第4話 洗礼

翌日。

 昨日の授業はフィッティングだけが目的だったらしく、あのあとは軽くトレーニングしてからずっと自習だった。

 今日は通常の授業の形式で現代国語や数学といった一般科目や、人鎧について教えてもらえるようになったが……一般科目については中学からの延長という形だったが、人鎧についての授業では担当の立華先生の話が脱線しまくり教科書にない豆知識ばかりが増えていった。

 実戦には役に立ちそうもないが、過去に行われたという『人体と人鎧の融合実験』についてはちょっと心踊らされるものがある。まあ融合とは言っても、正確には第二形態の機能である粒子が臓器の代替として有用性があるかどうかを試すための実験だったようだが。

 結果については、そもそも金属質の物質しか作れない粒子では軟性をもつ臓器の代わりにならない上に、形だけ整ったところで人体が拒絶反応を起こしてしまいまともに使えないため実験は凍結されたようだ。

 本当に役に立たない話しかされてない……。

 ピンポンパンポーン……と校内放送でお馴染みな音とともに僕が職員室へ呼び出されたのは、教室で優美や紗倉さんと授業の感想を話しながらお弁当を食べている時だった。

 急いでご飯を食べ終え、職員室へ向かう。ここに来る途中で何人もの生徒に睨まれたが、この学校に口より先に手が出るような生徒は数名しかいなかったので無傷でたどりつくことができた。

