第15話 紫色の救世主

 四組の救出は無事に終わった。

 僕は歩いていく紗倉さんから五組へと視線を移し、五組で起こった現象についてへ思考をシフトさせる。

「さっきのなんだ……?」

 口からも思わず出てしまうほどに戸惑っている。五組の生徒が自力で五人を吹き飛ばしたのか? 銃を持った相手を人質取られながら相手するなんて、そうそうできるとは思えないが……。

 しかし、その疑問はすぐに解消された。

「やあ、皆無事か?」

 あの現象の原因は、風邪で寝込んでいるはずの藤城先輩だった。

 失礼かもしれないが声を掛けられるまで誰なのか分からなかった。なぜなら彼女もまた、校庭に居る奴と同じように人鎧を纏っていたからだ。

 紫を基調にしたその人鎧は、僕のに比べるとやや細身で動きやすそうに見える。そして右手には日本刀を紫で染めたような武器が握られていた。

 これが先輩の第二形態の人鎧『紫桜しざくら』。そしてその専用武器『紫燕しえん』。

 その迫力だけで強さを思い知らされる。互いに第二形態の人鎧を使って戦ったら、正直なところこの前の洗礼よりも勝てる気がしない。

「高原君、どうかしたか?」

「あ……いえ、綺麗ですね」

「へ?」

 人鎧の中から少し上ずった声が出てきた。どうかしたのかな。

「こんな時に何を言い出すんだ君は」

「いや、その人鎧ホントに綺麗だと思いまして」

「あ、ああ。人鎧の事か……」

 人鎧を纏っていても分かるくらいにがっかりとされる。そしてようやく緊急事態によるフリーズから解放されたらしいクラスメイトたちにここぞとばかりに睨まれた。約三十人で同時に睨みつけてくるとかやめてくれませんか。

「っていうかどうしてここに先輩がいるんですか? 寮で寝ていたはずじゃあ……」

「飯島君からのメールだよ」

「メール?」

 未だ僕を睨みつけている飯島さんの方を見ると、心当たりがないのか首を傾げていた。

「彼女からのメールが急に返ってこなくなったのでな。なんとなく嫌な予感がして来てみたら、こうしてテロリストに占拠されていたんだよ」

「メールが来ないって……それだけで?」

「三十秒以内には必ず返信が来ていたメールが急に五分も来なければ、なにかあったのではと心配もするだろう」

「病人相手にどんな速度で返信してるのさ……」

 ゆっくり休ませた方がいいだろうに……そう思って飯島さんを見ると、顔を赤く染めて穂をぽりぽりと掻いていた。いやここ恥ずかしがるところじゃないから。

「まあそう言わないでやってくれ。風邪はすでにほとんど治っているんだ」

「ならいいですけど……」

「しかし、悪寒に従ってここに来て正解だったな」

「その悪寒は風邪から来てるもんだと思いますよ」

 僕が原因で体調を壊させてしまったことを謝ろうと思ったが、さっき先輩がさらりと言ったことがふと気になった。

「あの先輩……テロリストって?」

「ん? この男たちの事だが」

「なんで正体知ってるんですか? 拷問して吐かせたとか?」

「ここに来る前に事務室を占拠していたものも倒して来たのだがな、そのうちの一人がテレビで見た事ある顔だったんだ。ほら、少し前にテロリストが脱獄したというニュースが流れてたろう? あの男たちがおそらくこの男たちの正体だ」

 遠くで優美が『龍ちゃんにニュースが分かるわけないよね』と小声で言ったのを人鎧を装着している僕は聞き逃さなかった。

 僕を甘く見るなよ。そのニュースだけは偶然見てたんだよ。しかも結構内容覚えてる。

 紗倉さんの水着姿と一緒にな!

「こいつらがあれだったんですね……たしか脱獄したのは、十……九人?」

「もし新しい仲間が増えていなければな。私が事務室で倒した二人と……」

「この階にいた十五人を合わせて十七人……。最低でもあと二人はどこかにいると考えた方がいいですね」

「……保健室か?」

 先輩がそう呟く。保健室にも先生は残っているからそこに犯人がいる可能性は高いだろう。

「それと放送室ですね」

「そういえば何かを放送していたな……」

「先輩はどっち行きます?」

「そうだな……じゃあ放送室にしよう。一回行ってみたかったんだ」

「理由がなんかほのぼのしてますね……分かりました。僕は保健室行ってきます」

 そう言ってからの行動は早かった。廊下に待機していた一組の生徒を各教室に配置し、不測の事態への対応方法を生徒に教えに行かせた。配置されたのを途中まで見て、僕と先輩はすぐにお互いの行き先へできるだけ静かに走り出した。

 先輩は人鎧を付けたまま。僕はやっぱり音が気になるので人鎧は装着せずに。

 できるだけ静かに、しかしできるだけ速く保健室へと走る。

 といっても二階にある一年生の教室から一階に下りて少し歩けばすぐに保健室だ。特に時間はかからない。音を立てないようにしても二分程度で保健室前に辿り着いた。

「あれ……?」

 扉の前で中の様子を探るために聞き耳を立てるがなんというか静かすぎる。中から聞こえる音といえば、なにかの飲み物をすする音とパソコンのキーボードをカタカタと叩く音だけだ。銃を持った男がいるとは思えない。

 扉を少し開けて中の様子を窺う。ちらっとだけ見てみると、地面に転がっている銃が目に見えた。

 え、なんで銃が落ちてるの? それの持ち主は?

