第11話 ー千客万来の章 3- 内政は筋肉だ

 次は開催時期だ。おふれと準備の期間を考えると


「く、9月中旬の、稲の、か、刈り入れが終わったあとがよろしいか、と」


 木下秀吉きのしたひでよしがおそるおそる進言する


「お、織田家では兵農分離が、す、進んでいるものの、他家よそはまったく、そ、そんなことは行っておりません」


 秀吉は続ける


「ちょ、町民ならともかく、農家の場合なら時間があるのは、の、農閑期の時期だけですし、あ、あと、あまり開催時期を遅らせると、織田家うちの兵士たちがま、また…」


「そうですねー。準備に手間取りすぎて、冬になれば交通の便も悪くなりますし、かといって、早すぎても、他国は稲刈りですか」


「うっほん!準備に関しては、自分たちに任せてもらうのじゃ!」


 村井貞勝むらいさだかつは、さきの失態を返上するべく、意気込んでいる。


「兵士300名、女たち300名、その他で計700名。宿の手配、会場の手配など2週間で取り仕切ってみせるのじゃ!」


 さすがは織田家きっての名役人。こういう内政ごとなら、うってこいである。


「わ、わたしも、お、お手伝いさせてく、ください!」


 秀吉がすかさず挙手をした


「こ、後学のために、ぜひ、ご、ご同行させてください!」


「うっほん!その意気や、よし。しっかり、わたしの手腕、見て盗むのじゃ!」


「会場や宿の手配は、これで安心ですね。玄以げんい。ここに」


 ははっと前田玄以まえだげんいは呼ばれて、身を前にだす。


「あなたは佐々さっさを連れて、清州きよすの町に、独身用と家族用の長屋を1千ずつ建築しなさい」


 長屋とはいまでいう、平屋建てのアパートみたいなものである。清州きよすには、500の独身用、そしてもう500の家族用の長屋がすでにはあった。信長は言う


「この合婚ごうこん。うまくいけば、一気に妻帯者が増えるでしょうし、それに噂をききつけ、兵士になろうという若者も増えることでしょう」


「なるほど、まさか、合婚ごうこんにそれほどの力があろうとは」


 前田玄以まえだげんいは、ほうほうと感心する


「でも、まだまだ足りませんからね。とりあえずの2千増築です」


 信長はつづける


「それと佐々さっさ。あなたは槍一辺倒ではなく、内政手腕も磨いてもらいます」


「ん…。それ、必要なの?」


「はい。織田家うちが大きくなるにつれ、城代しろだい、城主など、全然、ひとが足りません」


 現状、脳みそ筋肉が那古野なごや城・城代しろだいを務めているほどだ。内政ができる人材はあって困ることはない。


「ガハハ!それほど難しく考えることはないでもうす。筋肉が自然と応えてくれるでもうす」


 脳みそ筋肉は、こう見えて、開墾、建築、城の修繕をこなしてしまう。数字を扱うのは苦手だが、こと、力が関連することはそつなくこなすから、筋肉はおそろしい。


「筋肉ってすごいなー」


 信盛のぶもりは、宙を眺めながら白々しく言う。


「ん…。わかった。挑戦してみる。玄以げんい殿、ご指導、よろしくお願いいたします」


「あい、わかり申した。しっかり鍛えてみせましょうぞ」


 前田玄以まえだげんいは弟子を得て、少し昂揚している。筋肉談義はびこる織田家のなかで、内政談義できる仲間は貴重なのである。


「こ、困ったことが、あ、ありましたら、【大胸筋が応える内政のしくみby細川藤孝ほそかわふじたか】の写本を500文(=5万円)でお譲りします!」


 猿が商機とばかりに写本を売り込んでいる


「ん…。一冊、買おうかな」


「毎度、あ、ありがとうございます!玄以げんい殿もどうですか?」


「高名な細川藤孝ほそかわふじたかさまも筋肉まみれに…。でも、気にはなりますね。1冊もらいましょうか」


「お、お買い上げ、ありがとうござま、す!」


 なんか着実と若い衆にも筋肉汚染がすすんでるなーと、思いつつも口に出したら巻き込まれるので、信盛のぶもりは黙っている。


「あ、言い忘れてましたが、佐々さっさと、玄以げんい。あなたたちも合婚ごうこんには出席してもらうので、長屋にかかりっきりにならないように注意してくださいね」


 と、信長はいう。さらに


「のぶもりもり、あなたもですよ。もういい加減、結婚しなさい」


「えー、そういわれても、俺、面食いだからさー。あと、ぼん、きゅっ、ぷりっじゃないとー」


「童貞こじらせすぎて、脳みそ筋肉以下になったんですね、かわいそうに。先生の不注意でした」


「ちがいますー。童貞じゃありませんー」


 実際、信盛のぶもりは部下をつれて、町で遊女を買っている。えらくなったら、その分、金をつかえ。貯金だけじゃ経済がまわらないと、以前、信長は言っていた。だから、部下に遊女をおごっている。という言い訳のもと、自分も楽しんでいる。


