1「味方は一人で最強に」

 あの転校生が消えて、それから僕はいつものように音楽を流してイヤホンをつける準備を始める。音量はもちろん最大だ。美しい。音楽だけは、綺麗で、繊細だ。

 ――きっと僕と同じ、不適合なのだろうけど。

 綺麗に結ばれたイヤホンを解いて電源を入れたとき、愛用している音楽機器の充電量が点滅していることに気がついた。おかしい。昨日も充電しながら聞いていたはずなのに。

 最近、僕は四六時中音楽を聴いている。誰になんと言われようと。

 この機器は、僕の命綱だ。生きていくために必要な、何よりも大切なものだ。頼む、消えないでくれ――。

 ぷつり。

 しかしすぐ、その機器は残酷にも音を切り上げた。

 そこから聞こえるのは、雑音の集まりだ。汚い音、音、音。

 僕が耳を塞いでいた音が次々と聞こえる。

 ひそひそと、誰もが固まって悲しげな声で絶えず音を漏らしている。一人でいる僕を覗いて、静かに辺りを眺めて、不気味な虫の鳴き声のように声を潜めている。

 その内容は、蔑み、見下し――教条的な発言の嵐だ。吹き止むことのない、醜い大災害だ。

 僕はあまりにも弱く男らしさのない腕で耳を塞ぎながら、やっとの思いで校舎の外へと飛び出した。

 今、人間と人間のいる空間では、人は皆言い合っていた。動物のように、己の欲以外のものを排除するかのように。

 いやそれはきっと、僕が見てきた世界なんだ。僕が、いつの間にか変わって、世界をこんな風に見てしまうんだ。

 何かがおかしいなんて、そんなこと。

 きっと僕ひとりの問題なんだ。

 機器の無い、無防備となった僕は仕方なく家に帰ることを決断する。家にさえ帰れば、五分もあれば充電しながら音楽を聴くことができるだろう。ただ、この状態で下校の電車に乗るのは、精神的におかしくなってしまいそうだ。

 高校の校門を出て校舎を振り返った。一瞬、あの転校生の言っていたことを思い出して、一方的とは言え約束を守れなかったことへの罪悪感を胸に、踵を返した。

「朝から早退なんて、なかなか不思議な不良さんだねぇ」

 声が聞こえて、振り返るとそこには、校門の垣根に伸し掛った転校生――橘 瀬那が僕のことを待ち構えていたかのようにひらひらと手を振って視界に入ってきた。

 二つに分けて結ばれた黒髪と長いスカートが、含みのある笑みにぎこちなくまとわりついていた。

「まぁ、な。必死に合格した高校を辞める訳にはいかないが、今の俺は不適合者みたいだからさ」

 驚いた素振りを見せず笑顔でそう言うと、今度はわざとらしい愛想笑いをしてみせて、

「不適合者かぁ・・・」

 と、呟き、僕の手を引っ張った。

「需要の高い、希少種なんだよね、君は」

 彼女は帰り道とは全く違う方向へと手を引いてどんどんと道を進んでゆく。

「え・・・・・・」

「帰るんでしょう? ほら、こっちだから」

 その迷いない行動に気圧されていたのか、僕は真っ白な頭を整理する間もなくその方向へと力なく進んでしまったのだ。



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