第8話 目覚めへの墜落

 開始の合図があった途端に二人は駆け出し……みたいなバトルの幕開けにはならなかった。それどころか、二人とも合図がある前と特に変わらず動いていない。

「私は」

 さっきまで口を閉ざしていた先輩が再び口を開く。

「君は合図と同時に突っ込んでくるタイプだと思っていたから、集中していたのだがな。全く動かないとは予想外だった」

「しようとはしたんですけどね。人鎧の実戦は初めてなんで後手に回ってみようと思いまして」

「そうか、ならば先手は有難く譲ってもらおう!」

 先輩は第一形態の人鎧の全てに付属されている武器、木刀の形そのまま鉄で作ったような『鉄刀』と呼ばれる武器を地面に水平に構えながら猛スピードで突っ込んできた。それは綺麗なほど真っ直ぐで、恐ろしいほどの速度だ。

「……っ!」

 やっぱり速い! 気付くと数メートル先にいた先輩は僕の目の前に――

 ガキィィィィィィン……とグラウンドに金属のぶつかり合う音が染み込んでゆく。耳に乱暴に届くほどの大音響だ。

「戦い慣れしているな。怯む事無く刀を受け止めにくるとは」

「これくらいは、朝飯前ですよ……!」

 刀と刀を押し合いながら、軽口を交わす。

 僕も先輩も、まだ本気じゃ無いことの証拠だった。二人とも様子見している。しかしそろそろ動かないと押し切られそうだ。

「だらぁっ!」

 刀に込めていた自分の力を一瞬抜き、相手の体制が少し崩れた瞬間にミドルキックを叩き込む……が、蹴りが決まる直前に相手は力の限り後ろへと跳躍した。たったの一瞬で完全に間合いの外へと逃げられてしまう。

 そうか、人鎧の補助力はここまでのものなのか……!

 この一週間、人鎧についてなんの勉強もしなかったわけじゃない。実際に使ってもみた。それでも、勉強と実戦は全く違うことを思い知らされる。

「……ふぅ」

 足に気を溜めて次のアクションの準備をする。

 ……人鎧を纏ってるのは何も先輩だけじゃない。こっちだってちゃんと纏ってる。こっちにも補助はあるんだ。

「次は僕から行きますよ!」

「来い!」

 姿勢制御も力加減も考えず、ただただ人鎧の補助だけを信じて突っ込む。視界は高速で流れていき、気付いたら先輩が目の前にいた。

 やっぱり練習の時よりもスピードが上がってる……完全に身を任したからか。

「っ!」

 先輩の動きが驚きからか一瞬止まる。予想以上のスピードで突っ込んできたからか、それともまるで人鎧をすでに使いこなしてるように見えるからか。

 驚きながらもしっかりと僕を迎撃する体勢に入った先輩に向かって、力の限り刀を振り下ろす。

 突進と同じように加減なんてものは一切含まれていないし、後先も考えていない捨て身の攻撃だ。でも、僕にはこれくらいでちょうどいい。このくらいやらなきゃ、人鎧を知ることなんて出来ない!

「甘い!」

 渾身の一撃を先輩は軽々と避ける。そのまま僕の振るった鉄刀は何にも当たらず地面に激突した。

 僕にとっても先輩にとっても予想外だったのは、刀の切っ先が地面に触れたその瞬間、地面が弾け飛び地面の破片が先輩に直撃したことだった。

 土の塊が当たっても大したダメージはない。しかし、隙を作るくらいの効果はあったらしい。

 その隙に速度重視の攻撃でまずは一撃を決める!

