第13話 start of the troubles

 先輩が風邪を引いて合宿を休んだと聞いたのは、一年生しかいない学校に登校してからのことだった。

「大丈夫かな、先輩……」

 隣の席に勝手に座った優美が人差し指を顎に当てながら心配げに呟いた。ちなみに席の主たる飯島さんは窓際で同士たちと先輩の体調回復のための儀式を行っている。

 あまり視界に入れたくない。

「うーん……土曜日に一日中付き合ってもらったからかな……」

 風邪だと聞いてからずっと頭を占めていた考え、ついに言葉にしてしまう。

 もしも僕のせいだとしたらとても申し訳ない……合宿楽しみにしてたみたいだし。

「放課後にでもお見舞いに行かなきゃ……」

「やめた方がいいわよ。アンタが女子寮なんて行ったらその瞬間蜂の巣にされるわ」

 優美の後ろの席に腰を下ろしながら、紗倉さんが言った。

 こうやってちょくちょく話しかけてくれるあたり、学校でアウェイな状況にある僕を意外と気にかけてくれているのかもしれない。

「別にあれくらいなら避けられるし……」

「その言葉、他のクラスの女子に言ってきなさいよ」

「ははは、無理無理」

 まず間違いなくそんなことをしたら殺される。しかもかなり残酷な方法で。

「アンタも大変ね。嫌われて襲われて多分もうそろそろ殺されるし」

「恐ろしい予言しないでくれる!?」

「死ぬときは私も一緒だからね、龍ちゃん!」

「重い!」

 そんな会話をしていると、廊下から足音が聞こえた。特別講師の人とかだとまずいし一応みんなにも伝えておく。

「誰か来たみたいだよ」

 僕の一言に教室がどよめく。そして慌てふためきながら席へと戻っていった。

 中にはなぜか堂々と移動先の席を動かない人たちもいて、足を組んで謎の余裕を醸し出している紗倉さんもその一人だった。

「別にそこまで慌てる必要ないじゃない」

 確かに紗倉さんの言うとおりだ。そもそも、足音が聞こえるからといって講師とは限らない。清掃員さんや学校を抜け出そうとしてる他クラスの生徒かもしれない。

 自分の席で扉が開くのを今か今かと待っていると、ふと違和感を感じた。足音が急に小さくなったのだ。いや、なったというか意図的に小さくしたように思える。

「……?」

 そのことに対する疑念が警戒心を呼び起こし、目の前の扉を注視する。しかし、それが仇となり、反応が遅れてしまった。

 奴は後ろの扉から入ってきたのだ。

「全員動くな!」


『この学校は我々が占拠した。諸君らは人質だ。我々の言うことに従っていれば命までは奪わない。繰り返す――』

「そういうわけだから、お前ら全員ここでおとなしくしてろよ」

 サブマシンガンを装備した男が野太い声でそう言い放った。あいつが入ってきた時こそ取り乱していたクラスメイトだったが、何もしなければ助かると聞いてからは多少落ち着きを取り戻して、今は全員近くの席に座ってそわそわとしているだけだった。

 隣の席に座ったままだった優美が不安げにこちらを見てくる。声を出すわけにもいかないので口だけで『大丈夫』と伝えておいた。

 大丈夫と言ったからには何か勝算があるのかと聞かれれば別にそういうわけでもない。ただ単に、この国の警察は優秀だから大丈夫だろうと考えているだけだ。

 僕が積極的に動いてなんとかするという手もあるし、見た限り銃を装備している以外は一般人と大差ないように思える。こいつらが一体何者でどうやってここに入ってきたのかは知らないが、このクラス全員の力を借りればたとえ他のクラスの生徒も人質にされていようとも誰も傷つけずに助ける自信はある。……けどまあ、素人の僕が状況を引っ掻き回すよりもプロの皆様に任せておいた方が成功率は高いだろう。

 入学前にも何度もお世話になった警察を僕は信じてる。……あ、僕が捕まったってわけじゃないよ?

「くくっ」

 銃を持った男……略して銃男が急に含み笑いをした。その下卑た笑い方は年頃の乙女たちを怯えさせるには充分だ。

「ここの生徒はレベルが高いな……男子が一人いるのが難だがまあいいか」

 ……何の話をしてるんだ?