「そんな場所に隠れていなくてもいいぞ。テロリストはすでに眠らせている」

 急に聞こえてきた声に反射的に手の中に刀を作ろうとしてしまう。しかしその声に聞き覚えがあるような気がして、保健室という単語を関連させて記憶を探ると該当する人間が一人いた。保健室の主、詩園先生だった。

「先生、この状況は……」

 扉を完全に開けておそらくこの状況を作り出した本人に質問する。なぜテロリストがベッドに横たえられているのか……。

「せっかく新薬を手に入れることができて喜んでいたのに急に銃を持って騒ぎ出したのでな、ちょっとお仕置きして眠らせておいた」

「ちょっと……」

 青い顔をして脂汗を流しながらなにかにうなされているテロリストを見ながら言った。なにをしたらこうなるんだ……今かなりどん引いてるんですけど。無傷なのが逆に怖い。

「知らないほうがいい」

「ぜひ聞きたいんですけど……まあ今はいいです。とりあえずここは無事ということでいいですか?」

「ああ……ところでその腕と足の傷はどうしたんだ?」

 先生はさっき銃弾を避け損ねてできた個所を指さして尋ねてきた。なんの手当てもしていなかったから最初よりは少なくなったとはいえまだ血が流れているままだ。

「あ、これはさっきちょっと撃たれた時に……」

「こちらに来たまえ。治療してやろう」

 近くの棚に歩いていき、その中からコットンやら消毒液やらを取りだした。

「別にこのくらい……」

「一分で終わらせるから早くしたまえ」

 消毒液とピンセットを両手に構えて自信満々と言い切った先生を見て、一応近づいていく。なんていうか、このまま帰るとドヤ顔でポーズを決めている先生が可哀相だった。

「はあ……えっとじゃあ、一分でお願いしますね」

 腕をまくって傷を見せる。重傷というほどではないが、思っていたより深い。痛みに鈍いせいでこういうところで気付きにくいことがあるんだよな……。

「ネットで情報を探していたが、こいつらはこの前脱走したとかいうテロリストだろう? 十人だか二十人だかがいたはずだが、侵入してきたやつらはもう全員倒したのか?」

「まあ……そうですね」

 テロリストたちはおそらくあと放送室だけだろう。しかもそれも藤城先輩にもう倒されているはず。それでテロリスト全員だ。外に居るやつは多分用心棒か何かだろうし、こいつら全員倒して両者間での何かしらの行われているであろう取引が成り立たなくなればこの学校に牙を剥く可能性は低い。

 先生が消毒液を染み込ませたコットンを傷口に当てる。傷口に染みた消毒液にさすがに少しだけ顔をしかめる。

「ホントに簡単な応急処置だけでいいですよ」

 確信はないがこのままなにもなく終わるとは少し思えない、なんせ僕だし。その不安を完全に拭うためにも完璧に状況を把握しておきたい。

 そもそも僕たちはテロリストたちがなんの目的を持ってここに来ているのかすら知らないのだ。紗倉さんを襲おうとしたやつを見た時は女の子目当てだと思ったが、さすがにそれはないだろう。女の子襲うためにわざわざ用心棒まで雇って学校を占拠するってエロゲかなにかかよ。

 エロゲみたいなことは現実には起こらないんだよ……学校に男子一人っていう状況に陥っている僕が言っていいことじゃないんだろうけど。

「腕はこれで終わりだ。次は脚を見せたまえ」

「はい」

 捲くっていた袖を下ろし、次は脚の怪我を見せる。ズボンを脱げと言われたがそれだけは全力で拒否し、破れたズボンの上から傷口を見せるだけにしてもらった。幸いにもこちらの怪我は銃弾が少しかすった程度で、消毒してから小さいガーゼを張るだけで終わった。

