第12話 必殺技の練習には細心の注意を払いましょう
土曜日、時刻は八時半。
平日に比べれば人通りの少ない歩道。その歩道の途中で異様な存在感を放っている光耀高校の正門の前に立ち、僕は先輩を待っていた。学校で先輩にまた会った時に詳しい時間の調整をし、待ち合わせ時間は九時に決まった。
どうも昔から待ち合わせに早く来すぎる僕は、今日も今日とて早く来てしまっていた。ちゃんとちょうどいい時間に来れるようにするのが今年の目標だ。具体的には十分前くらいかな。
しかし、あと三十分どうやって過ごそうかな……。新しい技でも考えるか……。
「おや?」
僕が新しく思い付いた技名『
「おはよう、高原君」
「おはようございます、先輩」
どうやら、礼に始まり礼に終わるという日本の精神を重んじているらしい先輩と、朝の挨拶を交わして校門をくぐる。二人とも来たときからすでに体操服だったので更衣室に寄る必要はない。
中学校のころは、休日でも部活の練習に励む人たちの声が学校全体を包み込むように響いていたけど、この学校は不気味なくらい静かだ。
防音設備が完璧なのかな? それとも誰もいないのか?
「静かですね」
「今日はどの部活も休みだからな。来週の月曜日から始まる合宿の準備期間だそうだ」
先輩の言葉を受けて、記憶の海へダイブする。
えーと、来週の月曜は……確か二年生が合宿で、三年生が修学旅行だったっけ。
「二日も休みはいらないと思うんだがね。まあそのおかげで物音一つしない学校を堪能できるのだから、良しとするよ」
「はあ……」
先輩の基準がよく分からないものの、先輩がいいならいいのかな。
校門からは結構遠い、お馴染みの第三トレーニングルームへの道をのんびりと歩を進める。
「二年生も三年生も……一泊二日でしたっけ。ってことは月曜と火曜の二日間は一年生しかいないんですか?」
「毎年そうだよ。月曜日と火曜日は一年生だけ、他は保健室の先生と事務員さんが残るだけだ」
保健室の先生って、旅行とかには必ず付いていくものだとばかり思っていたけど、そんなことはないのか。もしかしたら金持ちの異立のことだし、本物のお医者さんでも連れて行くのかもしれない。
「本格的に僕達しか残らないんですね」
「そうなるようにわざと予定を組んでいるらしいからな。なんでも自立を早めるためだとか」
なんというかこの学校は本当に変わってる。この前の洗礼といい、今回の自立といい、生徒を少しでも早く優秀な戦士にでもしたいのか? ……って、そういや他校がどんな感じか知らないや。
先輩と修学旅行の行き先について雑談をしているうちに、第三トレーニングルームまでたどり着いた。扉を開け、中に入ればそこには当然誰もいない畳と鏡だけの――
「あれ?」
――部屋のはずが先客が来ていた。
その人たちの服装はここの制服ではなく、ジャージや体操服でもなく、緑色のツナギだった。この人たち確か……前に学校の設備の不具合を確かめに来た人たちだ。
「今日は点検があったのか……? 聞いていないが」
先輩が首を傾げながら独り言を言っている。確かに、点検がある部屋は普通は生徒が立ち入らないようにするものだろう。まさか異立はそんな普通すら存在しないのか?
「あのー、今日ってここ使えますか? 僕たち何も聞いてないんですけど……」
「え? えーと……ああ、大丈夫ですよ。今片付けしてるんでちょっと待っていただければ……」
「分かりました、待ってますね」
扉を閉めて作業員さんの気を散らさない程度のボリュームで先輩と雑談をしてトレーニングルームが空くのを待つ。
この前の戦いは楽しかったな、とか、進化して使ったから勝った気がしないなんていった本当にただの雑談だ。
その雑談のせいで危うくまたセクハラ大好きっ子にされかけていたあたりで扉が開いた。
「違うんですって! 中学時代に女子更衣室に突撃したのはトラブルが――」
「あ、あのー終わりましたけど」
「あ、はい。ありがとうございます」
去っていく作業員の方達に冷静を装いながら軽い会釈をして、第三トレーニングルームへと足を踏み入れる。
「ふう……色々とあったが気を取り直して特訓を始めようか」
「はい……あ、あの女子更衣室に突撃したのは……」
「大丈夫、ちゃんと分かっているさ」
「先輩……!」
「異性に興味があるのはいいことだからな。だが、セクハラは本当にダメだぞ?」
「……もうそれでいいです」
先輩に可愛らしく首を傾げられながら言われてしまえば、冤罪だろうと認める他ない。
とても集中が乱された気もするが……。
「どうかしたか? 元気がないが」
「いや、大丈夫です……よし、やりましょう!」
無理に気合いを入れながら、相変わらず人のいない部屋の真ん中へ、現代の日本ではあまり味わえない畳の感触を足の裏で感じながら進む。
「やはり畳はいいな。独特の雰囲気を作ってくれる。これなら君も集中しやすいんじゃないか?」
「ですね。畳って滅多に見る機会ないんで気分も高揚しますし」
そんな僕の感想を先輩は意外そうな顔をして聞いていた。
この人、屋敷とかに住んでそうだから畳に接する機会多そうだもんな。いまさら驚いたりはしないのかも。ただの個人的なイメージだけど。
「とりあえず始めようか」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして集合時間からなんやかんやとあったが、ようやく修行が始まった。
「飲み込みが早いな、君は」
修行が始まってから二時間。僕はなんとか一般的な日本刀のようなものが作れるくらいには粒子を操れていた。まだまだ脆いが、最初よりはずいぶんマシだ。この調子でもっと上手く操れるようにならなければ。
「先輩の教え方が上手なんですよ」
「褒めても何も出ないぞ?」
そうは言いながらも顔は嬉しそうに綻んでいる。案外褒められるのがかなり好きなのかもしれない。
先輩は壁に掛かっている時計に目をやる。時刻は十二時ちょっと過ぎ。
「私はそろそろ昼を食べに行くが……君はどうする?」
「もうちょっと練習していきます」
「うむ、ならばそうだな、一時くらいまで休憩にするか」
「そうですね」
「せっかくの休み時間なんだから気分転換でもしてきたまえ。人の集中力なんてたかが知れているからな」
やはり一つの部の長としてそのあたりの管理は得意なのだろうか。効率も考えて休憩の設定をしてくれていた。
「はい。何か気分転換しといてスッキリします」
「うむ。では行ってくる」
片手を上げながら外に出ていく先輩。その姿が扉を潜って完全に見えなくなったのを確認してから僕も粒子の操作ではない、新しい練習を始めた。
必殺技の練習だ!
