第12話 ー千客万来の章 4- 祭りだ 全員集合

 清州きよす騒動から3日後、尾張おわり中の町々で立て看板が張られた


 曰く、合婚ごうこんが津島で執り行われること。


 曰く、女性は参加費、無料ただとのこと。


 曰く、参加男性の多くは、桶狭間の戦いで勝利に貢献した強者たちであるとのこと。


 曰く、身分の差、出自に関係なく参加できるとのこと。


 この話は、近隣諸国の美濃みの北伊勢きたいせにも、広がりを見せていた。



 美濃みのの稲葉山城主、斉藤義龍さいとうよしたつは、この話を聞き


「うっほ。あのうつけ、また変なことを考えてやがる。どうせ、先の今川とのいくさも、偶然に偶然が呼び、勝利したのだろう」


 斉藤義龍さいとうよしたつは上機嫌に


「下級兵士をそこまで手厚く保障する意味があろうものか。あのうつけが尾張おわりを治める限り、先はないわ、うっほっほ」


 この時代に、一般的に下級兵士の給料は支払われてはおらず、恩給のかわりに他国の村を略奪していいとの免状が渡される。略奪には当然、人さらいも含まれている。

 合戦後の人身売買において、さらわれたり、捕虜となった者は、その家族が身代金を払うことで解放される。これがなかなか良い金になり、武将同士の戦いでも命をとるより捕虜にすることを優先する者もいた。


 戦国の世は、武将伝よろしく、きやびやらかな側面を持ちつつも、被害を受ける民にとっては生き地獄でもあった。



 尾張おわりにほど近い、稲葉山城・城下にひろがる町や農村に、合婚ごうこんの話が飛び込んできた。はじめ、その話を聞いた美濃みのの住民たちは、半信半疑であった。そんなうまい話がこんな世の中にあるわけがないと。


「信長さまは考えることはアレっすけど、民が好きなんッス。だから、きっといいことやってるんッス」


 がっしりとした体格の美丈夫な行商人が、そう言った。


「でも、参加したら、二度と美濃みのにもどってこれなくなるんじゃ。義龍よしたつさまは、織田をきらってるし」


「大丈夫ッス。たぶん、信長さまなら移住先も用意してるッス。というより、こんな商売もしにくい土地で暮らすより、心機一転、新天地をめざすのもいいと思うッスよ」


「とはいっても、家族に迷惑がかかる。むりだ…。ああ、信長さま、この村を占領してくれないかな」


 ははっと農民たちは乾いた笑いをする。信長の兵たちは給料をもらっており、さらに給料をもらうかわりに略奪を禁止されている。美濃みのの領民には評判がよかったりするのだ。


「わ、わたし、行ってこようかな!わたし、3女だし、いてもいなくても家にはもともと迷惑もかからないし!」


「おっ、いくッスか?舟をだしてるとこくらいまでは護衛するッスよ」


 わたしも、わたしもと、10人近くの妙齢の女性たちがでてくる。


「このまま、この村にいても、婿むこももらえないし、下手すれば市にうられちまう。それならいっそ、新天地にむかうよ」


「わかったッス。じゃあ、離れないようについてくるッスよ。家族とは今生の別れになるかもしれないッスから挨拶はしとくッス」


 そんな家族柄でもないんだがねぇと、女性たちは少々悪態をつきながらも、家に一旦、帰っていった。

 行商人は連れの10人の男たちに指示を飛ばし


「おっし、この村は成功ッス。時間がないから、ここの女性を舟場に送ったら、次の村にいくッスよ」


「わかりました、前田さま!」


 前田利家まえだとしいえは、今、信長より密命をうけて、行商人に扮して、美濃の村々を回っていた。そこで合婚ごうこんの話を広め、女性たちの参加者を保護し、尾張おわりの津島に送る任についている。


「思ったより、あまり、ひとが集まらないッスね…」


 事実、各大名は、村からひとが流出しないように、もし、逃げるものあらば、村や家族に制裁をくわえる。したがって、家を継ぐ長男や、もしもの場合の次男、そして長女は、ほとんどその領地から出ることはできない。常時、家族を人質に取られているようなものである。


 ただし、部屋住みの3男坊、4男坊、3女などは、そもそも家族にカウントされない場合が多い。そのため、ある程度は自由なのだ。


「まあ、数をこなすのが一番ッスかね」


 そうこうしているうちに、さきほどの女性たちがもどってくる


「またせたね。そういえば、あんた、名は?」


前田利家まえだとしいえッス。とある理由で浪人してるッスよ」


「ふーん、まあいいか。あんたも尾張おわりに行って、織田家に仕官するつもりかい?」


「できれば、そうしたいッスけど、美濃みのでまだやることがあるッス。それが終われば考えるッスよ」


「そうかい?じゃあ、ま、舟場までの護衛頼むよ、利家としいえさん」


 利家としいえ一行は、舟場に向けて出発したのだった。



 一方、北伊勢きたいせの国境付近の村では


「ようよう、兄ちゃん。この立て札の話、マジ?」


 町人にしては身は引き締まっており、伸長165センチメートル程度の男は、その伸長と変わらぬ長さの槍の穂先に革をかぶせて、それを左肩に預け、食い入るように立て札を見ていた。


