第5話 特異体質な彼とセクハラ嫌いな彼女
その日の放課後は結局立華先生に呼び出され、洗礼の具体的な日取りとルール、そして対戦相手を教えてもらった。洗礼は一週間後。ルールは得点制。
有効打を多く決めたり、相手の攻撃を上手く防いだりすると得点が入り試合終了時により点数の多いほうが勝ち。もちろん気絶やあるいは他のなにかによって戦闘が続行不可能になった場合は負けになる。
校長にあんな大胆な提案をしてしまったのだから、僕はこの一週間で一年上の先輩をねじ伏せる……とまではいかなくても、倒せるくらいの強さを手に入れなくちゃいけないのだが。
「さて、どうしたもんかね」
説明を受けた後、夕日で紅く染まった教室で一人、僕はイスに座って考え込んでいた。机には手のひらサイズの小さな紙が置いてありそこには一週間の訓練内容軽く書き出してある。
「筋トレの時間を人鎧に変えて……うーん、人鎧ってどう訓練すりゃいいんだ?」
完全に沈む前に己の存在を強調したい太陽の光は、僕が教室に入った時よりもさらに紅く輝いている。
強くなる輝きはまるで家に帰ることを急かしているように僕に光を当ててくる。
……そろそろ帰るか。
そう思って紙をカバンに突っ込んだ時だ。扉の前に女性が現れた。
通り道の扉に人がいるなんて当たり前のことだ、驚くほどの事でもない。ただ気になったのはその女性が僕のことをじっと見ていることだ。
襟元に二本線があることから二年生であることが分かる。その先輩は僕と視線が重なると、すぐにキリッとした表情を少し崩し笑顔を浮かべ話しかけてきた。
「一人で勉強でもしているのかい? 私の対戦相手は話に聞いたよりも真面目な子だね」
先輩との初遭遇に何を言うか迷っていた僕にかけられた言葉に思わず黙ってしまう。
……対戦相手?
まるで僕の心を読んでいるかのように先輩は口を開いた。
「初めまして。私が一週間後に君と戦う
「えっと、初めまして、高原龍人です」
相手の自己紹介に釣られて思わず自分も自己紹介をしてしまう。
しかし、なんというか……綺麗な人だ。女性としてってのももちろんだけど、凛とした物腰は人としての綺麗という感覚そのものを表しているようだ。
立華先生に教えてもらった話じゃ雷の異能使いだったか。
「男の異能使いは初めて見るが……予想していた人物とはまるで違うな」
「さっきから話に聞いたとか予想していたとか……どんな人物を想像してたんですか?」
「想像もしたくないような人物かな」
「…………」
そりゃそんなの想像してたら全く予想外な人間にも見えるわ。
早くもさっきの綺麗云々のイメージが崩れ始める中で先輩は教室に入って来ながら言う。
「正直なところ、私はあまり洗礼には参加したくないんだが、校長に直に頼まれてしまってね。話を聞いていたら少し楽しみになってしまったんだ」
「楽しみ……って僕を倒すことがですか?」
「君に倒されることが、だ。君もその様子だと負ける気はないんだろう?」
「もちろんです」
頭が回答を考える前に自然と口から言葉が出ていた。それくらい、僕は勝ちたい。
「本当はもっと準備期間を与えてあげたかったんだか」
「スポーツマンシップですか」
「ただのわがままだよ」
微笑みながらそう即答する先輩を見て、勝ちたいという気持ちがより強くなった。
もちろんイラついたからとかムカついたからとかではなく、尊敬してしまったのだ。この十分にも満たない少ない時間での会話で、明確な理由なんてないにもかかわらず、ただなんとなく尊敬したくなった。そしてだからこそ超えたくなった。この人はそんな魅力を備えてる先輩なのだろう。
