第6話 団欒での準備

「あの藤城先輩とトレーニングルームで二人きり!?」

 教室に戻って、自分の席で考え事をしていたら、紗倉さんがやってきた。

 自分が一番早いと思ってたなんて言うから、藤城先輩も同じようなこと言ってたと返したら先輩とのことを根掘り葉掘り聞かれ今に至る。途中、僕のトラブル体質をまた説明するハメになり、ちょっと……いやかなり面倒だった。

「確かにそうだけど……紗倉さんが想像してるようなことは何一つないよ?」

「ア、アタシは別に変な想像なんてしてないわよっ!」

 紗倉さんが机に手を叩きつけて抗議する。その反応がすでに認めているようなものだけど、深追いはしないでおいてあげよう。

「しかし、アンタみたいなのが藤城先輩に気に入られるとはねぇ……」

 値踏みでもするかのように、全身を見つめられる。そんなに見られるとなんか恥ずかしいんですけど。

「それ、あんまり言わないほうがいいわよ」

 紗倉さんがいつのまにか僕の値踏みをやめて真剣な眼差しになっている。

「この学校で藤城先輩がどのくらい人気あるか知ってる?」

「んー、すごく?」

「恐ろしく曖昧だけど正解よ。先輩の強さやカリスマ性は飛び抜けているから、それに憧れてる女子はいっぱいいるの」

「ふーん……」

「いや、ふーんて」

 なぜか呆れた顔をされた。なんか変なこと言ったかな?

「アンタは自覚してないかもしれないけど、藤城先輩はアンタをおそらく気に入ってるし、噂で聞いたけど来週くらいに先輩と模擬戦するんでしょ? そこで変なことしたら先輩のファンクラブ……『紫の百合アメジスト』に本気で襲われたっておかしくないのよ?」

 模擬戦と聞いて一瞬首を傾げてしまったが、すぐにそれが洗礼のことだと気づく。確かに洗礼だなんておおっぴらに言えたものじゃないし、模擬戦と称しておくのが妥当だろう。理由なんてどうとでも捏造できる。

「ありがとね、心配してくれて」

「別に心配なんてしてないわよ」

 照れた様子もなく、ただ事実だけを述べる紗倉さん。ツンデレキャラなんて現実には存在しないということがよく分かる。

 いや、存在していたとしても恋愛フラグを建築しようとしない僕の前には現れないだけか。

「そうそう、さっき言ってた『紫の百合』……だっけ? それに参加してる人ってこのクラスにもいるの?」

 紗倉さんは細くて綺麗な指を顎に当てて思考する。モデルだからなのか動作の一つ一つが、とても様になっている。

「例えばアンタの左の席に座ってるこの子」

 紗倉さんは僕の横の席を指差す。ここは確か……飯島いいじまさんの席だ。飯島さんは僕たちが会話をしてる時に教室に入ってきていて、今は僕らから離れたところで友達と談笑している。

「飯島さんもその謎の組織の一員なの?」

「組織って……まあそうね。その組織の一員よ」

 友達と窓の外を眺めながらキャッキャウフフと楽しそうにしている飯島さん。見慣れない風景を見てテンションを上げているのかな。

「でも、まだ入学してからまだ十日も経ってないのにそこまで先輩に入れ込むなんて、入学する前から好きだったのかな?」

「あー、うん……」

 いつもズバズバ意見を言っている印象がある紗倉さんにしては珍しく、歯切れの悪い物言いだ。

「あの子がここに入学する少し前に暴漢に襲われかけて、藤城先輩が暴漢を鮮やかに倒したらしいのよ」

「なるほど、それを見て入れ込んで――」

「それから先輩を神と崇めてるらしいわ」

「席替えまだかなー」

 即座に現実逃避態勢に入る。改めて飯島さんを見てみれば、窓に張りついて『はう! 藤城先輩と目が合った!』と叫んでいる。

 彼女が隣か……。い、いや! 趣味は人それぞれだよ、うん。アニメが好きなだけで周りから偏見を持たれた僕が一番そこを理解しておかなくちゃ!