「君が高原君だね?」

 職員室のドアをノックしようとした矢先、後ろから呼びかけられる。驚き振り返ると一人の男性が立っていた。

 白と黒が混じりあった髪に、灰色を基調にしたスーツ。五十歳は超えているように見えるが立ち姿はそれを感じさせないように若々しい。

 誰だこの人。只者では無い感じはなんとなく伝わってくるけど誰だか分からない。僕の困惑を見抜いたようにその男性は柔らかい笑顔を浮かべ近づいてくる。

「さすがに入学式で一回見ただけじゃ校長先生の顔は覚えられないかい?」

「……ああ!」

 この学校唯一の男の先生、神之誠校長先生。そういえば入学式で挨拶してたな。まともに聞かずに他のこと考えてたから全然記憶に残ってなかった。

「……は、初めまして」

「初めまして」

 学校の長たる校長先生と一体どんな風に話すのが正解なのか分からず、若干声を小さくしながら、とりあえず無難な言葉をなんとか絞り出す。

「急に呼び出してすまないね。この学校唯一の男子生徒と会話をしてみたかったものだから」

 ああ……納得のいく理由だ。納得が行きすぎる。

 というかよく考えれば僕が来るまで、この人はこの学校で一人きりの男性だったんだよな……尊敬してしまう。

「えっと……じゃあ僕を呼び出したのって校長ですか?」

「その通り。一応ちゃんとした用件もあるから、校長室に移動してもいいかな?」

 校長に言われるままに、職員室のすぐ横にある校長室へ移動した。明らかに他の教室とは雰囲気の違う部屋に少し緊張しながらも足を踏み入れる。

 そのまま部屋の中央のソファーへお互いに向き合うように座ると、校長はまるで気負った風もなく世間話でもするように会話を切り出した。

「君は、自分の事をどれくらい強いと思っているのかな?」

「自分の…………強さ?」

 何の話かと思えば唐突にも自己評価を聞いてきた相手に対して、僕はついさっき変えることになった自己評価をそのまま飾ることなく答えた。

「そんなの『すごく弱い』に決まってるじゃないですか」

 謙虚、というわけではない。

 自分の実力はある程度把握しているつもりだ。同学年の生徒よりとある事情から戦闘経験が多く、その結果として一年生の中ではずば抜けているというのも分かっている。

 けれど足りない。主人公としてみんなを守るためにはまだまだ全然これっぽちも強さが足りていない。

 もっと強くならなければいけない。もっともっと、この世界で一番になれるくらいに。

「予想外でしたか?」

「ああ、そうだね。その歳で自分の弱さに気付けているとは思っていなくて。いい意味で予想外だったよ」

「は、はあ……」

「っと、前置きが長くなってしまった。単刀直入に聞こう」

 そう言って、一拍空けてから今度こそ彼は本題を切り出した。

「君は一年生達のために見せ物になる気があるかい?」

「……見せ物?」

「私達は洗礼と呼んでいるのだが」

 そう説明を始めた彼の顔からはさっきまでの笑顔は消えていた。それに釣られて僕の緊張も高まっていく。心臓の鼓動が聞こえそうだ。

「さっきの強さを問う質問は君の答えが望ましい回答でね。しかし、君のクラスメイト達に聞けばほとんどの生徒が自分の事を強いと言うはずだろう。それはとても危険なことだ」

「過信は身を滅ぼしますからね」

 物理法則を超えた力である異能を持っている彼女たちは、きっと自分の事を選ばれた人間だと思い特別なんだと考えていることだろう。僕もそんな時期はあった。……けれどそんなものは簡単に壊される。

「その過信を無くすには洗礼という方法が一番効果的なんだ。おそらくあの学年で一番強い君が見せ物になれば、彼女達は現実を思い知るだろう」

「確かに一年生の中であれば一番強い自信はありますけど……男の僕が倒されたところであまり効果はないと思いますよ」

「だから本来は女子生徒に頼もうとも思ったんだが……君の強さはそれを差し引いても圧倒的という報告を受けていてね」

 圧倒的……。そう言われると悪い気はしない。俺TUEEEE系の主人公みたいだ。

「その洗礼とかいう見せ物っていうのは何をするんですか? まさか十字架に磔に?」

「そんな宗教じみた見せ物じゃないよ」

 やっと表情にやわらかみが戻ってきた校長は、僕が気にしていた見せ物についての説明を始めてくれた。

「簡単にいえば、今年で二年生になる君の先輩と戦って負けてほしい」

「つまり八百長試合ですか」

「それは少し違うかな。手を抜かれると生徒達に君の強さを分かってもらえない恐れがある。だから君には実力でねじ伏せられてほしい。」

「…………」

 八百長試合ではなく、実力での勝負は言い訳なんてできない。それで負けるような事があれば僕のプライドはズタズタのボロボロだろう。

 だからこその――見せ物、洗礼。

「それで、その洗礼っていうのは強制なんですか?」

「まさか、こんな行事を生徒に無理矢理なんてさせない。今ここにこうしているのは通知ではなく確認さ」

「こんな行事を生徒にさせようとしてる時点で、通知も確認もあったもんじゃない気もしますけどね」

「…………」

「い、いや、ほんの冗談ですよ。だからそんな泣きそうにならないでください。ごめんなさい」

 根が優しすぎるだろうこの人……なんだか罪悪感が沸いてくるんだけど。

「いいですよ」

 下を見始めていた校長に、『君には実力でねじ伏せられてほしい』あたりから決めていた回答を告げてあげた。

「本当かい?」

「こんなとこで嘘なんて吐きませんよ。ただ一つだけ質問いいですか?」

「もちろんだとも。一つと言わずいくらでも聞いてくれ」

「実力で、って言ってましたけど」

 僕は少しだけ次の言葉との間を空ける。

「もしその先輩さんよりも僕の方が実力が上だったら、僕がねじ伏せてもいいってことでもいいですか?」

 その質問に校長はパチパチと数回瞬きをしたあと急にお腹を抱えて笑い始めた。

「はは、はっはっはっ! まさか、後で言おうとしたことを先に言われてしまうとは思わなかった!」

 何が面白いのか分からないけれど、未だに笑い終わらない校長は今までで一番の笑顔でこう言った。

「答えはイエスだ。ただ、あらかじめ言っておくが洗礼の相手はかなりの実力者だ。それでも勝てるのであれば……思う存分勝ってくれて構わない!」

 そこで響いたチャイムを合図に、僕達の会話は終わった。

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