第13話 ー千客万来の章 5- 攻めるも退くも滝川

 合婚ごうこん開催3日前、今日は9月12日である。

 佐々さっさ成政、前田玄以まえだげんいは、清州きよすの長屋建設の続きを部下に任せ、みなと町の津島に向かう準備をしていた。


「ん…。猿から買った、【大胸筋が応える内政のしくみby細川藤孝ほそかわふじたか】の写本、役にたった」


「ええ、さすがは名が高い、細川さま。筋肉は礼にはじまり、礼に終わるは名言です」


 細川藤孝ほそかわふじたかは、内政だけでなく、古今の礼儀作法にも詳しく通じている。そして京都守護職を任せられるなど、武勇も名高い。まさに完璧人間である。彼の書籍は全国にファンがいて、よく愛読されている。


「ん…。猿に、ほかにもおすすめの本があったら、聞いてみよう」


「はい。わたしももっと、内政について勉強したいでござる」


 猿こと木下秀吉きのしたひでよしは少ないながらのお給金で、京の商人から写本を買い取り、それをねねとふたりでさらに写本し、それを売ることで生活の糧としていた。だが、写本をすることにより、読み書き、古今のいいまわし、そして知識への深い理解を得、秀吉はめきめきと実力をあげていったのである。


「ん…。軍の統率指揮関連の本も持ってないかな」


「拙僧、指揮関連はさっぱりでござる」


 前田玄以まえだげんいは、役人畑の人間であり、内政関連は得意でも、軍事関連の才はさっぱりといったところだ。


「ん…。もしもの場合がある。最低限のことは知っておくべき」


「ほう。ちなみに最低限の一例はなんでござる?」


「ん…。やばいと思ったら逃げること」


 玄以げんいは、ほうと2度うなづき


「しっかり胸にきざんでおくでござる」


 佐々さっさ玄以げんいは、長屋建設の仕事を通じ、すっかり、仲がよくなっていた。



 握り飯、替えの下着、路銀、宿泊費、猿から買った写本、そして合婚ごうこん参加費用の2貫(=20万円)を、肩下げや腰袋に入れ、いざ出発しようとしたところ


「よう、おまえら、今から出るとこか?」


 佐久間信盛さくまのぶもりは、佐々さっさ玄以げんいの姿を見つけ、声をかけた


「ん…。佐久間さま。こんにちわ」


「佐久間さま、こんにちわ。どうしたのですか?そろそろ向かわないと、遅れてしまいますぞ」


 信盛のぶもりは、右手で頭をかきながら、んー、と言いながら


「何やら、遠方より滝川益重たきがわますしげ殿を頼ってきたという、浪人がいてね」


「おっす、お兄さんがた達、こんにちわ」


 浪人風のがっしりした体格の男が挨拶をしてきた。佐々さっさ玄以げんいは、こんにちわと返す。


山内一豊やまうちかずとよってひとに、滝川益重たきがわますしげの兄貴が、ここに勤めてるって聞いてさ。合婚ごうこん費用の金、貸してもらおうと来たわけよ」


 男は聞きもしないのに、しゃべりだした


「どうも、長屋の建築にでかけてて、城にはいないって言われてさ。どうしたもんかと思案してたとこ」


 玄以げんいは、ふむふむと聞きながら


「確かに、益重殿は、ただいま留守にしている。急ぎの用件のようだし、使いを出しておこうか?」


「あー、でも開催まで時間ないしなー。うーん。ねえ、お兄さんがた。合婚ごうこん費用の500文、貸してくれない?ね!」


 さらに男は続ける


「俺っち、北伊勢の出身で、津島の道に詳しくなくてさー。できれば一緒について行っていい?合婚ごうこんでるんでしょ?お兄さんがた」


「確かに合婚ごうこんにでるでござるが。うーむ」


 信盛のぶもりは、男に尋ねる


「きみ、なにか、益重ますしげ殿と知り合いである証拠品もってる?」


「ああ、それなら、この家紋の入った懐剣があるぜ。これを益重ますしげ兄貴に見せれば一発だ」


 男は、ふところから懐剣を差し出し、信盛のぶもりに渡した。信盛のぶもりは鞘に家紋が入った懐剣を見て


「よし、30分ほど待たれよ。使いの者を飛ばす。それで身分証明できれば、俺が500文かしてやる。ちなみにきみの名は?」


