第11話 シュジンコウ
学校中から命を狙われる学校生活のオアシス、昼休み。一番危ないんじゃないかと思う人もいるだろうが、これが案外襲われない。
やっぱり皆ご飯の時くらいはゆっくりしたいんだろう。教室に誰かが襲撃しにくることもなければ、果たし状を送られることもない。一番ほのぼの出来る時間。
いつもなら僕と優美と紗倉さんでご飯を食べているが、今日はお弁当を忘てしまったため、食堂へ足を運んでみた。
「おお……」
一階にある食堂はまるでレストランのように煌びやかで美しいものだった。シャンデリアのようなあからさまなものはないにしろ、置かれているもの全てが綺麗なものばかりで一つ一つがとても細かく手入れされている。
っていうかソファーがある。すごい、ソファーがいっぱい!
「ねえ、あれって……」
「高原龍人ざます」
「なぜあのようなものが我らの聖域に……!」
例えそこが廊下であろうと食堂であろうと僕の評判は変わらない。変わったことがあるとすれば、予想通り誰も僕を襲わないところだろう。
っていうかここの生徒キャラ濃いな。
「ま、いいや」
正直襲うとか襲われるとかキャラ性とかは今はどうでもよかった。さっきから美味しそうな料理が視覚と嗅覚にダブルアタックしているせいで、お腹が減りまくっているのだ。
よし! 並ぼう!
蛇のように細長く並ぶ列の最後尾に並び順番を待つ。前の人が今にも僕のことを殺そうとしているが、そんなことは気にせずに遠目に食堂のメニューを眺める。
ほほう……和洋中は揃ってるし、そこに含まれそうにない料理とかもあるのか。ナンって何食に含まれるんだろう。
カウンターの数が多いおかげで並んでいる人がそこそこのスピードで消化されていく。食べるものを少し考えていただけで順番が回ってきていた。
「えーと、ナンのLセットください」
「ナンのLセットねー。こっちで少し待っててね」
食堂が綺麗すぎて落ち着かなかったけど、食堂のおばちゃんを見るとなんか安心する。
おばちゃんからナンとセットで付いてきたその他諸々を受け取ってから席を探す。あ、端っこ空いてる。
窓側の直射日光がすごいことになっている席は、さすがに誰も座っていなかった。女の子にとってあの日光は天敵だからな……。
「ふう」
周りの方々の殺意をひしひしと受け取りながらトレイを机に置く。
結構人が多い中で四人掛けの机を一人で使うのは申し訳ないけど、女子と相席なんてしたら命がないのは火を見るよりも明らかだ。僕とナンが死ぬ。
せめて、ぱぱっと食べて早く席を空けよう。
「……いただきます」
一人で小さく手を合わせてから、ナンに手を伸ばそうとしたところで正面から誰かに声をかけられた。
「ここ、いいかい?」
優しさに溢れたしわがれた声。この学校でこの声を出せる人を僕は一人しかしらない。
「どうぞ、校長先生」
「失礼するよ」
僕の座っているソファーの向かいの椅子を引いて、風呂敷に包まれたお弁当を置きながら校長が座る。
こういう場合ってソファー譲った方がいいのかな……やっぱいいや、ふかふかだし。
「この前の洗礼、見事だったよ。あそこまでハラハラした戦いは久しぶりだ」
「はあ……ありがとうございます」
あれは褒められていいものなのか分からなかったけど、一応お礼の言葉で返しておく。
それよりナン美味しい……。何もつけないまま食べたのにこれだけ美味しいって、ナンがすごいのか作った人がすごいのか……。
校長はお弁当を包んでいる綺麗な風呂敷を丁寧に取る。その中にはこれまた綺麗なお弁当箱が出てきた。
すごっ、重箱じゃん……っていけない。なんかさっきから食べ物の話しかしてない。校長のためにもちゃんとした話題考えないと。
「あ、そういえば校長」
「なんだい?」
「ここの先生ってみなさん異能使いじゃないですか。校長も異能使いなんですか?」
「えーと……それは本気で聞いてるのかい?」
重箱のふたをゆっくりと机に置きながら校長が聞いてくる。怒ってはいないようだけど……なんだろ、呆れてる?
「どうしたんですか?」
「いや……うん。君に質問なんだが、君は私のことをどこかで見たことはないかい?」
……こんなやりとり、前にもやった気がする。
「あ、テレビにでも出たんですか?」
「そのとおり。しかしその口調だと出た理由までは知らないようだね」
「まったく分からないです」
細長い箱から箸を取り出しながら校長がわざとらしく肩を落とした。え、なに?
「私は日本で初めての、人鎧の世界大会優勝者だよ」
「……は?」
驚愕のあまり、そんな言葉を喉から絞り出すのが精一杯だった。驚きすぎてちぎったナン落としてしまっている。
「あ、あれで優勝って、世界で一番強いってこと!?」
唖然とする僕を笑いながら眺める校長。楽しそうに笑いながら、ようやく弁当に手をつけてた。
「それにしてもすごいですね、世界最強って……どんな気分でした?」
「ん、ああ、そうだね……実感はなかったかな。私よりも強い人を知っているからね」
「世界最強よりも強い……?」
なんかすごい矛盾を言われている気がする。そんな人いるのか……?
