第4話 -桶狭間の章 4- 天は馬鹿を愛している
今川義元は陣幕内の椅子に座り、遅めの昼食を取っていた。山菜、汁、おこわの握り飯といった簡素なものである。ここは戦場。いつ敵がくるやもしれぬゆえ、ゆったりと構えているわけにはいかなかった。
「ひと月。この
義元は重々しく口をうごかし、握り飯を汁で胃に詰め込んだ。だれぞ、ある。その一言に近習のひとりが義元にかけより、足を折り曲げ、腰をひくくし、聞き耳をたてた。
「全軍、昼食後、本陣を移動させる。向かうは岡部が守る、
ははっと近習のひとりは答え、伝令を行いに陣幕外にでていったのである。
「さて、
このとき、よもや1km先に信長がひそんでいるとは、さすがの今川義元にも予測はついていなかったのであった。
19日午後1時30分。雨はすでにあがっていた。ここ、
今川軍前方の林から400あまりの軍勢が現れる。最初、今川方は味方かと思い、気にもとめていなかった。だがしかし、その軍団の前にひとりの若武者が、右手を天高く掲げ、皆に号令をかける。
「前方に見えるは敵の本陣!皆の者、
若武者はさらに続ける
「
若武者の激は止まらない
「ただ真っ直ぐ駆けよ!きみたちの活躍は、この織田信長が見届ける!いざ出陣!」
おおっとの
対して右翼200名を率いるは、
陣幕の外がさわがしい。酒にうかれて喧嘩でもはじめたのかと、
「て、敵襲でございます!その数、およそ2千から4千!」
義元は怒りをあらわにし
「2千から4千の大軍を、
近習は萎縮し
「な、なにぶん。朝からの雨のため視界が悪く…」
「ええい!言い訳は無用!ここより脱出する!
そのとき、本陣後方より
「今よりここは死地。前方の軍に伝令を送り、救援を待つ!!」
今川義元ほどの手練れといえども失敗を犯すものである。されども挽回する余地はあり、そこに
「ほ、包囲されていると、か、勘違いしてくれたでしょうか?う、うまくいけば、これでしばらく
先ほどの轟砲は、少ない人数を利用して、今川本陣の後ろに回っていた秀吉が、鉄の棒と思いきや、20丁の鉄砲による射撃音であった。20丁といえども、1km四方に轟音を響かせるには十分であり、音をもって大軍が後方に配置されていると錯覚させたのである。
今川義元の軍勢は完全に浮足だっており、5千いた兵のうち、半分は戦う前から瓦解しはじめていた。そこに赤と黒の2本の
ついには、打ち倒した敵が地面につっぷしながらも両腕で足にまとわりついてきたのである。
「くっ、は、離せ!」
前方より今川方の兵が槍、刀を構え、殺到してきていた。万事休すかと思った、その瞬間、別の黒が
「死兵を甘く見てはいけないといったはずだ」
「俺が支えてる間に、軍を整えよ。
はっと短く、
織田軍は先陣の左翼200(利家)、右翼200(佐々) 中陣の500(河尻)、そして信長本隊である後陣800で、必死の抵抗を続ける今川勢1000と対峙していた。確実に追い詰めてはいる。
だが、義元に逃げられては元も子もないのである。交戦を開始して30分を過ぎようとしていた。秀吉の苦肉の策の効果もそろそろ切れてこよう。
午後2時、ここでひとつの奇跡がおきた。あがったはずの雨がまた降りだし、土砂降りの豪雨となったのである。そして、まばゆいばかりの光が、
ぐああとも、ぐおおとも判別のつかない声が今川陣幕そばで唸っていた。天からの光が直撃したものが数名いた。さしもの死兵も、我に返り、恐怖におののいてしまった。
その
「さあ、今こそ、義元の首、頂戴つかまつる!」
まさに
「織田方、毛利新助が、今川義元に槍をつけもうした!!」
おおおと、どよめきがおこる。信長はすかさず、宣言した
「今川義元、討ち取ったり!皆の者、鬨の声をあげよ!」
そこかしこから、えいえいと、おおの声がこだましている。
1560年5月19日 午後2時10分 今川義元は、尾張の小大名、織田信長に討たれた。この事変はただちに全国に知れ渡り、信長の勇名は一挙に天下に鳴り響いたのでる。
しかし、信長はこのときは、まだ自分の運命がどうなっていくかはわかっていなかった。
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