「止血も終わったしこれで充分だろう。だが無理な運動は控えるように。あと必ずすぐに病院に行くこと。いいな?」

「はい、ありがとうございました……あの、ずっと気になってたんですけど」

「なんだ?」

「それ、なんですか?」

 僕は机の上に置かれた三角フラスコを指さして質問する。その中には毒々しい色をした液体が入っていて、腕を捲くった時あたりからずっと疑問に思っていた。

「これか? これはさっき言っていた新薬だよ。まだ許可こそ取得できていないがな」

「新薬……ですか」

 明らかに口にした人の命を奪いそうなそれを薬と呼んでいいのだろうか……。

「新薬というか、ドーピングのための薬のようなものだな。これを飲むと一時的に誰でも触れた異能から気を取りだし外から内へと取りこめるようになるんだ。」

「そ、それってかなり凄いものじゃないですか」

「弟が医者をしていてね。それと異立のコネを駆使して手に入れたのだが……いかんせん副作用がひどいらしくて」

「副作用……なにがあるんです?」

 正直飲むだけで害があるように思えてしまうのだが、この薬を作った人のために心の中に留めておいた。あんなもの病院で出されたら絶対に飲まないけど。

「全身に激痛が走るらしい」

「うわあ……」

 見た目通りの効果を発揮するらしい薬に口がへの字になってしまう。

「ふむ、ところで風の噂で聞いたのだが、君は痛みに耐性があるらしいな?」

「どこからそんな話を……」

「巨乳君からだ」

「あいつか!」

 あいつにはプライバシーという概念がないのか! 今回以外にも昔から色んな情報をばら撒かれているんだが!

 僕もあいつのスリーサイズとかばら撒いてやろうか。知らないから適当なことしか言えないけど、まあ全部三ケタの数字を言っとけば大丈夫だろう。

「どうだね、これが終わったらちょっと一杯」

「なにを飲ませる気ですか。その薬だけは飲みませんよ。命に関わりそうですから」

「ほーら、いっきいっき」

「無表情で一気コールされても飲みませんよ!」

 あんなもの飲んでたまるものか。

「気が変わったらいつでも言いたまえ。そこらへんに放置しておくから」

「管理する気ゼロですね……」

 これ以上ここにいても雑談しかしない気がするしもうそろそろ出るか。

 そう思って別れの挨拶を切り出そうとした時だった。

「言い忘れていたが、こいつらの目的は神之校長らしい」

「……は?」

 突然の発言に思わず敬語も忘れてしまう。校長が目的……?

「なんのためにそんなことを……」

「そこまでは知らされていようだ。テロリストの中でも下っ端なのだろうな」

「……情報ありがとうございます。あ、あと手当てもしてくれてありがとうございました」

 それだけ言って僕は保健室を後にした。

 特にどうということもないはずの言葉が心の中に荒波を立てる。言いようのない不安感に襲われ、背中を冷たいものが駆け抜ける。

 こういうときは落ち着いて状況を整理するんだ。そして分からないことを炙り出す。

 そうだ、そもそもこのテロリストはどうやってここに入ってきた? 先生がいなくなるというならこの学校もそれなりに警備を強化するはずだ。それが警報すら鳴らずにここまですんなりと侵入を許すか?

 警報、その言葉が今回とは関係ないような記憶を呼び起こす。

 確か、あれは洗礼が終わった後保健室で優美と先輩と話してる時のことだ。急にサイレンが鳴り響いてみんなびっくりして……それで、先輩いわく去年も同じことがあったとか。

 そこで不思議に思うことがあった。僕と先輩は朝練をしていた時、その不具合を修理しに来たと思われる業者さんに会っている。直したのに直らなかった……?それもあるかもしれないが、もっと可能性の高い話をするならば。

 あの二人もテロリストの仲間。

 そう考えれば警報がならないことにも納得がいく。業者を装って学校内に侵入をわざと警報が鳴らないようにする。

 しかしそれだと矛盾も生じてしまう。

 テロリストが逃げたとニュースで見たのは確かあの業者を装った二人を見た前日だ。

 けれどサイレンの不調は去年から。ならテロリストに犯行は不可能。とすると残る可能性は……あの業者はテロリストではないが共犯者。

 その可能性は高いが、ならなんで今ここにいるのがテロリストだけなんだ?

 そこまで協力したのならここにいてもおかしくないはずだ。さらに言えば今回あいつらが使用してるサブマシンガンやら用心棒を雇うための金だってどこから――

 待て、僕は何を証拠に外にいるやつを用心棒だと判断した?

 なにもしなかったから? いや違う。きっと決めてかかっていたのだ。

 学校を占拠するのはテロリスト。そんな中学生のような妄想のせいで、テロリストらしくないあの人間を勝手に用心棒かなにかだと思ってしまったのだ。

 あの男が用心棒だという証拠はない。しかしあいつが雇われたのではなく雇った側だったらどうだ。去年からのサイレンの不備もテロリストに銃を与えたのだってあいつだったとしたら。あいつを雇う金なんて払う必要はないし、この学校に来たのがテロリストだけで共犯者がいないことにも納得がいく。なんせ共犯者など元から居ないのだから。

 けれど雇った側だという証拠もない。全て僕の憶測だ。

「っと」

 ずっとそんな思考をしながら歩いてきたからだろう、気付くと目の前に一組の教室があった。危うくぶつかりそうになりながら足を止める。とりあえずはみんなに状況報告をしなければ。

「きゃああ!!」

 突然の悲鳴に今度こそ手の中に刀を作り出した。

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