「用件はこれくらいかな、それでは健闘を祈るよ」
会話を切り上げた先輩はイスから立ち上がり扉の方へと向かい、今度こそ本当に教室から去っていった。
なんていうかかっこいい先輩だったな……。僕は一週間後にあんな先輩と戦わなきゃいけないのか……。
「くく、ははは」
洗礼が楽しみすぎて笑いが込み上げてくる。
僕は別に戦闘狂なわけじゃない。
ただ、自分の強さを、自分の成長を、そして、運命に抗う力を試せる事が楽しみなのだ。
圧勝なんて出来なくてもいい。ギリギリの勝利だって構わない。
ただそれでも、小さい頃より、中学生のときより、昨日の僕より強くなっていれば。
止まることなく進めていればそれでいい。
そうやって強くなることしか僕には許されていないのだから。
アドバイスを貰ってから数日が経った日の、まだ鳥のさえずりが聞こえている早朝のこと。僕はトレーニングルームで早速特訓をしていた。この学校のトレーニングルームは常時開放されていて、生徒はいつでも使えるようになっている。
僕がいるのは第三トレーニングルームという名前が付けられた部屋だった。。ここには畳が敷き詰められていて、そしてそれ以外には何もない。精々、扉の向かい側にある壁が、一面ガラス張りになっているくらいだ。
ここは精神統一するためによく使用される。異能や人鎧は努力や才能だけでなくメンタルも重要視されるため、意外と人気の場所だったりする。
そして、僕はその使用例に従って、体育着で畳に座り、鏡に向かって座禅を組んでいた。
いやぁ、うん、しかし。
「人鎧を使っての戦いってなにをどう練習すりゃいいんだろ……」
そう愚痴るも、返事は帰ってこない。こんな朝っぱらからここを使う人なんていないし、当たり前っちゃ当たり前か。
自分の人鎧を使っての練習はもちろんしている。だが、やはり装着した時の感覚がいつもと違いすぎて中々慣れることができないでいた。
「聞き覚えのある声がすると思ったら君だったか」
「へ?」
突然の言葉に驚いて目を開けると、目の前の鏡にはつい最近見たばかりの藤城先輩が写っていた。格好は剣道で使われるような道着だ。剣道部なのだろうか?
僕は先輩に向き合うために座禅もどきを解いて先輩のいる扉側に体を向ける。
先輩は『やあ、おはよう』と朝の挨拶をしながら、迷うことなく僕の隣へ腰を沈めると今まで僕していたのと同じように座禅を組み始めた。
僕も挨拶をしてからまた座禅を組み直すと、彼女は一つ頷いてから、話しかけてきた。
「こんな早くから学校に来ているとは思わなかったよ」
「よく学校で知り合いに会うと言われます」
「『学校に早く来ているランキング』一位の私としては、予想外のライバルの出現に戸惑いを隠せない」
「なんですか、その変なランキング……」
「それよりもほら、せっかくこんな場所で会ったんだ。一緒に精神統一でもしようじゃないか」
「は、はあ……」
改めて考えると、先輩と話を出来るこの状況はかなりラッキーかもしれない。人鎧を第二形態に進化させている人間から直にアドバイスを聞ける機会なんておそらく早々無い。僕も精神統一しよう。
「…………」
静かっ! いや、これでいいんだけど!
こんな雰囲気からアドバイスを聞くなんて難易度が高すぎるなんて考え事をしているせいで、精神の統一は全く出来ていない。
しかも、考える内容はどんどん違う方向へとシフトしていく。
例えば今の状況について。
今隣で座っている先輩は綺麗で美人で来週戦う相手で……あ、あと学校に早く来ているランキング一位?
こんな凄い先輩と朝の学校で二人きり。
なのに。だというのに。
なのになんで何も起きない?
