとに出会ってたってわけか」


 小春はなぜか、くやしい。さらに


「うちのとこには、神様ってのはこなかったよ。親に決められた結婚で、嫁いだ先で奴隷みたいに働かせられてさ」


 小春は、あーあと思いながら、続ける


「逃げてきちまった。そんで、今、ここ。信長さまのめかけになれば、人生一発逆転あるかなって思ったけど、運命ってのはなかなか厳しいねえ」


 信盛のぶもりは黙って、小春の話を聞く


「昔、親に教えてもらった、南蛮の童話の灰被り姫ってのがあってさ。もしかしたら、うちも姫さまになれるかなっておもったけどさ」


 あーあと、小春は言い、一呼吸おいて


「やめやめ。しんきくさいったら、ありゃしない。まだ6日間あるんだ、ほかにも男はいるさ。運命を変えてくれるひとってのがさ」


 ああ、と信盛のぶもりは言い、冷め始めた熱燗を、小春と信盛のぶもり自身の湯呑にいれ


「小春殿と、俺に素敵な彼氏、彼女ができますようにと、乾杯でもしとくか」


 ははっと小春は、小さく笑い


「くそったれな運命に抗えますように」


 かちんと湯呑を軽くぶつけあったのであった。



 次の日、会場の4分の1のものが、着物の胸の部分に花柄のわっぺんをつけていた。その一団の中には、花のように笑う吉乃と、その隣に信長がいたのだった。

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