「ちなみにあの子、藤城先輩のこと布教して回ってるらしいから気をつけなさいよ」

「クラス替えまだかなー」

 飯島さんと話していた彼女の友達も、窓の外を見て興奮している。くっ……手遅れだったか。

 どんよりとした空気を打ち破るかのようにチャイムが鳴った。周りを見れば気付かない間にクラスメイト全員がすでに登校していた。だいぶ話し込んでたのか。

「ま、頑張りなさいよ」

 紗倉さんが手をひらひらと振りながら自分の席に戻っていく。去り方までかっこいい。そんな紗倉さんと入れ替わるように飯島さんが自分の席へ戻ってきた。

「高原君、大丈夫? なんか元気がないように見えるけど……」

「大丈夫だよ。……あ、大丈夫です」

「なんで敬語?」

 茶っぽい髪に長めのスカートという、普通系女子の飯島さん。見た目からは想像も出来ないけど……。そんなことを考えているからか少し暗い顔になっていたのだろう。飯島さんが僕のことを心配げに見ていた。

「もしかして元気ない? そういう時は好きなことを思い浮べるといいよ。例えば――」

「大丈夫っす。自分元気っす」

「なんか心の距離を感じるんだけどっ!」

 飯島さんとの心の距離を測りあぐねていると、カツカツという音とともに先生が入ってきて……。

 コケた。

「ちょっ、大丈夫ですか?」

 あまりにも華麗に転んだものだから反応が遅れてしまった。ほら、僕の横で藤城先輩の写真集取り出そうとしてた飯島さんなんて固まってるよ。とりあえず写真集しまおうか。

「だ、大丈夫です……」

 大丈夫という言葉通り、痛そうな素振りなど微塵も見せずに教壇へと登る。しかしその表情は浮かない。

「えーと、全員いますね。今日はお知らせは何もないのでそのまま一時限目の準備をしてください」

 先生は淡々と業務連絡をすると、そのまま教室を出ていった。いつもと違う暗い先生の様子にクラスがざわざわとしている。

 先生があんな様子なのはきっと洗礼が理由だろう。ただのイメージだけど、先生は洗礼とか絶対嫌いそうだもん。

「龍ちゃんのこと心配してるのかな……」

 僕の席の近くに優美が来ていた。その後ろには紗倉さんの姿もある。

「あの藤城先輩と模擬戦だもの。どんな無様な負け方をするか心配してるんでしょ」

 洗礼としては無様な負け方をした方が喜ばしいのだろうが……先生はそれを喜べないだろうし、あの先生にそれで喜ばれたら本気で傷つく。

 かといって、あそこまで心配されるのもなぁ……。

「龍ちゃんなら先生を安心させるためにに『洗礼くらい余裕っすよ。だから安心見ていてくれハニー』くらい言いそうだけど……」

「とりあえずお前が僕のこと何も理解してないことしか分かった」

 一個目と二個目の文でキャラ違っちゃってんじゃん。チャラいのかキザいのかハッキリしてくれよ。

「わ、私が言いたかったのは、龍ちゃんなら強気な態度で安心させると思ったの!」

「さすがに先輩相手じゃ強気になんてなれないでしょ。弱気になるのも無理ないわよ」

「別に弱気になってるわけじゃないよ?」

「え?」

 紗倉さんが思わずといった感じで声を出した。

「僕が負けること前提で話したのは、その方が先生が安心するからだよ。ねえ紗倉さん、今回の洗礼どっちが勝つと思う?」

「そんなの藤城先輩の方に決まってるじゃない」

「優美は?」

「……龍ちゃんかな」

 僕が勝つと信じてることを聞いて紗倉さんは目を丸くする。当然といえば当然の反応か。なんせ圧倒的不利な条件で戦う僕が勝つとこいつは本気で信じているんだから。

 信じてくれているんだから。

「それ本気で言ってるの? こいつが少し強いってのはアンタから聞いてるけど、今回は実力的にも人鎧を使うルール的にも明らかに不利じゃない」

「龍ちゃんって不利とかピンチとか、そういう状況でこそ燃える性格だから」

 おいそれじゃ僕が熱血キャラみたいじゃん。違うよ、僕はもっとクール系だよっ!

