第10話 罵倒と理想と心配と
「死ねこの変態腐れ外道!」
翌日。保健室で目覚めた僕は現在、教室までの道のりを命懸けで走り抜けている。
なぜなら。
「灰になって消えろ!」
「おっぱいを返せ高原ァ!」
昨日の僕と藤城先輩との戦いを見ていたらしい方々が、結構本気で僕の事を殺しに来ている。具体的には、攻撃力の高い炎や雷の異能を躊躇なく撃ってきている。この威力が出せるって事はおそらく先輩達だろう。
せ、先生! 誰でもいいから先生はいないの!?
「喰らえ!」
他の生徒や廊下には当たらないように配慮された高威力の炎が、僕を目がけて放たれる。
その反対からは、これまた高威力で当たったらやばそうなのにも関わらず、僕以外には決して当たることがないように調整された電撃が飛んでくる。なんなんだその優しさに満ちた攻撃!
そんな異能を飛んだり跳ねたりして躱しながら、ようやく、一年一組の前にたどり着いた。長かった……なんて安心する暇もなく僕は扉を開けて教室に飛び込む。せ、先輩たちもさすがに教室の中までは襲って――
「出ていけゲスの極み!」
「ぬぉぉ!?」
教室の中から攻撃された!?
ぎっくり腰になりそうな体勢で教室を開けた瞬間飛んできた電撃をなんとか避ける。その体勢から、驚愕を隠さないまま攻撃元に視線を移すと……。
そこには、般若のような顔をした紗倉さんが立っておられました。
「昨日の今日でよくここに来れたわね……」
「え? ああ、保健室で寝たらここ来れるくらいには回復したよ」
「アンタの体調のこと言ってるんじゃないわよ! っていうかここに来れるくらいにしか回復してないなら保健室戻りなさいよ!」
「…………」
そんな優しいセリフを吐いてくれるなら本気で殺しにかかってくるのやめてください、と言いたかったけどやめておくことにした。
目がマジだよ……紗倉さんだけじゃなく、クラス中から殺意が伝わって来る……特に飯島さんなんて女の子がしちゃいけない顔してる。
「高原。最後に何か言い残す事はある?」
「殺すの前提で話が進んでる!? 昨日のは事故だって! 先輩からも許してもらってるし!」
「そうなの?」
「そうだよ、嘘だと思うなら先輩に僕からセクハラされたかどうか聞いてき……あ、だめ。やっぱりだめだ」
「本性表したわね!」
あと少しで誤解が解けそうだったのに、昨日バカなことをしたせいでチャンスを逃してしまった。なんであんなことしたんだ僕は!
「あ、あの!」
この修羅場で、らしくもなく大声をあげたのは僕のアレを前から知っていた優美だった。
「どうしたの優美?」
「あ、あのね朱莉ちゃん。龍ちゃんをあんまり責めないであげて」
「責めてはいないわ。ただちょっと殺そうとしてるだけよ」
それなら責められる方が楽だ。
「昨日の龍ちゃんは確かにアレだったけど、アレは龍ちゃんの意思じゃないの! 確かによくあることだし、あれ以外のことだってたくさん見たし私もされたけど……悪意があるわけじゃないの! それだけは信じて!」
「よし少し下がってようか」
あいつがこんなにも必死に僕を庇ってくれるとは思わなかった。それだけで僕としては満足なのでこれ以上ややこしくなる前に引っ込んでほしい。
だが優美のらしくない大声はみんなに冷静さを戻してくれたようだ。この勢いで押し進もう。
「この前説明した僕の体質のこと覚えてる? あれを覚えていてもらえると多分昨日のことも少しはわざとじゃないって理解してもらえると思うんだけど……」
「……トラブル体質?」
「それそれ」
聞いていなかった人も何人かいたのでかいつまんで説明する。僕だけの説明じゃ信じてもらえなかったかもしれないが、合間合間に優美が実話を挟んでくれたおかげで少しは信じてもらうことができた。
「……はあ」
まるで諦めたかのように紗倉さんは小さくため息をついた。同時に右手に帯びていた電撃と殺気が消える。