「なあなあ、男性参加費500文って高いよね。まけてもらえないのかな?」


 話しかけられたのは、織田家足軽組頭の山内一豊やまうちかずとよである。一豊かずとよは、立て札の内容に食いついた男をまじまじと見ながら


「ここの北伊勢きたいせの豪族、関氏に仕える将でござろうか?」


「んや。その関の野郎にいとまを言い渡された、しがない浪人さ」


 男は、へっと鼻を鳴らす。


「ふむ。そうであったか、それはいらぬ詮索、すまぬ」


「いいってことよ。で、この立て札のことだけど、他国の浪人でも参加可能なの?」


 一豊かずとよは答える


「ああ、もちろん。男なら参加費を払ってもらえれば、一向にかまわぬ」


 男は、そうかそうかと頷きながら


「確か、織田家にはうちの親族が仕官せわになってるはずだ」


「ほう、誠か。そういえば、そなた、名はなんともうすか」


「俺か?俺の名は、滝川一益たきがわかずます


「滝川、滝川。ああ、滝川益重たきがわますしげ殿の親族でござるか」


「そうそう。その通り。んー、500文かー。益重兄貴に借りるか。いま、益重兄貴はどのへんに勤めてるんだ?」


「わたしの記憶が正しければ、確か、清州きよすだったはず」


「そうか、ありがとさん、役人のひと。そういや、あんたの名前、聞いてなかったな」


山内一豊やまうちかずとよでござる。わたしも、合婚ごうこんに出席するゆえ、もしかしたら、また会えるやもしれぬな」


一豊かずとよっちか、いい名だ。あ、知りあったよしみだ、いいこと教えてやる」


 一豊かずとよは、何々と耳を傾けると


「ここから10キロメートルも西にいけば、関のやつの支配下だ。もし向かうなら、変装なりして向かうといいぜ。それじゃな!」


 滝川一益たきがわかずますは、清州きよすに向かって歩き出した。一豊かずとよは、これから先、この男に世話になりそうな予感を感じていた。



 時は進み、9月初旬、村井貞勝むらいさだかつと、木下秀吉は、津島にて宿の手配と、会場の設営に追われていた。


「うっほん!続々と合婚ごうこん参加の娘たちがやってきておるのじゃ。秀吉殿、宿を追加手配するのじゃ!」


「は、はい。3丁目の宿5件にも、あ、空き部屋を確保しておきます!」


「設営用の材木が足りぬのじゃ、それと大工の追加手配も頼むのじゃ!」


「な、那古野なごや城の勝家かついえさまに、し、資材の搬入と、力自慢の大工たちを、す、すでに手配してまっす!」


「食材の調達のほうはどうじゃ?あと料理人は清州きよす城の城付きも、呼んでくるのじゃ!」


「は、はい!の、信長さま付きの料理人も、つ、つれてまいります!」


 津島では収穫祭も同時に行われ、さらに合婚ごうこんという、初めての試みのため、現場はてんやわんやの大騒ぎである。



「すいませーーーん!すいませーーーん!合婚ごうこんの立て札見てやってきたんですけどお。どうしたらいいですか?」


 10人ばかしの女性の団体さまが、会場の入り口にたたずんで、だれかいないかと声をあげている


「はーいはいはい。お嬢様がた、こちらですよ、どうぞどうぞ。こちらの帳面に記帳してくださいねー。そのあと、宿にお送りしますんで」


 と対応してるのは、織田信長本人である。彼は異常な祭り好きである。大名でありながら、すすんで下働きを買ってでていた。


「あ、あのー。の、信長さまにあんなことさせて、い、いいんでしょうか。確かに助かります、が」


「うっほん。どうせ、止めたところで、あの馬鹿がやめるわけがないのじゃ。まだ、目に見えるところに置いておいたほうが安全なのじゃ」


 清州きよすで暇そうにしていた信長が、あれよこれよと、合婚ごうこんのイベント内容に口を挟んでいた。これ以上、いらぬアイデアを出されていては、たまらぬと、信長を津島に呼び出し、仕事を与え、動いてもらっていた。


「はいはい、10名様ごあんなーい!お部屋は、5人1組で相部屋になるけど、我慢してねー」


 信長のいきいきとした楽しそうな姿を見、貞勝さだかつと秀吉はうなづきあい、いそいそと自分たちの仕事に戻った。

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