「おお、お兄さん、ありがとう!俺っちの名は、滝川一益たきがわかずます滝川益重たきがわますしげの親族さ」



 それから30分ほど、信盛のぶもり一益かずますは、二人で世間話をしていた。佐々さっさ玄以げんいは、津島に先に、出発したのであった。


信盛のぶもりっち、織田の信長さまってどんなひと?流れてくる噂だと、馬鹿とかうつけとかなんだけどさ」


「んー。うちの殿とのは、馬鹿だよ。薬のつけようのない馬鹿。そもそも、この合婚ごうこん、言い出したのもうちの馬鹿だし」


「へー、合婚ごうこん企画なんて、他国よそじゃ絶対ないよ!うらやましいわー」


「うらやましい?こっちは振り回されて大変だよ」


 一益かずますは、うんと2度、頷き


「俺っち、3男坊なんだけどさ。運よく、北伊勢きたいせの豪族、関氏の家臣にはなれたんだけどさ。ちょっとしたことで怒りを買っちゃってさ」


 一益は両手を宙に投げ出し


「クビにはなるわ、まとまりかけた縁組も破談になるわでさ。3男坊だから、もう、お先真っ暗。夜盗にでもなろうかと思ってたら、立て看板、張ってた、一豊かずとよっちに出会ってさ。運命感じたわけ」


 ふむふむと、信盛のぶもりは右手であごをさすりながら


「で、織田家に仕事と、嫁さんをさがしにきたわけと」


「そうそう、そのとおり。信盛のぶもりっち、するどいね」


織田家うちの訓練は厳しいぜ。それでもいいなら推薦状、書くけど?」


「織田家は、お給金でるらしいじゃないの。なら、がんばっちゃう」


「起床後、朝いちばんに20キログラムの米俵かついで、5キロマラソンだけど、いける?」


 えっ、と驚きの顔を隠せない一益かずます信盛のぶもりはさらに続ける


「そのあと、槍、鉄砲の訓練。夏ならさらに、水練つき。ただし、朝、昼のめしは出るぞ」


 んんーっと一益かずますは、首をひねって考えている


「お、お給金はいくら出るのかな?」


「一兵卒なら、月に2貫(=20万円)だ。足軽組頭になると、月5貫。城主になれば年収2000貫だって夢じゃない」


「うへえ。お、織田家はすごいなぁ。お、俺っち、がんばる!」


 一益かずますは、先日まで北伊勢きたいせの豪族の下、働いていただけあって、体格はしっかりとしている。だが、織田家の訓練は甘くない。最初の一か月は、朝いちばんのマラソンだけで、げーげー言うことになりそうだ。


「おっし、じゃあ、ちょっと待ってろよ。すぐにでも推薦状を書いてやる」


 信盛のぶもりはそう言い、城の書斎に向かっていく。一益かずますは、しばらく庭にて待つことになった。


「よお、お待たせ。これが推薦状だ、失くすなよ。それと、殿とのは今、津島に行っている。運が良ければ、そこで出会えるだろうさ」


信盛のぶもりっち、ありがと」


 そうこうしてる間に、ちょうど、滝川益重たきがわますしげへ出していた使いのものが戻ってきていた。


「お、いいところに戻ってきたな。ふむふむ、ははぁなるほど、なるほど」


 信盛のぶもり益重ますしげからの書状を読み


一益かずます、とりあえず、500文は俺が立て替えといてやる。あと、今度でいいから顔を見せろってさ」


「やったぜ。信盛のぶもりっち、感謝かんしゃだぜ。益重ますしげ兄貴には、合婚ごうこんが終わったあとにでも、会いにいくさ」


 そうかそうかと、信盛のぶもりは頷き、さてとばかりに


「じゃあ、俺も準備して津島に向かうが、一益かずますは、どうする?いっしょにいくか?」


「お、いいの?信盛のぶもりっちが一緒なら心強いぜ」


 この男の人柄がなせる技なのか、すっかり二人は、うち溶け合っている。じゃあと、信盛のぶもり


「30分ほど時間をくれないか?ささっと済ませてくるわ」


「はいよ。信盛のぶもりっち。じゃあ、その辺で時間つぶしてくるわ」


 そう言い、一益かずますは、城の庭のほうへ歩いていったのだった。

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