「分かったわよ……殺すのやめてあげるわ」
「ありがとう朱莉ちゃん!」
「ただし半径一メートルに近づかないで」
「すごい警戒されてる!」
そんなことを言いながらも紗倉さんはもうこちらに攻撃をしようとはしてこなかった。そんな光景を見て他のクラスメイト達の緊張も解けていく。
「あ、私はやめるけど、多分学校中から狙われるのは変わらないからね」
「あはは……だよね」
高原龍人十五歳。学校中の女の子から命を狙われながらも、頑張って生きてます。
あのあと、僕達は何事もなかったように授業を受けていた。
一時限目『人鎧の概要』。担当はまたも立華先生。
「このように第二形態になった人鎧は、それ専用の武器を手に入れます。もちろん、高原君のように進化したばかりだと専用武器の創造がされない場合も多々あります。一般的に専用武器は剣や刀のように鉄刀と似たような武器になりますが、銃や弓といったものになることもあれば、ギターのような武器には見えないものにまでなることもあります。昨日戦いを見せてくれた藤城さんの第二形態の人鎧『
「保健室に置きっぱなしです」
「保健室?」
実は僕が倒れた後、粒子になっていた人鎧を詩園先生が保健室で保管してくれていたそうだ。今朝は時間がなかったので、改めて放課後あたりに取りに来るよう言われている。
ちなみに僕の人鎧の第二形態の名前は『
「詩園先生が持っててくれるって言うんで。今日の放課後に取りに行きますけど……それがどうかしましたか?」
「あのですね、人鎧には融合値というものがあるんです」
そこで先生は授業をしていたのを思い出したように黒板を使って説明を始めた。
「皆さんも知ってる通り第二形態の人鎧には装着、粒子化、顕現の三つの能力があります。これら全ては使用者の想像力や精神力によって性能が変動するんです。その心の力を人鎧に伝える力はリンク率は融合値とよばれ、共にあればあるほど上がっていくんです」
「つまり……早く人鎧を使いこなしたかったら肌身話さず持っておけってことですか?」
「そうなりますね。人鎧も異能も、それを使う際に最も大事なのは想像力と精神力です。思った通りに動いてくれる人鎧と異能は、逆に言えば思った通りにしか動いてくれないんです! だから少しでも早く人鎧を取りに行くんですよ!」
キーンコーン。
先生の説明に熱が入り始めたところで授業終わりのチャイムが響いた。
先生は残念そうな顔をしているが、正直めんどくそうだったので助かった……。
「起立、気を付け、礼」
終わりの挨拶をして教室から出ていく先生を見守ってから僕も移動をする。
保健室に向けて。
先生の言うことを素直に聞くんじゃなかった!
「思い通りになんて動いてくれないじゃん!」
殺意と異能の嵐をくぐり抜け、二時限目が始まる前に教室にたどり着くことが出来た僕は早速、粒子の操作を試みてみた。
けど……。
「龍ちゃん!? 粒子が服の中に入ってきてるんだけど!?」
「上に動け! 上に動け! 上に動……下に行くなぁ!」
「ちょっと何してんのよ高原!」
「うわっ! 紗倉さん急に叫ばないで! 集中が切れちゃう!」
「龍ちゃん……そこはダメ……」
早速粒子の操作を試みたせいで犠牲者が一人出ていた。その犠牲者は顔を紅潮させながら、脚をガクガク震えさせている。
おかしい……ちょっと手の上で操作してみようとしただけなのに……。
「通りがかったから少しのぞいてみれば……君は何をやっているんだ?」
「え? あ、藤城先輩おはようござ――優美暴れないで!」
「もっと……優しくしてよ……」
「高原君……セクハラは駄目だとあれほど」
「違うんです! 粒子が操作出来ないんです!」
「なら顕現させてしまえばいいだろう」
「あ」
先輩からアドバイスを受けて冷静になれた。そっか顕現……金属のような物質にする顕現をすれば変な風に動くこともない!