 そう思って独り言の続きを待っていると、次に聞こえたのは男のものではなく女の子の押し殺された悲鳴だった。

「ひっ……!」

 視線を向けるとクラスメイトの一人が男に肩をさすられていた。

 そのまま銃男は前列の生徒一人ひとりの肩をやら首やらを撫でながらゆっくりと前へと歩いてくる。そしてそのまま次の列へと進んでいき、紗倉さんの前で止まった。

「お前、もしかして紗倉朱莉か?」

「……だったらなによ」

 気丈に対抗している紗倉さんだが声が微かに震えていて、瞳にも恐怖の感情が露わになっている。

 変なことをすれば皆に危害が加わると自分に言い聞かせ、飛び出しそうになるのを必死で抑え込む。

 拳を強く握りしめているせいで爪が食い込み、血が垂れていることにようやく気付く。

「すっげえなこの学校! まさかアイドルとヤれるなんてよ!」

 その言葉を聞いて紗倉さんの顔が一気に青くなる。その顔を見てより楽しそうな笑い声を上げる。

 血が出ている拳をさらに強く握りしめる。堪えろ僕。変に動いちゃだめだ、ちゃんとタイミングを考えてないと事態は悪化するだけだ。

 炎を出しそうになるのを抑える、殴りかかるとする手を無理やり留める。今にも飛び出しそうになる体を必死にその場へ縫いとめる。

「い、や……」

 けれど、今にも泣きだしそうな紗倉さんの声を聴いた瞬間、頭が真っ白になってしまった。

 心の赴くままに体を動かす。銃男が紗倉さんに伸ばしていた腕を両手で握り、そのまま木の枝のようにへし折る。

「龍ちゃん!」

 手に力を入れる直前、優美のそんな声が聞こえたが僕が動きを止めることはない。

「……は?」

 腕を折られたことをまだ脳が気付いていないらしい銃男は、さっきまで座っていた僕が急に目の前に立っていることに対してのみ驚いていた。

「僕の友達に手ェ出してんじゃねえよ」

 もう一度握っていた銃男の腕に力を籠める。

 ようやく腕の違和感に気付いたらしい銃男は、折れた自身の腕を視認した途端に脳が痛みを認識してしまったのか顔を激しく歪めた。

「が、あああ――」

 口が完全に開く前に僕が手で抑える。目を見開いた銃男はまだ折れていない方の腕に抱えていたサブマシンガン僕の腹へと押しあてた。

 震える人差し指が引き金を引こうとする。その直前に僕は空いている手に気を込めてサブマシンガンを握り潰す。自らの最大の武器が鉄の欠片になっていくのを見て男の瞳にようやく恐怖の色が浮かび始めた。

「それでいい。そのまま死ね」

 口を抑えている手で顔全体を掴んで、銃のように握りつぶすことを思いついたが、それを実行に移す前に先輩にもらったアドバイスが脳裏をかすめた。

 想いを込める。

 家で何回練習しても上手くいかなかった顕現だが、今なら出来る気がして試してみた。

 込める思いは……胸の中にうずまく止めどなく溢れるこの殺意。

 斬って潰して刻んで殺す。この想い全てを手のひらに集めて。

「……なんだ、簡単に出来るじゃん」

 手の内で顕現された無機質な刀の形をした顕質を握りながら呟いた。握った感じだと、明らかに過去最高傑作と言っていいレベルの強度だ。

 じゃああとは斬れ味だな。目の前に斬れ味を試すのにちょうどいいサンプルがある事だし。

「じゃあ死ね」

 これと言った感情を特に込めずに腕を水平に掲げる。そのまま首をめがけて腕を――

「龍ちゃん!!」

 さっきとは比べ物にならないほどの優美の声がはげしく鼓膜を震わせた。首を狙って動かした腕の動きを思わず止めてしまった。

「だ、ダメだよ! なにしようとしてるの!」

「なにって、斬れ味を試そうとしてるんだけど、別にいいだろ」

「よくないよ! 一旦落ち着いて!」

「……そうだな。今殺したら僕逮捕されかねないし……後でいっか」

 優美に説得されて冷静な思考を取り戻すことができた。銃男を軽く気絶させてから、放り投げる。放物線を描いて飛んで行った銃男は黒板に背中をぶつけてから床に落下した。

 手の中に作っていた小刀型の顕質を粒子にしてからクラスに問いかける。

「さてと……これからどうする?」

 このクラスの危機はひとまず去った。が、おそらくは他のクラスも似たようなことになっているだろう。いや、このクラスには一人しか来なかったが、他クラスは復数人いる可能性もある。

 間違いなく連絡を取り合っているはずのこいつらが、急に一人と連絡が取れなくなったら何をしでかすか分からない。さっき少し大きな声で優美が叫んでしまったしなおさらだ。

 ……それだけじゃない。この男だけが女の子目当てで来たとは正直思いにくい。こいつらを倒さなければ、紗倉さんがされそうになったことを他クラスの子もされてしまうだろうというのは簡単に想像できる。僕のクラスメイトたちはそのことを考えてもここで警察が来るのをのんびりと待っているのだろうか。

 それとも。

「ほ、他のとこも助けに行くわよ! 決まってるじゃない!」

 優美あたりが最初に声を上げるだろうという僕の予想を裏切って、一番乗りは紗倉さんだった。

「大丈夫?」

「当たり前じゃない! この程度何でもないわ!」

 瞳にたまっていた涙を手の甲で拭いながらいつもみたいな強気な声音で断言する紗倉さんを見て思わず笑みがこぼれた。

 この中で一番怖い思いをしただろうに、ノータイムで答えを出した彼女は……変な言い方になってしまうけど、まるで昔の僕を見ているような感じで背中がむず痒くなる。

「みんなは?」

 返答はない。ただ皆は強く頷いていた。

「よし、じゃあ……こいつら全員ぶち殺そう!」

『それは嫌!』

 僕とみんなの心はいつになったら一つになるのだろう。

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