「おや、女性にはもてなさそうですが、意外と遊んでるんですね」


「ま、まあ、お、お金で解決?」


 きょどきょどしながら、信盛のぶもりは答える。やれやれといった顔をした信長は


「あなた、遊女でもいいから側室にするなりって、あっ、正室いませんでした、先生、失言です」


「うおい。泣くぞ、泣いちゃうぞ?わりと本気で泣いちゃうぞ!」


「ガハハ!信盛のぶもり殿は、いい人でもうす。いい人だと逆にモテないと言われてるでもうす」


 筋肉がどこかしらから引っ張ってきた一般論めいたことをいう。信長は悪ノリし


「確かに、いい人ですね。ほんといい人どまりで終わりそうな感じ、ぷんぷんします」


「うっせええええ。なら、見せてやるよ。本気になった俺の力ってやつをさ!」


「のぶもりもりって、なんか、遊女に言われたことを本気に思ってそうな人ですよね。まだまだ若いとか、会話が上手いとか、大きいとか」


「うきょええええ!よっし、わかった、そこまで言うなら、殿との。俺に合婚ごうこんで、彼女ができたら、なんかください。殿とのの大事なもの」


 ほうと、信長は思案した。これは面白いことになってきました。しばらくして


「では、のぶもりもりが合婚ごうこんで見事、彼女ができましたら、わたしの愛蔵品の茶器の中からひとつ、すきなものを選ばせてあげましょう」


 信長はさらに続ける


「もし、彼女ができなかったら、結婚相手を先生が指名するということでいいですか?」


 信盛のぶもりはにやりと笑う


「うっし、決まりだ。あとで後悔すんなよ、殿との!」


 熱くなっている信盛のぶもりを見て、村井貞勝むらいさだかつは、また殿とのに乗せられおって、懲りないやつだと内心おもいつつ


「うっほん。では、開催時期でござるが、稲刈りが終わり、各地で祭りが執り行われる時期の9月中旬ごろ行うのじゃ」


 貞勝さだかつは続ける


合婚ごうこんの期間は1週間おこなうのじゃ。良縁が成立した者たちは、役所で手続きしたあと、清州きよすの長屋に引っ越す準備をしてもらうのじゃ」


 ではと、信長が受ける


「良縁成立して、清州きよすに移ってくれるものには、城から金子きんす1枚を補助金として出しましょう。あと子供が生まれたものにはさらに金子きんす2枚を贈りましょう」


 金子きんす1枚とは、3人家族が半年で食べる分の米が買える。


「なるほど。産めよ増やせよとは、まさにこのこと。さすがは殿との。転んでもただでは起きないですね」


 玄以げんいは、感心する。人口の増加は、純粋に国力増加につながる。この合婚ごうこんがうまくいけば、他国からの若い男女の流入が増えるであろう。


「うっほん。合婚ごうこんと言い出した時は、この馬鹿はと内心、思いましたが、まさかここまでお見通しだったとは。感服つかまつるのじゃ」


 信長は、えっ、と応える。そして、ごほんと咳払いをし


「ははは、当然じゃないですか、やだなーもう」


 佐々さっさは、じと目で殿とのを見ながら、つぶやくように


「ん…。そんなわけがない」


 ははは、はははと、信長は笑い続けていた。



 緊急会合から2時間後、村井貞勝むらいさだかつは、清州きよす城門前に立ち、兵士たちに、こう告げた。


【ひとつ、合婚ごうこんは、つつがなく執り行われることとなった】


【ひとつ、開催場所は、那古野なごやより西10キロメートルのみなと町、津島で行う】


【ひとつ、開催時期は、9月14日~21日の1週間である】


【参加費用は男は500文(=5万円)、女は無料ただ。ただし、合婚ごうこんで良縁成立したものには、清州きよす移住への補助金を出す】


「子細は追って連絡するので、町の立て札等を見逃さぬように。以上であるのじゃ!」


 うおおおおと兵士たちが雄たけびをあげる。デモの首領、飯村彦助いいむらひこすけが胴上げされている。


「俺たちにも春がくる、やったー!」


「時期的に秋だけどな!」


「お、おれ、生きててよかった!」


 一部の兵士たちは、両ひざを地面につき、両腕を宙に放り投げ、涙している。


 胴上げを終えた兵士たちは、村井貞勝むらいさだかつの前で、全員、正座から頭をさげた。飯村彦助いいむらひこすけが代表して言う


「我ら兵士一同、一層の忠心を持って、織田家に仕えます!」


 雨降って地固まるとは、まさにこのことかと貞勝さだかつは思うのであった。

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