「んっ……あんっ……もうダメだよ龍ちゃん……」
「先輩! 顕現ってどうやるんですか!」
「はあ……」
思いっきりため息を吐かれてしまったけど、先輩は顕現のコツを教えてくれた。コツは顕現したあとの金属片を強くイメージしながら粒子を凝縮することらしい。
「一点凝縮!」
「はぁ……らめぇ………あれ、いなくなった……?」
優美の服の中からボドボドと大量の金属の欠片のようなものが落ちてくる。その全てがそれぞれ全く異なる歪な形をしているが、灰色で、冷たく光を反射しているという共通点もあった。
「ふむ」
先輩は優美のもとへと足早に歩いていき、優美に大丈夫かどうかを聞いてから、下に落ちている顕現された粒子の塊『
そしてそのまま、ガゴッという音を出しながら握り潰した。顕質は普通の金属とは違い、壊されると粒子へと戻ってしまう。
「あの、一体何を…」
「強度を確かめていたんだ。……かなり低いな」
「うぐっ」
ストレートに言われるのはかなりつらいな……。
「さっきの粒子のことと言い、君は人鎧の装着以外の能力は一般レベルでしか使えていないな」
「やっぱり……」
「初めは全員あんなものさ。だから落ち込むことはないよ」
「そうですかね……」
そうは言われてもやはり自信は取り戻せない。試しに僕も顕質を手に取って力を込めてみる。気を腕に込めるまでもなく、普通の筋力で壊すことができた。
「まあ、何か心配なことがあればいつでも私のところに来るといい」
「はい……時間がある時に教えてもらってもいいですか?」
「構わないよ。そうだな、今週の土曜日にで良かったら教えることができるぞ」
「そ、そんながっつり教えてもらっていいんですか?」
「ああ、教えるのは好きだからね」
「それならぜひ!」
先輩からの予想以上に早いお誘いに驚きながらも、ぜひ受けさせてもらう。まさかこんなすぐ教えてもらえるなんて……先輩にはもういろいろと頭が上がらないな。
「時間についてはまた後で決めよう。私は授業があるから教室に戻るよ」
「はい、それではまた」
「ああ、またな」
かっこよく手を振りながら先輩は立ち去っていった。……先輩が来てくれなかったらどうなってた事か……主に優美が。
「ふう、散々な目にあった」
「それは私のセリフだよ!」
「ごめん」
時間は早くも放課後。畳の匂いが鼻腔をくすぐる第三トレーニング室で、僕は粒子操作の練習をしていた。
この部屋にはまた僕一人。人気のある部屋だから本来なら朝とは違って人口密度は高いはずなのだが、今は驚きの人口密度の低さだ。
「はあ……」
僕がこの部屋に入ってきた時は十数人はいた。いたんだけど……。僕を見た瞬間に全員出ていきました。
当然といえば当然だが、全生徒が僕を見たら攻撃するのではないようで僕を見て怒り以上に僕を避けようとする人もいるらしい。偶然にもそんな人達ばかりがさっきは集まっていたのだ。
「何も全員が全員避けなくたって……」
僕の心の傷が影響を与えたのか、また粒子が制御出来なくなる。でも今回は周りに人がいないから大丈夫――
「きゃああ!? 何かが服に! 何このデジャヴ!」
――じゃなかったらしい。
「ああ、ごめん。今顕現させるからちょっと待ってくれ優美」
「は、早く……ひゃうん!」
「一点凝縮!」
顕現のコツを必殺技のように叫んで集中する。すると休み時間の時のようにまた歪な形をした顕質がまたもボロボロといくつも落ちてくる。
「うう……。龍ちゃんはそんなに私を弄びたいの?」
「人聞き悪いこと言うなよ」
「違うんだ……」
「残念がってないか?」
「ないよ」
入り口付近にいた優美が足下の顕質をこちらに投げつけてくる。優美は意外とナイスコントロールで顕質は僕の顔面へと飛んできたが、それが顔面に当たる前に顕質を粒子に戻す操作を行う。これくらいの操作なら出来るようになったてきた。
「精神統一しに来たの?」
動じた様子のない僕を見て優美は『はあ……』と肩を落としながらも、僕の顕質を拾ってくれた。それを持ってこちらに歩いてくる。
「ううん。龍ちゃんの様子を見に来たの」
優美は手に持っていた全ての顕質を『ぽーい』と口に出して言いながら連続で僕へと放り投げながら隣に座る。