「どうした高原君? 全く集中できていないようだが」
雑念が入りまくっているせいで、精神統一の欠片も出来ていなかった僕を見かねてか先輩が声を掛けてきた。
僕は今の心境を話すべきか否か迷うが、よく考えると別に話しても問題ないじゃんという結論に思い至った。むしろ話さなければ僕の心の平穏が取り戻せない。
先輩の方向へと体を向ける。先輩も僕の話をちゃんと聞くために体の向きを僕の方向に変えた。
「……実はですね」
部屋の静けさが、この場の緊張感を意味もなく高めていく。それに当てられたのか、僕は少し緊張しながらも話を切り出す。
「美人で綺麗な先輩とこんなに静かな部屋で二人きりなのに、どうして何も起きないんだろうって悩んでたんです」
「………………………ん?」
僕が悩みを打ち明けると、先輩は頬に汗を流しながらキョトンとした顔で、こちらを見ていた。心なしか僕と彼女の距離が、物理的にも精神的にも離れた気がするのは考えすぎだろうか。
「ふむ。……ふむ? ……ふむふむ」
『ふむ』という言葉を使いこなしながら、めちゃくちゃ困惑していた。困惑から解放してあげるためにも、そう考えるに至った理由を話すことにしよう。
「なんでこんな事、考えたかっていうとですね……」
「ふむ、なるほど。セクハラか」
「最悪な結論導きだした!」
その勘違いを正すためにもちゃんと詳細を説明したいのだが、先輩の想像力の暴走は止まらない。
「いけないぞ、高原君。君くらいの男子は性欲に満ち満ちているとよく聞くが、だからといってその性欲を好き勝手に吐き出していいというわけでもない」
「知ってます」
「むしろ、その抑えきれない性欲は他の事に使うといい」
「例えば?」
「人鎧の進化」
「性欲を具現化した人鎧なんて使いたくないですよ!」
「それはともかく、今度からセクハラなんてしないように」
「だから違いますって!」
僕の必死の叫び……もはや悲鳴と呼んでもいいような叫びを聞いて、自分の勘違いにほんの少しだけ気付いたらしい先輩はやっと僕の話を聞く気になってくれた。
「セクハラでないとすると……一体何が理由なのだ? 皆目見当もつかないのだが」
「僕の方がセクハラ受けてる気分ですよ……理由ですけど」
僕はそこで少しだけ躊躇う。この話あんまり信じてもらえないからな……。それでも僕と同じ学校にいて、戦う相手だなんて縁を持ってしまった以上は嫌でも信じることになるんだけれど。
「僕って、トラブルを集めやすいんですよ」
「……トラブル?」
先輩はさっきと同じように、いやさっきよりも困惑していた。まぁ……気持ちは分かる。でも、それが真実であり事実だ。
「分かりやすく言うと、僕の周りには事件がよく起こるんです。死ぬ危険のあるようなものから、不良に町で絡まれるみたいなものまで大小問わず色んな事が起きるんです。今回の洗礼だってその一つです」
「君が洗礼に選ばれるほど強いのはもしや……」
「ええ。しょっちゅう起こるトラブルを対処してたら洗礼に選ばれるくらい強くなってました」
「トラブルを集めるというのは……気のせいなどではないのか?」
「絶対とは言い切れないですけど、ほぼ間違いなく気のせいじゃないですね。先輩は今まで女の子が不良に襲われてる場面に何回あったことあります?」
先輩は視線を上に向けて、過去の記憶を探っていた。数秒かけてから少し自信なさげに答えを出した
「一回だけだが……まさか、君は十回や二十回だと言いたいのか?」
「途中で数えるのやめたんで回数は分かりませんけど、月一ペースですかね」
「それは確かに……」
「調子が良いと週一です」
「それはむしろ調子が悪いだろう。……も、もしかして学生のほとんどが授業中に妄想するという学校がテロリストに占領されるなども」
「テロリストはまだないですね。せいぜい殺人鬼に一回、逃走中の銀行強盗に二回くらいです」
「おぉ……」
先輩は軽く引いたような顔をしながら、僕の話を聞いていた。
……こんな話を聞いてくるあたり、先輩も授業中に考えた妄想したことがあるのかもしれないなんて事を思わなくもなかったが、深く聞くのはやめておいた。
しかし、やっぱり慣れないなぁ。僕にとってトラブルなんていうのは、当たり前の日常に分類されることだから、こういう時にまるで自分がおかしいみたいに説明するのは違和感バリバリだ。
「それで高原君」