 と、そのためのアクションを起こす準備をしたところに激しい音とともに電撃が打ち込まれた。

「ぐあっ!」

 流石に避け切れずに喰らい、数メートル吹っ飛ばされてしまう。完全な直撃は避けたが……威力がかなり強かったため、体にちょっとした痺れが残る。

 人鎧の補助力に慣れることに集中しすぎて、僕らが異能使いだって忘れてた……恥ずかしい。

「人鎧無かったら死んでたな……」

 先輩に聞こえない程度に独り言を呟く。もちろん先輩は人鎧をつけているからあの威力の電撃を浴びせたとは思うけど……。

「……ふぅ」

 疲れたようにそう息を吐いたのは、僕ではなく先輩だった。

「すまんな、とっさに電撃を出してしまった」

「これは戦いなんですから、別に謝らなくていいですよ」

「……それもそうだな。様子見は終わりだ、本気で行かせてもらおう。君も異能を使ったらどうだ? 確か君の異能は……」

 そう言いながら刀を構える先輩に、僕は両手の拳をガン! と打ち合わせながら元気よく返す。

「僕の異能は『炎』です! 威力重視でど派手に……勝ちに行きます!」

「それでこそ男の子だ。全力で来い!」

 誰にもゴングを鳴らされない第二ラウンドがこうして始まった。


***


「ねぇ」

 緊張が支配する第二グラウンドで、小さい声が発される。朱莉の声だ。そして、声の届く先には優美の姿があった。

「どうしたの?」

「高原ってさ、ホントに強いの?」

 薙胡に電撃を浴びせられた龍人を見て、朱莉がそんな質問をする。

 優美は龍人の強さを疑われた事が気に食わないのか、少し憤慨しながら返す。

「りゅ、龍ちゃんはめちゃくちゃ強いよ! 強くなかったら巻き込まれたトラブルで今頃死んでるもの!」

「そ、そう……」

 優美に迫力あるコメントされた朱莉は引いているが、優美はそんなこと気にせず再度龍人の姿を凝視していた。朱莉も視線を龍人に戻しながら、『でも……』と呟いた。

「さすがに相手が悪かったわね」

「藤城先輩ってそんなに強いの?」

「アンタ知らないの? 藤城先輩っていったら二年生なのに剣道部の部長で、全国大会でも優勝したことがあるくらいの超強い人なのよ?」

「そうなんだ」

「……高原といいアンタといい余裕すぎない?」

「余裕っていうか……うーん」

 優美は腕を組みながら唸る。豊満な胸を組んだ腕の上に乗せながらゆっくりとした口調で答えた。

「別に藤城先輩の強さを疑ってるわけでも、龍ちゃんの強さを過信してるわけでもないんだけど」

 そう前置きをして、組んだ腕を解く。鉄刀を構え直した龍人を見つめながら、彼女は言い切る。

「龍ちゃんが負けるところって想像出来ないんだよね」


***


 異能は体表面の一ミリだか五ミリだかのところからしか出せない。

 しかし、人鎧はなぜか「体の一部」と認識されるようで、人鎧の表面や人鎧の武器からも異能を放出することが出来る。

 つまり――

火炎斬フレイムブレイド!」

 考えたばかりの技名を叫びながら、炎を纏った刀を振り下ろす。こんな技だって可能だ!

 先輩はそれをいとも簡単に躱すが、彼女が放ったカウンターの電撃も僕の体に触れることはない。互角の……とまではいかないが、ギリギリ負けず劣らずという試合ぐらいは繰り広げられていると思う。

「初戦で電撃を避けられるようになるとはな……」

 先輩が僕の成長の速さに驚いている。それで集中力を欠いてくれるならありがたい。というより、集中力を欠いてもらわないと少しやばい。

 不慣れな人鎧を頑張って動かし、電撃を避け、異能を使って攻撃する。こんなことをしてるせいで、ぶっちゃけ体力や気が尽きてしまいそうだ。

 そろそろ一気にしかけないと……。

「藤城流、三燗四怨さんかんしおん

「!?」

 とても冷たい声で、急に技名を呟く先輩。それが不思議で、一瞬だけ固まってしまう。

 先輩に後ろに回られるのにはその一瞬だけで充分だった。

 背後から先輩の刀が空気を裂く音がする。それでも僕は反射神経を総動員して、ギリギリの……あとコンマ一秒動くのが遅かったら手遅れ、というレベルでギリギリの回避をした。

 自分で言うのもあれだけど、この行動は自画自賛をしてもいいものだと思う。しかし先輩の攻撃は一撃で終わらなかった。

 続く二撃目。一撃目をすんでのところで避けたのは良かったが、限界まで体を使った後に来る追撃など、避けられるわけがない。

「こんの……!」

 避けられないなら……受けとめてやる! 僕の反射神経は体全体より、鉄刀を持つ左手を動かす事を優先した!

「はあっ!」

 先輩の刀が僕の胴を目がけて進んでくる。しかし……その刀の正面に、僕の刀が割り込んだ。よっしゃ、間に合った!

 受け止める事は出来ずに、左手は弾かれてしまったが、それでも攻撃を弾くことは……!?

「なんで……っ!」

 先輩だって弾かれて体勢を崩したはずなのに、なんで当たり前みたいに追撃してこようとしてるんだ……!

 極限まで使って動かない体。弾かれていまだ勢いを止められていない左腕と鉄刀。防ぐものはもう何も無い。

 先輩は電撃を纏った刀を僕の胴にたたき込む。今度こそ完全なクリーンヒット。僕はダメージを逃がすことすら許されないまま、数十メートル吹き飛ばされた。

 コンクリートで出来た壁に衝突し、コンクリートの瓦礫と土煙を作り上げたところで、僕の体は停止した。

 そこまでだった。

 そこで僕の意識は闇に――落ちた。

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