顕質が畳や僕に当たる前に僕はまた操作をして全てを粒子へ戻す。数分しか練習してないけど、なんとか粒子をその場に固定するくらいの事は出来るようになったのだ。さっきみたいに意識の外で失敗することはまだ少しあるがだいぶ進歩できた。
「僕の様子?」
「落ち込んだりしてないかなって」
……本当にこいつは人の事をよく気に掛ける。僕の事もとても気に掛けてくれる。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当だよ」
僕の回答に安堵したのか優美は小さく息を吐いた。そのまま世間話でもするかのように違う話題を振ってくる。
「最近どう? トラブルは」
「昨日めちゃくちゃ大きいトラブルがあったところだよ」
「そ、そうなんだけど。他には何も無い?」
「これといったのは無いな。昨日以外のは……ここ数週間町を歩いても一、二回しかトラブルに出くわしてない。他には精々学校中から命を狙われてるくらいだ」
「それはだいぶ危ない気がするけど……そっか。それなら安心」
「僕としては安心できないんだけどな。多分そのあと大きいのが来るし」
そう呟くと優美は悲しげに目を伏せた。次に来る言葉が予想できてしまうので先回りして答えておく。。
「別に死んだりしないから心配しなくて大丈夫だぞ。なんせ主人公だから」
「……龍ちゃんには困っちゃうな」
優美が僕のこと見る目は、悲しげなものから優しいものに変わっていた。
「自分のせいで巻き込まれた人を全員助けたい。それこそ主人公みたいにかっこよく……それがいつのまにか自分は主人公だ、に変わるんだもん。それを実現させるために命だってかけちゃうし……本当に困った子だよ」
まるで子供を見るような優しい瞳が僕に向けられる。恥ずかしくて思わず視線を逆へ向けてしまった。
「中学生くらいだっけ、主人公だって言い張るようになったの」
「ちょうどラノベに出会ったころあたりだから中二だな」
それまでの僕はといえば、特訓に夢中になりすぎて漫画やラノベといったものには興味がなかった。だからそれまでの僕にとっては主人公というのは本当にぼんやりとしたイメージでしかなく、あくまで目標みたいな位置付けだった。
けれど中学二年生のころ、紗倉さんの出ていたラノベ原作のアニメ『ライクドラゴン!』を偶然見た僕はラノベにどハマりしてしまった。有名なものからイラストだけで選んだものまで様々なラノベを読み漁り……僕のなかに確固たる主人公像が出来上がり、目標は憧れへと変わった。
けれど。
「憧れるだけじゃダメなんだ……もっともっと強くならなくちゃ。もっともっと強く誰よりも……」
今までのトラブルから思い知らされた事実。そこから来る執念じみた言葉は自分でも意識しないまま口にしていた。またなにか言われるだろうと思い言葉を待つがなにも来ない。
代わりに肩に少し重みを感じた。見れば優美が僕に頭を預けていた。
「一人で抱え込まないでとか、みんなのことも考えてっていうのはもう言い飽きたかな」
「……僕も聞き飽きたよ」
「じゃあ一つだけ。みんなを守るのが龍ちゃんなら、龍ちゃんは私が守るから。……それこそ命に替えたって」
「そんなピンチにならないように頑張るよ」
軽めに返すと隣から小さい笑い声が聞こえた。僕もなんとなくおかしくて笑ってしまう。と、なにかを思い出したかの優美が『あ』と声を出した。
「あと、みんなを守るのに必死になるのはいいけど、そのせいでキレた時に相手のことを殺そうとするのはやめてね」
「それは……約束できないな」
「もう……まあギャップがかっこいいからいいんだけど」
「かっこいいならいいんじゃないの?」
「ちょ、なんで聞き取っちゃうの!主人公名乗るならちゃんと難聴系してよ!」
「お、おう……なんかごめん」
あまりの迫力で迫られてつい謝ってしまう。でも、別にラノベの主人公だってそんなしょっちゅう聞き逃してなんか………してるか。
「まったくもう龍ちゃんは本当に……」
「ごめんって……あ、そうだ。お前まだ学校にいるのか?」
「龍ちゃんに話するために残ってただけでもう帰るよ」
「ならたまには一緒に帰るか」
「うん!」
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