なんとか僕の事情を飲み込んでくれたらしい先輩は、話を促してくる。
「君のその体質……体質? 呪い?」
「別になんでもいいですよ」
「じゃあ、体質にしておくが……それがどうしてさっきのセクハラに繋がるのだ?」
先輩の中ではもうさっきのセリフは完全にセクハラ認定されているらしかった……ちゃんと説明したのに……。
少しだけ下がったテンションを頑張って戻しつつも、説明を続ける。
「僕の集めるトラブルは事件だけじゃなくて他にもあるんですよ」
「他?」
興味を惹かれたらしい先輩に対して、僕は自信満々に告げる。
「ラブコメ的トラブルです」
「やはりセクハラか」
ふむふむ、と言葉を噛み締めるように頷く先輩。そんなに噛んでも旨味とか出てこないよ。
「いい加減セクハラ認定解いてくださいよ……どんだけセクハラ好きなんですか」
「マイナス五億」
「数字で表された!」
とりあえず大嫌いということだけは伝わってきた。
「セクハラ云々は……おいておくとして」
「ありがとうございます」
「今みたいな状況でラブコメトラブルが起こらない事が不思議で悩んでいた、と」
「その通りです」
な、長かった……この話するだけで恐ろしく疲れた気がする……。
「ふーむ」
「先輩?」
話を聞いてしっかりと理解したはずの先輩は、しかしまだ何かを考えているようだった。
「高原君。そのトラブルが起きないからといってなぜ悩むのだ? トラブルが起きないというのは、本来喜ぶべきものだろう」
解説を一個省いてしまっていたせいで、先輩からもっともな質問を投げかけられた。僕からしたら当然のことだったから勝手に説明なんてしなくてもいいと思い込んでしまった、
「僕のこの体質……体質? 呪い?」
「本人が私と同じ混乱をするでない。どっちでもいいだろう」
「じゃあ呪いで。僕のこの呪いって、例えば平和な日々が続いたりするとそのあとに貯まった分を一気に放出したように大きいトラブルが来るんです」
「……そういう事か。やっと話が繋がった」
「分かってもらえて何よりです」
長かった……さっきも全く同じ事を考えた気もするけど、とにかく長かった……。
「つまり、今何も起こらないからその反動で、何か大変な事が起きるかもしれない……という事で合っているか?」
「大正解です。ほら、ちゃんと説明すれば分かるでしょう?」
「途中でその説明すら聞きたくなくなったが……理解できたのだから良しとしよう」
まるで憑き物でも落ちたような顔をして笑う先輩。
「先輩の笑顔はやっぱり可愛いですね」
「ふへ?」
いつものキリッとした表情とのギャップだろうか、先輩は笑うととても可愛い。思わず口に出してしまったが、まあ先輩は特に気にしないだろうと思い特にそれ以上は言わないことにした。
「あ、僕そろそろここ出ますね」
「え、ああ、そうだな、私も出よう」
「……何か慌ててます?」
「い、いや、なんでもない」
「そうですか。じゃ、行きますか」
そうして、僕たちは部屋を出るために扉を開け――
「わっ」
「うわっ」
扉に手をかける前に急に扉が開いたことに、思わず驚きの声を上げてしまう。扉を開けた側も人がいた事に驚いたようで、僕の声に重なるように向こうも驚きの声を上げていた。
「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ」
作業着に道具箱やら脚立やらを抱えた二人組の男性は、僕達に謝ってから室内に入っていった。
「点検の人ですかね」
「あぁ、そうだろうな。半年程前からこの学校の設備はちょっとした不具合が多かったからな」
「そうだったんですか……あの人達も朝から大変ですね」
「だな、感謝せねば」
そんな雑談をしている間にも二人の作業員っぽい人はテキパキと点検の準備をしている。すでに床に脚立を構えており、片方が脚立を軽く押さえながらもう一人が登っていた。
「邪魔にならないように早く出るか」
「そうですね」
あまり音を立てないように扉を閉めながら、僕達は第三トレーニングルームをあとにしたのだった。……結局この後、アドバイスをもらうことをすっかり忘れ、先輩を困惑させたり、先輩の天然に困惑されたりしながら雑談をずっといた僕だったが……。
まあ、楽しかったからよし!
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