第14話 ー千客万来の章 6- 庭には丹羽(にわ)

 滝川一益たきがわかずますは、清州きよす城の庭にやってきた。

 そこには、小池があり、岩があり、灯篭があり、それらがちょうどよく配置されている。この向こうに見える小さな屋敷のようなものは、茶室であろうか。小さな戸がついてある。


 その小さな戸が開き、そこから伸長160センチメートルくらいの、一益かずますより一回り小さな少しなよっとした男がでてきた。その男は、こちらに気付き、小さく頭をさげ、礼をする。一益かずますは男に向かい


「おっす。茶の湯ってやつ?それ」


 一益かずますは、男が手にもっている茶碗をしげしげ見ながらそう言った。男は


「はい。にわちゃんは、茶の湯の勉強をしてましたのです」


 にわちゃん…。一益かずますは、ちょっと面くらい


「えっと、にわちゃんってのは、あんたの名前?」


「はい、そうなのです。丹羽長秀にわながひでなので、にわちゃんです」


 そうかそうかと、一益かずますはうなずき


「んで丹羽にわっちは、お茶には詳しい?」


「いえ、にわちゃんは、まだまだなので、練習中なのです」


 ふわふわとして掴みどころがないなあと一益かずますは思う。一益かずますはひるまず、果敢に話しかける


丹羽にわっちは、信長さまの小姓かなにか?」


「ちがいますのです。にわちゃんは、信長さま付きのでぃれくたーなのです」


 でぃれくたーとはなんだろう。南蛮語であることはなんとなくわかる。


「でぃれくたーとは、平たく言えば、演出家のことなのです。そう、にわちゃんは、信長さま付きの演出家なのです」


 ふむと2度うなずき、一益かずますは言う


「そのでぃれくたーの丹羽っちが、なんで、信長さまといっしょにいないの?」


「そうです。問題はそこです。にわちゃんは、信長さまと合婚ごうこんの出し物を考えていたのです」


 丹羽にわは続ける


「そうしたら、これ以上、現場をひっかきまわすなのじゃと、村井貞勝むらいさだかつさまに、にわちゃん、おこられたのです」


「それはひどいな。村井ってやつは」


「そうなのです。にわちゃんは合婚ごうこんを盛り上げようとたくさん企画を考えていたのです」


「ほう、それは、おもしろうそうな話っすね。例えばどんなの?」


「えっとですね、罪人を樽にいれるのですね。そして、参加者が、順番に外から刀や槍を突き刺して、罪人が飛び出したら、そのひとの負けなのです」


「あ、あの。丹羽にわっち?晴れの舞台にその出し物はちょっとないんじゃないかな?」


「えー、にわちゃん、せっかく考えたのにです。あとはですねえ」


 さすがに今のは、この男の話の掴み方なのであろうと思い、次の言葉をまった


「砂地にですね。罪人を埋めて、首からうえだけ出してですね。手ぬぐいで目を隠した男女二人組が、ふたりで金砕棒をもってですね」


「うおおおおい、ちょっとまてやああああ!」


 もしかして、この男。織田家の危険人物なのか?と若干、冷や汗が出てくる一益かずますであった。



「ん?おお、ここに居たか。あれ、丹羽にわ。お前、合婚ごうこんに行くはずだろ。準備は?」


 佐久間信盛さくまのぶもりが準備を終え、一益かずますを迎えにやってきたのである。


「え!こいつも来るの?」


 さすがに一益かずますはあせった。


「ん?それがどうした?丹羽にわも独身だからな。織田家の武将で独身者は、全員、出る予定だぞ」


 一益かずますは小声で、信盛のぶもりに言う


「なんか罪人を槍や刀で刺す企画とかいってるんですけど」


「ん?なんか問題あるのか?おーい、丹羽にわ。なんか変なこと言ったのか?」


「いいえ。にわちゃんはいつもどおりなのです」


 そうかと信盛のぶもりは頷き


「ああ、そういえば、こいつ。滝川一益たきがわかずます滝川益重たきがわますしげ殿の親族だ。もしかしたら、近いうち、織田家うちに仕官するかもしれん」


 わあいと丹羽にわは喜び


「にわちゃん、一益かずますくんがくるの、歓迎なのです。いっしょに村井貞勝むらいさだかつをやっつけるのです」


 いつのまにか、なんか変な約束させられてる。やっぱ危険人物だ、こいつと一益かずますは思う。はははと信盛のぶもりは笑い


「さて、津島に行こうか、一益かずます殿。おーい、丹羽にわ。遅れるんじゃねえぞ、殿とのに怒られるぜ」


「はーい、にわちゃんも、準備して向かうのです」



 道中、一益かずますは、信盛のぶもりに問いかける。


丹羽にわっち、やばくないっすか?」


「ん?織田家うちじゃ、普通だぞ、まだ。勝家かついえ殿とか人間やめてるからな、しゃべって歩く筋肉」