「どんなの作ろっかな」
鏡に写る自分の顔は誰が見ても心情が分かるほど明るいものだった。そりゃ、必殺技作るのは楽しいもの! 主人公たるものこれは外せない!
頭の中で必殺技をいくつも想像してみる。やはり王道の『とにかくすごい威力の攻撃』が最有力だった。さっきの『龍衝烈哭』をこれの技名にしよう。龍関係ないけどそこらへんは……龍みたいに恐ろしく強い一撃的な意味で。まずは技の内容を第一に考えなければ。
とりあえずは体を動かしながら考えることにしよう。
「ふっ! ふっ!」
時間が過ぎるのも忘れて、ただひたすらに必殺技を作り上げることだけに没頭して、拳を打ち出す。
打ち出される拳は左手のみ。右ではなく左を使うことに特に難しい理由があるわけではなく、単純に僕が左利きだからである。
「んー、パンチと……人鎧の付けてる時は腕に炎を纏うことは決まったけど……なんか根本的な部分が足りてないんだよなあ」
ごちゃごちゃと頭の中に流れる色んなものを無視して、とりあえず何も考えずに実践する。腕全体に力と気を込めて、そのまま何もかもぶち壊すイメージで思いきり!
「龍衝――」
ガララッ
「あ」
扉を開けて入ってきた先輩と目が合う。お互い動きが止まったままただ見つめあう。見つめあうとおしゃべり出来ないというが、まさかこんな所で味わうことになるとは思わなかった……。
「え、えっとなぜここに?」
顔が熱くなることを感じながら、食事に行ったはずの先輩がここに居る理由を尋ねる。
なぜ! なぜここにいる!
「いや、なぜと言われても……」
先輩は少し困ったふうに頬を掻きながら、鏡張りの壁の左側、掛け時計以外には何もない壁を指しながら答えた。
「あと五分で休憩時間が終わるからなんだが……」
「……え?」
急いで時計のある壁へと首を回転させる。アナログ時計の長針は、確かに十一の上に重なっていた。
「君が残りの五分も、必殺技の修行らしきものに使いたいのであれば邪魔はしないが……ご飯はいらないのか?」
「い、いや! 食べます! 食べますとも! あの、ちなみに休憩時間の延長は……」
「なしだな」
「水飲んできます!」
「今日はここまでにしておこうか」
時計に目をやればもう五時を回っていた。午後もあっという間に過ぎてしまった
「今日やったことは基礎。そしてこのコツは、簡単に言えば応用編といったところだ。君が思っていたよりも飲み込みが早かったから今のうちに教えておくことにするよ」
扉へ向かう先輩は僕へ向けてそんなことを言い出した。顕現のコツを教えてもらえるとのことで、次の言葉を集中して待つ。
「顕現のコツは想いを込めることだよ」
「想い?」
扉を開いて一歩前に踏み出す。今日は人がいたりしなくて良かったと安心しながら応用編と呼ばれたコツについて聞いてみる。
「想い……それってどんなものでもいいんですか?」
「ああ。ただ自分の心の思ったことを偽らずに込めるだけでいい。斬りたい、打ちたい、あるいは守りたいという気持ちを込めるだけで顕質は一気に硬く強く変わるだろう」
「おお……」
かなりいい情報を手に入れてしまった。想いか……。
「時間があれば練習してみるといい。それでは、寮へはこっちの道だから」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
手を小さく振りながら去っていく先輩に向けて精一杯の感謝を込めて頭を下げる。
先輩の姿が見えなくなるのを確認してから僕も歩き出す。先輩と違い、寮ではなく実家暮らしの僕は少し遠い校門へ歩き出した。
今日もなにも起こらなかったな……。
***
とある廃ビル。一回でも地震が起きれば崩れてしまいそうなその建物の二階で、二人の男が声を潜めて話している。蛍光灯もLEDもないそのビルの中では男たちが操作しているパソコンが唯一の光源だった。
「準備はどうだ?」
そう尋ねられた男は、手元のパソコンを操作していた指を止め、声の主へと顔を向けた。
「完璧ですよ。異立なんて言っても所詮はただの学校ですから」
「さすがだな。大金を払って雇っただけのことはある」
「ええ、報酬に見合った働きをするのがプロですから」
得意げにそう言ってから、エンターキーを二回強く押した。するとパソコンの画面が切り替わる。そこに写っているのはとある高校の防犯カメラの映像だ、そこでは男子生徒とその先輩と思われる女子生徒がちょうど昇降口から出ているところだった。
「その調子で、当日もよろしく頼むぞ」
「任せてください」
それだけ話すと最初に話しかけた男は体の向きを反対へと変え、一度も振り返ることなく出口に向かって歩きだした。
「……神之誠……お前はその優しさで死ぬことになる……」
彼が憎しみとともに吐き捨てた言葉だけが未練がましくその場に残っていた。
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