「まあ単純にトーナメントの組み合わせの問題もあったからね。私と相性の悪い人が私とは関係のないところで負けたりしたのだよ」
「ああ……なるほど」
トーナメントってことは甲子園みたいな感じ? それなら確かに相性の悪い人が違う人に負けたりすることもあるだろうしな……。優勝とは言っても全員を倒したわけじゃないのか。
「まあそれに……あの世界大会は所詮表の大会だからね」
曖昧な笑みを浮かべながらご飯を食べる校長。まるで残酷な世界の真実を知ってしまったような、そんな悲しい雰囲気を纏っているように見えた。
「君はトラブルに巻き込まれやすいらしいね?」
「巻き込まれるってより僕が呼び寄せてるんですけど……それがどうかしました?」
先生はご飯を食べている手を止め僕の目を見つめた。いや、見つめたというより睨んだと表現したほうがいいような気がするほど、その眼光は鋭い。
「よくトラブルに巻き込まれる君のことだ、この世界に裏社会があることくらい推測はついているだろう。実は私はね、一時期そっち側だったんだ」
「裏社会の住人……ってことですか」
「かっこいい言い方をしてくれるね。そこまでいいものでもないんだが」
困った感じで笑う校長。なんとなくだけれど、さっきよりも元気がないようにも見える。
……話を続ければ元気出してくれるかな。
「一時期ってことはそっち側に踏み込んですぐやめたって事ですよね?」
「裏は私には合わなかったよ。私が入った組織も例に漏れずね。……あそこは残酷すぎる」
「……そんなことを先生も?」
「まさか、実情を知った瞬間に組織を壊滅させたよ」
「壊滅……それならいいですけど……」
裏のことを話していくたびに校長の声から元気が消えていく。声を小さくしているのは意図的なんだろうけど、音量では説明できない部分に何か空虚なものがある。
こういう時どんな対応すればいいの? 笑えばいいの?
陰が増した先生のために話を少しだけ戻す。
「で、結局校長より強い人って? その組織にでもいたんですか?」
「……ああ、その組織には何人も私より強い人間がいたよ。それになにも異能と人鎧だけが全てじゃない。……世界は広い、君の知らない力だってこの世にはたくさんあるよ」
異能と人鎧以外の力……。いわゆる超能力みたいな力のことだろうか。聞いたことはあるけど、都市伝説レベルの話じゃないのか?
思わず考え込んでしまう。難しい顔をしていた僕に気を使ってくれたのか、さっきよりも少しおどけた声で話を続ける。
「まあ私がその組織に入ったのは優勝するかなり前だったからね。もしかしたら本当に最強だったかもしれないが」
「強いってどれくらいのレベルなんですか?」
「チャンピオンレベルだと……そうだな、生身でも第二形態の人鎧を数人相手取れるくらいかな」
じ、次元が違う……。表とか裏とか関係なくどっちみちこの人が超強いのは変わらないのか。
「最後に年寄りらしく今後のための忠告でもしておこう」
さっきよりも、というか今まで一番真剣な顔で校長が話を振ってきた。その忠告の内容はまったく分からないのに、背中を冷たいなにかが駆け抜ける。
「君はきっと私たちのレベルの強さになる。もしかしたら私などでは相手にならなくなる可能性すら秘めている」
「はあ……」
今の僕にとっては雲を掴むような話だ。いや今の力の差を考えたら、星雲ガスを掴むような話か。
「それほどの強さを持つとね、自分の意志など関係なく周りに影響を与えてしまうんだ」
「……それは嫌というほど身に染みてますよ」
「そうかい? それならいいんだが」
いたずらっぽく笑ってから再び真剣な顔つきに戻って話を続けた。
「君が大きな……あるいは異常な力を身につけた時、それを何のために使うのか、どこで使うのか、誰のために使うのかを何回も見直して使いどころを見極めなければならない。もしも選択を間違えれば、待っているのは破滅だけだ」
破滅。その抽象的な単語が僕を言い表わせない恐怖で包みこむ。想像も妄想も出来ない冷たい未来が、まだ温かい今を侵食してくる。
「……大丈夫じゃないですかね」
「ほう、すごい自信だね」
喉を潤すためにナンセットのオレンジジュースを一口飲む。
「ええ、絶対大丈夫です。僕はきっと正しい選択を出来ますよ」
「その自信は……一体どこから?」
「主人公だからです」
胸を張りながら迷いなく元気に答える。さっきまでの暗い雰囲気は吹き飛んでいた。
「主人公……?」
「ええ、例えどれだけ強くなっても、例えどれだけ普通じゃなくなっても大切な何かのためにしか力を振るわない、それが主人公です。そして僕はそんな主人公です。だから絶対に間違えません」
「……ふっ」
まるで諦めたように、呆れたように笑う校長を不安になりながら見る。
ま、そりゃ笑っちゃうよね。結局僕の話は証拠も根拠もないただの妄想なんだから。
「主人公だから間違わない、か。ははっ、君は本当に面白い」
「え?」
校長は僕の話を一蹴することなくちゃんと聞いて、認めてくれた。
「それなら君の課題はその想いを抱き続けることだね」
「え……あ、はい! 絶対にこの想いはなくしません!」
校長は『それは頼もしい』と、返してこの話を終わらせた。
それからは毒にも薬にもならないような雑談を続けながら、校長は誰が作ったのかは分からないけど豪華なお弁当を美味しそうに、僕は校長に負けじとナンを美味しそうに食べた。
不思議とさっきよりも、ナンが美味しいように思えた。
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