 一益かずますは驚きを隠せない。あれでまだ普通なのか、やはり織田家は噂通り、いやそれ以上だ。


「俺っち、織田家でやっていけるかなあ」


「ああ、大丈夫だろ。一癖もふた癖もあるやつらだが、根は良い。たぶん」


 たぶんかよおと思いつつ、一益かずますは、さらに尋ねる


信盛のぶもりっちは、見た目、普通だけど、なんか裏がある?」


「ああ?俺?ぼん、きゅっ、ぷりっが好きなだけの普通の34歳」


「ぼん、きゅっ、ぷりっ?」


「胸がぼん。腰がきゅっ。お尻がぷりっ」


 なんか、頭、痛くなってきたなあと、一益かずますは額に手を当て、宙を仰ぐ


「でも、だれもかれも、一芸に秀でるやつらだ。うちは他家よそとは違って、出世ができる。事実、俺も足軽組頭から、いまじゃ立派な鳴海なるみ城の城代だ」


 織田家は出世ができる。他大名では、ほぼありえない待遇の良さだ。他大名では、家柄や親の身分できまる。家老の息子は家老に。足軽の息子は足軽だ。これがくつがえることは、ほぼない。よっぽど運がよくて足軽組頭か、300人部隊の足軽隊長までだ。

 一益かずます北伊勢きたいせの関氏から追い出されたのも、待遇改善を訴えたことによる。


「えっ、信盛のぶもりっち、城代しろだいなの?世の中どうなってるの?」


 失礼なやつだなあと思いつつも、信盛のぶもりは答える


「そう、し、ろ、だ、い。年収1000貫(=1億円)。まあでも、直属の部下の給与で半分飛ぶけどな」


「ほえええ。織田家は、すごいだああああ」


 年収がすごいだけではない。織田家の家臣は直属の部下を養っていいのだ。他大名では、その領地の兵士は全員、その大名直下の兵士である。しかし、織田家は、家臣に家臣を養わせている。いわば、武将ごとに独立した軍隊を持たせているのである。


 しかし、武将が独立した軍隊を持っているということは、謀反が起きれば、そのままその軍隊が敵に回るのである。危険きまわりない。だが、信長は家臣を信頼している。いや、信頼しすぎていると言って過言ではない。


「信長さまって、馬鹿なのか天才なのか、わけがわからないっすね…」


「ああ、馬鹿なんだろ、たぶん。じゃなきゃ、家臣が直接、軍隊をもっていいわけがない。俺なら持たせないね」


 でもと、信盛のぶもりは続く


「そこが殿とのの良いとこなんだろうな。部下を信頼してくれてる。それだけで、殿とののもとで働く意欲が湧く」


 ふーん、そんなもんかねえと一益かずますは思う。こんな戦国乱世の真っ只中だ。いつ主君に裏切られるかわからない。事実、一益かずますは、関氏が期待に応えてくれず、疎まれ、出奔の憂き目にあったばかりだ。


「織田家は、おれっちの居場所になってくれるかなあ」


「その前に、20キログラムの米俵かついで5キロマラソンのほうの心配してたほうがいいとおもうぞ?」


「それもそうか」


 はははとひとしきり、一益かずますは笑い、次いで、ちょっとにやにやしながら


信盛のぶもりっちは、信長さまに惚れとるっちね?」


 信盛のぶもりは、馬鹿言えと


「まあ、確かに惚れてるかどうかと言えば、惚れてるんだろうな」



 信盛のぶもりは宙を見上げ、少し溜めて次の言葉を言う


「戦国の世を終わらせたいからと、全国、すべての大名と戦争する気だぜ。殿とのは」


 天下統一。すなわち、すべての大名を屈服させなければならない。


「民に笑顔になってほしいからって、その手を血で染めるんだ」


 この世は民にとって生き地獄である。民を救うために、その手で血をすくうのだ。


「もしかしたら、誰も感謝しないかもしれねえ。そりゃ、いつ終わるかわからねえからな、このいくさは」


 応仁の乱より始まった、戦国乱世はすでに100年を経過しようとしていた。


殿とのが、平和を求めれば求めるほど、いくさは苛烈さを極めていく。間違いなくな」


 事実、尾張おわりを統一しただけで、今川義元は、信長を危険視し、攻め込んできた。


「それでも、殿とのは、止まることはない。もう決めちまったからな、あの馬鹿は」


 そう、幼い日、目の前で救えなかった少女の亡骸なきがらを抱きながら、信長は誓ったのだ。


「あいつは馬鹿だ。ほんと馬鹿だ。だから、お利口さんの俺が支えてやんなきゃなんねえ」



 秋に入り、風は、りょうを運んできている。殿とのの戦いは、まだ始まったばかりだ。この一時いっときの平穏を楽しむため、信盛のぶもり一益かずますは祭りの会場へと足を運ぶのであった。

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