 それはともかく、紗倉さんの言った通り僕は不利だ。二人は知らないけど、負けるのが筋書きに入っているようなイベントなんだから。

「僕の性格はおいといて、負けて当然って思う紗倉さんが大多数で、勝つと思ってる優美の方が少数派。きっと先生も大多数に含まれる。そんな先生に強気に勝ちますなんて言っても、強がってるようにしか見えないと思わない?」

 僕の理論立てた説明に二人は納得をしてくれた。僕の説明を受けた紗倉さんは頭を整理するように数秒の間を開けてから口を開いた。。

「じゃあアンタは今回の洗礼は勝てると思ってるのね」

「まあ勝つ選択肢しかないしね」

「…………」

 根拠も証拠もない無駄な自信だけを頼りに、堂々と言い放った僕を見て優美は安心したように、紗倉さんは少し呆れたように笑った。

「よかった、いつもの龍ちゃんだね」

「これがいつもなんて、アンタって相当の自信家なのね。なんでそんな自信持てるのよ」

「主人公だからかな?」

「うわっ、イタい」

 あはは、と三人で笑いながらまた違う雑談を始める。そうやって笑うことで、僕は目を逸らしていた。

 自信の裏にある感情。不安なんて言葉では言い表わせない感覚。考えるだけで精神がすり減っていくような、どうしようもない。

 その『何か』から。


 学校が終わり家に帰るとすでに夜ご飯の準備ができていた。仕事で遅くなる父さんの分は別皿に分けてあり、僕と母さんの分のご飯が食卓に並べられていた。パパッと着替えを済ませてから再度食卓へ向かう。

 今日のごはんはおでんである。

「いただきます」

 熱々の大根を口へと運びながらBGMのように流れているニュースを眺める。政治家の汚職がどうだとかどっかのテロリストが脱走しただの興味のないことばかり流れている。

 キリのいいところでコマーシャルになった。どうせこのあとも興味のないニュースしかやらないし、天気予報までおでんに集中しよう……としたところで。

 水着姿の紗倉さんが写った。

「げほっ! ごほっ!」

「ちょ、龍君大丈夫?」

 大根をのどに詰まらせおもいっきりむせたせいで母さんに心配されてしまった。僕のことを心配しながらも母さんは今のコマーシャルを見ている。

「……龍君も立派な男子高校生だけど、だからって水着のアイドル見てむせるほど興奮するのはやめた方が良いと思うよ」

「けほっ……ち、違うから。そんな純情高校生みたいな理由でむせたわけじゃないから。なんていうか……驚いたんだよ」

「そう……そういうことにしておきましょう」

 今もなお僕の言葉を信じない母さんを無視してはんぺんを口に運ぶ。今度はむせたりしなかった。

 ちらっとテレビを見ればさっきのコマーシャルは当然終わっていてテロリスト脱走のニュースの続きが流れていた。

 それにしてもまさか水着姿の紗倉さんが出てくるとは……。急にクラスメイトの水着とか写さないでほしい。明日から紗倉さんにどんな顔して会えばいいんだ……。

 しかしちゃんとテレビを見るとこんなすぐに見ることができるなんて、本当に有名なモデルだったのかと再認識させられる。ドラマにも出ているらしいし、次はモデルとしてではなく役者としての演技も見てみたい。あの『ライクドラゴン!』の出来をまだまだだと評するくらいなのだからきっとどれだけ期待してもしすぎということはないだろう。

 テレビではようやくテロリストのニュースが終わり、天気予報が流れていた。どうやら洗礼の日は晴れのようだ。

「龍君。ニュース見るのもいいけど、ちゃんとご飯も食べてね」

「あ、うん」

 止まっていた箸はがんもどきを捕らえたまま空中を彷徨っていた。

 確かに他の事を考えすぎていた。というか最近ずっとこうだ。授業中も休み時間も、家に帰って筋トレしたりアニメ見てる時も洗礼のことを考えすぎてる。

「母さん」

「なに?」

「どんなに考えても答えが出ない時ってどうすればいいと思う?」

「答えが出ないなんて答えが無いのと大して変わらないわよ。そんなの考えなくていいと思うわ」

「だよね」

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